オーベル
私たちの一行は長い旅程を経て、ようやくオーベルの街についた。
オーベルは強い魔物が生息する地帯の街である。
それに伴って魔物から採れる魔石の名産地として栄えていた。
殺風景な砂漠地帯を進んだ後に現れたその街は、色とりどりの鉱石で装飾された建物が立ち並び、驚くほど豪奢な雰囲気だった。
建物を飾るランタンもカラフルで、装飾も凝っている。
遠くに見える殺風景な砂丘の背景が色にあふれたオーベルの街を引き立たせるかのようだった。
「うっし。長旅お疲れさん。今日はゆっくり休んで明日あさイチでギルド集合な。」
先輩と別れて宿に向かうと久しぶりのふかふかなベッドに感動した。
「もう動けないー。」
最後の経由地を出てからの旅程が特にハードで、何日も宿小屋の固いベッドで寝る羽目になった。
1度馬車で眠ることになったときは、今更ながらナギはこんなところで寝ていたのかと驚いた。
魔族はこれがデフォルトなんて過酷な世界である。
「本日はゆっくりなさってください。」
「まさか今日も仕事に行く気なの?」
ナギが支度をしている様子のトールに呆れた視線を投げかける。
「ここにはAランクの依頼もたくさん集まりますから。今日は依頼の内容を確認してメニューを組み立てるのが主ですので、ナギはミア様と一緒にゆっくりしていてもかまいません。」
「そうなの?ではこちらに来て。加護をかけてあげるから。」
ナギはそう言って小さく呪文を唱えた。
「加護の内容は呪文から推測すること。帰ってきたら答え合わせをしよう。」
優しい顔でほほ笑むナギは魔法の師匠の顔をしていた。
「ありがとうございます。ではミア様、行って参ります。」
トールはナギに軽く頷いてみせると、私の方へ向き直ってほほ笑んだ。
「行ってらっしゃい。」
そうしてトールは仕事へ向かった。
夜には帰ってくるだろう。
私たちはとりあえず軽く昼寝をすることにした。
頭をゆっくりと撫でられている。
私は寝起きが良い方だが、そうされていると珍しく二度寝の誘惑が誘ってくるようだった。
しかし、もうほとんど覚醒していて寝れなそうにないので意を決して瞼を開く。
「おはよう。」
ナギが穏やかな顔で言った。
「おはよう。今何時?」
「ちょうどお昼を過ぎたくらいだね。お腹は空いている?」
頬杖をついて横向きに寝そべったナギは、こんな日常会話をしている時でさえ美しかった。
寝起き特有のどことなく気だるげな感じが、普段から駄々洩れている色気をさらに増すようだ。
「……どうだろう。」
正直そこまで空腹を感じているわけではない。
私が首を傾げると、ナギは小さくため息をついた。
「今日はトールが昼食を用意していないから、どこかへ食べに行かなくては。きっとトールは主様だけだと昼食をないがしろにすると思って、私を置いて行ったんだよ。」
そんな意図があるとは気付かなかった。
「何が食べたい?」
「屋台で買って、宿に持ち帰るのがいいな。飲食店では私は主様と一緒に食べられないから。」
愛玩用の魔族は主人の趣向に合わせて同じ場で食事を摂ることもあるそうだが、労働用の魔族は基本的に主人と共に食事をしない。
私たちはとりあえず市場を探すことにした。
街に出て色々なものに気がそれる私をナギは急かすことがなく、結局市場に着いたのはしばらくしてからだった。
私は相変わらず空腹に鈍感だがナギはとてもお腹が空いているはずだ。
宿に持って帰るのも面倒になって、道端で食べている分には誰にも迷惑かけないだろうとナギと買ったものをその場で食べていると、声をかけられる。
「ミア?ミアじゃないか。」
「ジャック?久しぶり。」
こげ茶の髪にオリーブの瞳。
快活な様子の少年は、私の孤児院の同期、ジャックだった。
「久しぶりだな。まさかこんなところで会えるとは。」
ジャックは再会を喜ぶようにさわやかに笑った。
私は串焼きから汁がこぼれそうになって、慌ててかぶりつく。
もぐもぐと咀嚼して、ナギに残りを渡すとジャックに向き直る。
「……ほんとにね。」
「お前、相変わらずちょっと抜けてるよな。」
「タイミングの問題だよ。」
串焼きを持っているときに話しかけられたら誰でもこうなると思う。
「はいはい、そうかもな。この街には何の用事で来たんだ?やっぱり景色目当てか?」
「いや、先輩の依頼で漁夫の利を得るために。」
「なんだそりゃ?」
「ジャックも仕事で来たの?」
「ああ。Cランクに上がったから、強い魔物と戦ってみようと思ってな。」
ランクの違う依頼を受けることはできないが、強い魔物を狩って素材を売ることは可能だ。
ジャックは強敵と戦って魔族を強くする戦略らしい。
「で、結局漁夫の利ってなんだよ。」
全然説明しようとしない私にジャックは少し呆れたような眼差しを向けてくる。
「新人育成のために高ランクの冒険者が新人を連れて行く依頼があって、たまたま知り合いの高ランク冒険者が私に声をかけてくれたんだよね。」
「なんだそれ、超うらやましい。」
「だよね。先輩様様って感じ。」
実際付いて行くだけで報酬を分けてもらえるのだからかなりおいしい話だ。
「それって定員とかあるのか?俺も連れてってもらえないかな。」
「さぁ?聞くだけ聞いてみる?ちなみに日程は明日で、Sランクの討伐クエストだから自分たちも砂漠の中に付いて行くようだけど。」
私は付いて行っても足手まといだが、一般的には冒険者が戦況を判断してその場で細かい指示を出した方がより強い魔物と戦えるとされている。
そのためAランクの冒険者から魔物の生息地域に入ることを許されているのだ。
「だからミアはそんな魔石のついた立派な服着てるのか。」
私がこの依頼のために買った服は魔石が装飾のように所々に使われている。
生地も上等な素材がふんだんに使われており、かなりの値段がした。
形こそ冒険者が着ていそうな機能的なタイプだが、一目で高級品と分かるだろう。
「そうそう。装備の費用が結構かかると思うけど、それでも良ければ聞いてみるよ。」
ナギも魔石こそ付いていないが、似たような素材の服を着ているし、トールの鎧も最高品質のものだ。
その出費はSランククエスト数回分の報酬に匹敵する。
つまり、もし同程度の装備をそろえようとしたらジャックは絶対に赤字になるのだ。
まぁ、トールが安全を考えてここまでの装備を選んだだけなのでこれ程赤字になることはないと思うが。
それに一生使える品質のものなので、長く使えばそれだけもとは取り戻せる。
「Sランク冒険者が働くのをこの目で見れる機会なんてそうそうない。是非聞いてみてくれ。」
ジャックはそう言ってさわやかに笑った。
彼は強さにあこがれるお年頃なのである。




