仕事
森に入るのも慣れて、草の上に寝そべりながら植物のスケッチができるくらいになった頃、私はギルドに召集された。
「Aランク以上の冒険者は必ず来るようにとのことです。」
そう言ったトールは心なしかわくわくしているようだった。
受付に事情を話すと3人で2階の応接室に通される。
予想通り、そこには先輩がいた。
「おう。来たな。王都でグダグダしてるAランク冒険者。」
先輩はそう言ってニヤニヤと笑う。
王都はBランクまでの依頼が多い。
Aランクの依頼が多い街に移動しないことをからかわれているのだろう。
「うちの方針なんです。」
「もちろん、それは構わない。Bランクの依頼を何個も回した方が効率が良いということもあるだろうからな。どう仕事しようがそいつの勝手だ。しかし、若者なら強敵に挑みたくなんねーもんかね?」
先輩はそう言って顎のひげを撫でながら首を傾げた。
「そういう若者じゃなかったからここまで来れたのでは?」
先輩だって王都にとどまってギルドマスターなんぞやっているではないか。
彼は権力に興味があるタイプにも思えないので、結局Bランクの依頼が最も効率よく回せるからではないか、とメタ的な推理をしてしまう。
「違いねぇ。」
先輩はニヤリと笑って頷いた。
まぁ、私たちがここにとどまるのは、単に私が森の散策を楽しむのにちょうど良いからであるが。
ここなら気軽に先生の加護が受けられるし、森に入ってもトールたちが確実に対処できるような魔物しかいないのだ。
「そんな知性のある冒険者に頼みがある。俺とこの討伐依頼を受けてくんねぇか?」
そう言って差し出された依頼書にはミノタウロスの討伐と書かれていた。
後ろにいるトールの肩がピクリと動いたような気がする。
「嫌です。私はAランクになったばかりのか弱い冒険者なんですよ?というか先輩一人で行けるでしょう?」
私でも聞いたことがある強い魔物の名前に、全力で拒否の姿勢を見せる。
Aランクになったとはいえ、まだAランクの依頼も受けていないのだ。一足飛びに強敵に立ち向かわせないでほしい。
「ちげぇよ。よく見ろ。」
先輩が細かい注釈の部分を指し示す。
そこには「新人育成のため、ギルド在籍3年未満の者を必ず伴わせること。ランクは問わない。」と書かれていた。
「偉い人も大変ですね。」
「ほんとにな。俺が強すぎるばっかりに。」
先輩は大真面目に頷いた。
「はぁ。まあこんな依頼が来るということは、先輩がいればミノタウロスは余裕ということでしょう。なら、受けてもいいですよ。」
「おぉ。話が早くて助かるぜ。もちろんお嬢に危険なことは何もねぇ。」
先輩はそう言ってにかっと笑った。
「それにしても、ランク不問なら他に行きたい人がいっぱいいそうですけど。」
「なんでわざわざ足手まといを連れてかなきゃなんねぇんだよ。どうせなら使えるやつの方がいいだろ?」
「余裕でも?」
「余裕でも。どうせなら効率よく稼ぎたいだろ?」
そういえば先輩はそういう人である。
こう見えて頭脳派で効率主義の仕事人間なのだ。
「お嬢なら報酬は特別に折半にしてやる。さっそく明日出発でもいいか?」
ミノタウロスの討伐はSランクの依頼である。
その報酬を付いて行くだけで折半してもらえるなら、Aランクの冒険者からしても破格の条件だ。
旨味のある報酬を提示してやる気を出させる。
私が昔トールにやったのと同じことだ。
「いいですよ。」
私はそう言って肩をすくめた。
私たちは王都の市場に来た。
明日からの旅のための買い出しである。
トールが会計をしているのを見て、ふと思った。
「トール。さっきの会計って私の財布から出してるよね?」
私たちは荷馬車に荷物を置きに戻っていた。
周りに人間はいない。
「えぇ。私が持っているお金はすべてミア様のものですから。」
トールはそう言ってほほ笑む。
どうやらトールが自由に使っていい経費の方から出しているようだ。
「私のお金はどうしてるの。」
食料を買うのも宿を取るのもトールなので、私はお金の管理をトールに任せていた。
対して、私はほとんどお金を使わないのでお小遣い程度を持ち歩いている。
「すべて大切に保管しておりますよ。」
つまり手を付けていないらしい。
「まぁ、トールがそれでいいならいいけど。」
「すべてはミア様のおかげです。だから私は、稼いだ報酬をミア様のために使いたいのです。目に見えない対価のために働く私を見るのは不安ですか?」
そう言うトールは穏やかに微笑んでいる。
「別に不安じゃない。」
「それは何よりです。」
トールは私の首輪を付けているのだ。
本当に嫌なことがあったら命令して止めればいい。
「じゃあ余ったお金を私に持たせてよ。私もお金を払ってみたい。」
私たちを見ていたナギがそんなことを言い始めた。
「ではナギ、このお金でジャガイモを買ってきてくれますか?」
「もちろんだよ。」
ナギはトールにもらった小銭を嬉しそうに握りしめて市場へ消えていく。
「あーあ。あれいつ戻ってくるかな。」
「お腹が減ったら勝手に戻ってくるでしょう。」
つまりしばらく戻ってこないということか。
荷馬車の中、トールと二人きり。
前はそれが当たり前だったのに、ずいぶんと久しぶりに感じた。
「トールは強くなりたいの?」
私はなんとなく気になっていたことを聞く。
「はい。」
トールは私を真っ直ぐ見て頷いた。
「じゃあ、今回の依頼が終わったらAランクの依頼を受けていいよ。私は十分森を楽しんだし、生きていくお金が稼げれば何でもいいから。」
先輩の依頼にワクワクした様子を見せたトールを見て思っていた。
私には想像もつかないが、世の中には強さを求めて生きる者もいる。
「ありがとうございます。強くなればミア様を色々なところに連れていけますし、何より先生のようになって、というミア様たっての希望でございますからね。」
トールの言い分に結局私の役に立つためか、と呆れた。
本当に随分懐かれたものである。
それにしても先生のようになってほしいなんて言っただろうか。
全然覚えていない。
「まぁ、ほどほどに頑張って。」
別に強くなってくれる分には一向にかまわないので、私はあいまいに頷いた。




