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不幸

段々と手ごたえのある魔物が増え、先輩のおしゃべりが減った。

先輩は状況ごとに自分の魔族に的確な指示を出している。

トールは彼らの動きに合わせて戦っていて、時々ナギの方に視線をよこす。

するとナギは心得たように、何かしらの強化の呪文や守護の呪文を唱えるのだった。

私はそんなナギから離れないように腕の中に抱き込まれている。

何かあったら本気で肉壁となって守る気らしい。

こんな状況で私はやることがないのだが、しゃべりかけて誰かの集中力を削ぐこともはばかられた。

すると、少し開けた場所に出て、大きな影が現れる。

ミノタウロスだ。

図鑑で見たような半人半牛の姿。

遺跡の天井に迫るほどの大きさ。

私たちを見るや否や襲い掛かってくるその巨体に恐怖を感じる。

思わず目の前にあるナギの腕にしがみつく。

先輩も自分の魔族を一人護衛のために後方に下がらせていた。

私たちの方に飛んでくる攻撃はすべて防がれている。

その様子にとりあえず命の危険はないようだと肩の力を抜いた。

先輩はずっと何かしら支持を出していて、なるほど高ランクの依頼が冒険者本人を伴う必要性が理解できる。

先輩は優れた軍師のようだった。

逆に私は付いてくる意味が全くない。

むしろ私がいない方がナギも積極的に戦闘に参加できて、効率的に戦えるに違いなかった。

トールは支持をもらっていないが、すきを見て確実に攻撃しているようだった。

動きが早すぎて目が追い付かないが、おそらく怪我はしていない。

もっとよく見ようと目を凝らしたとき、それは起きた。

ジャックの連れていたトラの獣人。

彼の首をミノタウロスの斧の刃先が捉え……。



ミノタウロスの死骸は、角などの素材をはぎ取っているうちに形を失い砂になった。

中心部分から赤い大きな魔石がごろりと転がり落ちる。

その横に転がった小さな小さな緑の石をジャックが手に取った。

「小さいな。これじゃ弱いはずだ。」

ジャックは冷静に分析するように言った。

魔物も魔族も、魔力を有する生き物は最後は魔石だけを残し肉体は灰になる。

魔力の強さと魔石の大きさは比例すると言われていた。

「そういう弱いやつを生かしてこそ、真の冒険者だぜ?」

先輩は魔石を覗き込みながら言う。

「そうなんですね。ミア、お前ランクいくつだ?」

ジャックに聞かれて、そう言えば言ってなかったな、と思う。

「Aランク。」

「やっぱりな。噂の爆速で昇進した新人ってお前か。」

ジャックは苦笑した。

「知ってるかと思ってた。」

「お嬢の偉業は有名だが、誰がやったか知ってるやつはあんまりいねぇんじゃねぇか?お嬢、全然ギルドに顔出さないし。」

先輩がやれやれといった様子で肩をすくめた。

「ミアって昔からどっか抜けたやつだけど、要領はめちゃくちゃいいよな。」

ジャックはそう言って苦笑いを浮かべた。

「ジャックが素直過ぎるんだよ。もっと姑息に生きなよ。」

「そうかぁ?」

私の指摘にジャックはピンときた様子もなく首を傾げた。


ジャックは分かりやすい性格だ。

同期の私が魔族を下がらせないのに、自分だけ戦線離脱させるはずもなかった。

少し考えれば分かることだったのに。



依頼を完了し、先輩から報酬を分配してもらう。

約束通り半分の報酬が入った袋はずっしりと重かった。

「ミア様のせいではありません。」

先輩やジャックと別れてから、トールは言った。

「トールのせいでもないよ。」

私から出た声は思ったより弱弱しかった。


魔族の命は軽い。

別にすべての魔族を救おうなんて大それたことは考えていない。

けれど目の前で死なれては、自分にも何かできたのではないかと考えてしまう。

もしも私がジャックがついて来るのを断っていたら。

もしも私があの時トールを下がらせておいたら……


「どんな生き物にも、死だけは平等に訪れる。早いか遅いか、それだけの違いだよ。その事実にもしも、なんて存在しないんだ。」

ナギが軽い口調で言いながら、私とトールをまとめて抱きしめる。

「……はぁ。私は彼の死を悲しんでいるわけではありません。死ぬならミア様の見えないところで勝手に野垂れ死ねば良かったのにと思うだけです。」

ナギの腕の中で体が密着するほど近くにいるトールが苦笑した。

冒険者ギルドでずっと働いてきた彼からすると、実力不足で死ぬ魔族など見慣れていることだろう。

「……私も。」

この世界は魔族の命が軽すぎる。

せめて今日、目の前で死ぬのを防ぎたかっただけだ。

せっかく依頼を達成したというのに後味が悪すぎるから。

「ふふ。そうだねぇ。君たちがそうして賢いおかげで、私は今ここにいる。小さな不幸ならその賢さで取り去ることができる。けれど、今日はそんなに簡単なことじゃなかった。私たちは実力より強い魔物と戦っていて、他人を気にする余裕なんてなかった。賢い君たちなら分かるでしょう?だからもう、戻れない過去について考えるのはおやめ。」

ナギは死にかけで私たちの前に現れた自分とジャックの魔族を重ねているのだろうか。

確かに私は大した不利益を被るのでなければ、ナギを助けたいと思っていた。

そして、それは多分トールも同じだった。

結果的に私たちはナギを連れて行く利点を見出し、彼を連れて行くことにした。

今回だって大した不利益を被るのでなければ、助けたかった。

「命を授けし大地よ、この糧を受ける我らに、再び歩む力を与えてください。」

食事の前のお祈りを口にする。

私はこれ以外の祈りを知らない。

それだけ不幸な死から遠い世界に生きている。

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