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「また部屋に連れ込んでいるのか。」

部屋の扉が開く。

長髪の翼人は葉っぱの部分を慎重に切り抜いているヨルに呆れた視線を向けた。

「何か問題があるか?」

ヨルは視線をそちらに向けることなく答えた。

「あくまでそれは商品。あまり情をかけるのはやめなさい。」

「俺は兄さんとは違う。いつでも手放せる準備はできている。」

ヨルはにやりと笑うが、視線は相変わらず目の前の緑の画用紙に向いている。

彼らはやはり兄弟のようで、ヨルはこの翼人のことを兄さんと呼ぶ。

「愛称とはいえ名まで教えて、どこが手放せる準備ができているのだか。」

彼はヨルとは違い、一切名を明かさなかった。

「お館様、私はお部屋を出た方がよろしいですか?」

私は便宜上、彼をお館様と呼んでいる。

主人ではないし、正確な肩書も不明だ。

けれど彼がこの館の主であることは明確だった。

「えぇ。部屋で待っていなさい。食事の時間です。」

お館様は私の様子に満足そうに微笑んだ。


施錠されてない鉄格子付きの部屋。

私の向かいの住人は、売れてしまってもういない。

愛玩奴隷は高級でめったに売れないが、それでもときどき、暇を持て余した魔族が買いに来る。

買いに来る客を観察するに、どうやら魔族は単純に魔力が強い者が社会的にも力を持つ傾向にあるらしい。

当然か。

こんな過酷なところ、魔法がなければ生きていけない。

使える魔法が強いほど役に立ち、もらえる見返りも大きい。

そうして富を蓄えた強い魔族は、けれど富の使い道に困ることになる。

ここは圧倒的に娯楽が少ない。

けれど魔力の強い魔族が持つ時間はとても長い。

暇も富も持て余した魔族は、質の低い愛玩奴隷たちを買っていく。

正直、会話が成り立つ者なんてほとんどいない。

あんなもので暇をつぶそうだなんてどれだけ時間を持て余しているのだか。


「おや、これはヨルですね。」

お館様はスケッチブックの1枚の絵に目をとめた。

それはヨルがバルコニーの柵から外へ飛び出す瞬間だった。

大きな他の色と混じり気のない白い羽と、光を反射する銀髪。

真っ白な世界に羽を広げて飛び込む姿は、そのまま雪の中に溶けてゆきそうだった。

「綺麗だと思ったので。」

彼らは絵の題材としては申し分ない。

私は翼人の兄弟の絵をもう何枚も描いている。

「お前の目には私たちの見慣れた光景が、こんな風に見えているのですね。」

お館様はそう言って苦笑した。

「はい。毎日違う雪が降るし、つららは毎日違った溶け方をします。私にはまだ見慣れぬものがたくさんあります。」

ずっと同じところに閉じ込められているというのに、まだ描きたいものはいくらでもあった。

私は絵を描けさえすれば、飽きるということはない性分のようだ。

「……困りましたね。」

お館様はそう言って本当に困ったように笑った。

「私は何か困らせるようなことをしてしまったでしょうか?」

私はそう言って首を傾げると、深い青の瞳をじっと見つめた。

「……ええ。私はあなたに付ける価値をどれくらいにしようか、いつも困っています。」

翼人はそう言って値踏みするように私を見た。

それ以来、私はどんな上客の前にも顔を出すように命じられることはなくなった。


私は雪景色のオーナメントを枝にひっかける。

木を飾るオーナメントの数はすっかり増えていた。

そろそろ別の木を増やしてもいいかもしれない。

それか、今度は氷の木を作ったらどうだろう。

魔石を埋め込めばすぐには溶けないのではないだろうか。

「お前、うちの愛玩奴隷になるか?」

ヨルは突然そんなことを言い出した。

「それは私が決めることではないのでは?」

私は彼の方をふり返る。

「ここはお前には目新しいものばかりだろう。俺たちには食事も寝どこも困らせないくらいの力もある。お前がねだるなら、湖や森にも連れて行ってやろう。俺にはつまらないものだが、きっとお前は長いこと飽きずに見ていられる。」

ヨルは次々に言葉を重ねる。

彼は珍しく真剣な様子だった。

「そう言われても、私が選べる立場ではないことは分かっているでしょう?」

彼の様子が何だか面白くて笑ってしまう。

「この羽だって、お前が俺たちのものになるのなら触ってもいい。」

そう言って彼は大きな羽を操って、私の手に触れされる。

私は目を見開いた。

前から触ってみたいとは思っていた羽は、表面は思ったよりつるりとした感触で、しかし少し手を沈めるとフワフワだった。

「ああ。」

羽はすぐに取り上げられてしまった。

もっと堪能したかったのに。

「返事が先だ。」

ヨルは厳しい声でそう言った。

「重大な決断なので、得られるものをしっかり確認しなければ決められそうにありません。」

「お前は……少し賢すぎる。」

ヨルはそう言って私の顔に羽を乗せた。

ふわふわだった。


「何をしている。」

お館様が心の底から困惑した様子で言った。

「お試し中だ。」

私は3階の廊下の突き当りの、一番景色が良く見える大きな窓の前に座ってスケッチをしていた。

その後ろに座ったヨルは、羽で私の体を包み込むようにしている。

私はスケッチする手を止めて、お館様の方を仰ぎ見た。

人によって翼の触り心地は違うのだろうか。

「兄さんは体裁を気にする。お前が上手くねだれ。」

ヨルはそう言って体を包み込んでいた羽をどかした。

私は頷いて立ち上がる。

お館様の目をしっかり見て言った。

「お館様の羽を触ってみたいのですが、駄目でしょうか?」

「私は愛玩奴隷が手もとや羽もとにじゃれつくのは気にしません。好きにしなさい。」

お館様はそう言って羽を私の前に差し出してきた。

羽はヨルよりきちんと整えているせいか、ツヤツヤでふわふわの最高の手触りだった。

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