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お酒

私たちが依頼のために向かうオーベルは王都からかなり離れている。

そのため私たちは街を3つ経由して行かなければならなかった。

「全く、偉くなるっつーのも楽じゃないぜ。移動してる間に王都でこいつら働かせた方が、経費とか考えると結局利益出るんだぜ?ったく。」

先輩はそう言って大きなジョッキをあおった。

中に入っていた発泡酒はみるみるうちに消えていく。

私たちは最初の経由地、フラディアの酒場に来ていた。

フラディアは熱帯の地域で、街には珍しい巨大な植物がたくさん生えている。

街全体が植物園のような街だ。

私たちは2階のバルコニーの一番端、景色の良い特等席を陣取って夕食を食べていた。

「それにしても、お嬢は飲まねぇのか?遠慮しなくてもこれくらい先輩がおごってやるぜ?」

私がいつものように水を飲んでいるのを見て、先輩が豪快に笑いながらそう言った。

「うーん。私、お酒を飲んだことないんですよ。味にはそれほど興味ありませんけど、酩酊状態には興味があります。」

私はそう言って少しばかり先輩のジョッキにわずかに残った黄色にも金色にも見える液体を眺める。

成人したので飲酒を咎められる理由はないのだ。

「よしきた。もう一杯追加な。」

止める間もなくウェイターに言いつける先輩に呆れる。

「飲むとしてもそんなにたくさん飲みませんよ。そのジョッキに残っている分くらいで十分です。新しいのは先輩が飲んでください。」

「そうかぁ?まぁいいけどよ。」

そう言って先輩はジョッキをこちらに寄せてきた。

「重い。」

大きな金属製のジョッキは中身が減っているというのにそこそこ重かった。

摂り落としそうになるのを後ろに控えていたトールが支えてくれる。

先輩も私も魔族を一人ずつ店に連れて残りは馬車に待機させていた。

きっと今頃ナギは先輩の魔族にちょっかいをかけているに違いない。

「グラスに移しましょうか。」

トールはそう言ってグラスから水を一瞬で消すと、ジョッキから器用にお酒を注いだ。

ジョッキで見ると少しだった酒はグラスに移すと結構量があるように見える。

「トールはお酒飲んだことある?」

「余ったものをたまにいただいていましたね。余りものなので少量ですが。酒好きの主人に所有されていたこともあったので、種類だけは豊富に分かりますよ。」

残したものを魔族に与えることはあるが、どんなに余ろうが嗜好品である酒を労働用の魔族に与えたりしない。

トールは命令こそされていないが、人目を盗んで余ったお酒を飲んでいたのだろう。

本をこっそり読んでいたことといい、要領が良い人だと改めて感心する。

「そりゃいいや。俺より酒に詳しいんじゃないか?」

先輩は特に気にした様子もなくそう言った。

「まさか。」

トールは謙遜するように微笑む。

私がトールたちと普通に会話しているので、だんだん先輩もトールたちに話しかけてくるようになっていた。

私は意を決してぐいとグラスを傾ける。

苦い味と炭酸がはじけて舌がしびれる感じがした。

「……全然酔わないんですけど。」

「そりゃ、そんなちょっとじゃ酔わねぇよ。」

先輩があきれたように言った。

美味しいとは思わないし、酔わないなら飲む意味がない。

私はグラスに残った酒を一気に飲み干そうとした。

「一気に飲むのは危険ですのでおやめください。」

気付いたらトールにグラスを取り上げられていた。

「だって、酔わないし。」

「しばらくしたら酔いが回ってくるものです。」

「なるほど。」

私の納得した様子にトールはほっと息を吐くとグラスを元の位置に戻した。

「まぁ慣れてきたら一気に飲むのも乙なもんだが、お子様は飯と一緒に楽しむくらいでいいだろ。」

先輩はそう言って自分のジョッキを私の方に掲げてきた。

私はそこに自分のグラスをカチンと軽くぶつけた。


初めての酩酊状態は悪くなかった。

顔が少しほてっているせいか、空気が冷たく感じる。

制御できないわけではないが、体を動かすのが少し緩慢になったような気がした。

立ち上がろうとして、足元がふらついた。

どうやら思ったより体が制御できていなかったようだ。

「どちらへ?」

体を支えてくれたトールが言った。

「眠い。帰る。」

いつもより口が軽い。

思ったことがすぐ口に出てしまうようだ。

「お嬢、グラス一杯で酔っ払うたぁほんとにお子様だな。気を付けて帰れよー。」

先輩はそう言って笑った。

「失礼いたします。」

トールがそう言って礼儀正しくお辞儀するのをぼんやり眺めていると、ゆっくりと手を引かれる。

店から出ると、繁茂する植物が迷宮のように複雑に見えた。

花弁が淡く光る植物が夜の暗闇の中をぼんやりと照らす。

景色に見とれていると足が止まっていたようで、トールにそっと抱き上げられた。

そのまま荷台に入るとベッドの上に寝かされる。

横になると重かった瞼がさらに重くなり、逆らうことはできそうになかった。

「おやすみなさい。ミア様。」

トールにそっと頭を撫でられて、私は眠気が誘うままに目を閉じた。


次に目を開けると、私は宿のベッドに寝ていた。

左右にトールとナギが寝ているので、そこそこの宿に入ったらしい。

私はもうすっかり酔いが醒めてしまったようで、いつもの調子を取り戻していた。

「ナギ。ナギ、結界は?」

穏やかな顔で寝ているナギの肩をゆする。

「んん。なぁに?抱っこ?」

ナギはむにゃむにゃしゃべりながら私を腕に閉じ込めてきた。

「違う。結界。」

「ミア様。落ち着いてください。いつも通りきちんと結界は張ってあります。」

私が騒いだせいで目が覚めたのか、トールは起きていた。

安心させるように後ろから抱きしめてくる。

そうしているうちにナギは目を開いていた。

「不安ならいつものように上手に命令してごらん?」

そう言って私の頬に手を添える。

とびきり怪しい笑みを浮かべた人魚の瞳は暗闇の中で揺らめいていた。

「ナギ、命令する。朝まで結界を張って。」

「ふふ。もう張っているけどね。」

2人の言った通りもう結界は張られているようで、首輪は一瞬だけ赤く光るとすぐに元に戻った。

「なんか目が覚めちゃった。眠くない。」

「お酒を飲むと眠りが浅くなる方もいるようです。」

「子守唄でも歌おうか。とはいえ子守唄なんて知らないから教えてもらわないと歌えないけど。」

ナギは平然と言った。

じゃあ何でそんな提案したんだ、と呆れてしまう。

「トールは知ってる?」

「残念ながら存じ上げません。」

「あのエルフは主様が小さい頃歌ってくれなかった?」

「多分聞いた覚えないけど。先生も知らないんじゃない?」

「そうかもしれないね。」

3人で他愛もない話をしていると、いつの間にか眠っていた。

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