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誘惑

夜、いつも通り結界を張るように命令してベッドに入る。

「主様。」

横になったナギに手を取られた。

そのまま引き寄せられて、腕の中に包まれる。

布団に入ってきたトールもそっと背後から腕をまわす。

「しっかりと結界を張った。それに今日はこうして朝まで2人で抱えているよ。」

ナギはそう言って私の背を安心させるように撫でた。

私の手は震えていた。

全くもって情けない。

夜、目をつぶらなければならないこの時ばかりは、私はいつまで経っても弱い子供だ。

瞼の裏には恐ろしい光景がこびりついている。

人がこと切れる瞬間が。


「ナギ、あなた人間に恋愛感情を抱かせるのが得意だと言っていましたよね。少し怖いことも忘れさせられるのでしょう?どうぞ今やってみてください。」

トールが穏やかな声でとんでもないことを言い出した。

私は目を見開く。

「それが、主様相手だと、とてもそんなことできそうにないんだ。例えばこうして誘惑するでしょう?」

ナギはそう言って私の手の甲に軽くキスした。

びっくりしてそちらを向くと、普段はあれでも抑えていたのか壮絶な色気を出した人魚が魅惑的な笑みを浮かべている。

手がぴったりと密着するようにつながれた。

思わず逃げようとするが、もがくほど手の拘束はより強くなる。

焦っている間にぐいとより近付いて、美しい金の瞳と目が合う。

怪しく揺らめく瞳から目が離せない……と思ったところでナギの方が目をそらした。

「という感じで、私の方が先に誘惑に抗えなくなりそうになって駄目なんだ。」

ナギの顔はすっかり赤く染まっていた。

「400年近く人を誘惑して生きてきたのでしょう?何て情けない。」

トールは呆れた様子で言った。

「仕方ないでしょう?好きな子にこんなに可愛い顔を見せられて、どうやって抗えばいいというの?万一抗えなくて手を出そうものなら君に殺される。なによりそれで主様に嫌われてしまったら、もう私は生きていけないよ。」

ナギはそう言って私の手にすり寄ってきた。

先ほどの壮絶な色気は抑えられて、もうすっかりいつもの調子に戻っている。

私は安心して力を抜いた。

「では私がやってみましょうか。」

そう言って背後からトールにしっかりと抱き寄せられる。

ふさふさの尻尾にわき腹をくすぐるように撫でられてぞわぞわした。

思わず尻尾を捕まえてしまい、握りしめてしまって痛くないかとトールの顔色をうかがう。

ふり返ったところにいるトールはキラキラした顔でほほ笑んでいた。

ゆっくりと顔を近づけて、見せつけるように手の甲にキスをする。

「どうぞミア様。私はいくらでも耐えますので、お好きなように……」

「駄目だよ!」

ナギは半ば悲鳴のような声を上げると、私をトールの腕から奪い取った。

尻尾もするりと私の手から離れていく。

「すごいよトール。なんか誘惑されてる感じした。」

ただの尻尾の誘惑だった気もするが。

「それは良かった。見様見真似でしたが、上手くいったようです。」

トールはそう言ってほほ笑んだ。

「それで誘惑して、主様がトールに恋しちゃったらどうするの?」

尻尾の誘惑で私は恋に落ちると思われているのだろうか。

「泥沼の三角関係でしょうか?ああ、でも私はミア様が望まれるなら恋人にも愛人にもなりますから、あなただけ片思いすることになりますね。」

トールはしれっとした顔で言った。

どちらにしろナギの感情はこじれて泥沼になりそうだ。

「酷すぎる。」

ナギはそう言って嘆いた。

トールにからかわれる姿はとても400歳には見えなかった。

「仕方ありません。私にとってはナギの400年越しの初恋などより、ミア様が安心してお休みになれる方が重要です。」

「私の弟子は本当に酷い。」

ナギはそう言って苦笑した。

「次は私がやってみたい。」

もはや私はこの状況が面白くなってきていた。

このまま遊んでいれば、そのうち深く考えずに眠れそうだ。

「もちろんです。」

「駄目。」

トールとナギの声が被った。

「じゃあトールにする。」

そう言って私はトールの方をくるりと向いた。

手をつかむ前に、トールは私の手に自分の手を乗せてくる。

その手の甲に唇を寄せて、トールの目をじっと目を見た。

色気はどう出すか分からないのでとりあえず笑ってみる。

トールはいつもと同じように微笑んでいて、ちっともドキドキしている感じはない。

「トール、好きだよ。」

「駄目。こんな遊び絶対に駄目。」

私がトールの顔を確認する前に、ナギに引き離される。

「ナギ、好き。」

私はナギの顔を見上げた。

「……主様。私は遊びで済ませてあげないけれど、いい?」

ブワリ、と体温が上がった気がした。

「だ、駄目。」

「そうだよねぇ。分かったら子供はもう寝てしまおうね。」

私はこの色気の化身のような人魚から逃げるために必死に目をつぶった。

そうしていつの間にか何も考えずに眠りについていた。

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