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スケッチブック

「さて、そろそろ昼食にしましょうか。」

先生がそう言って私たちを厨房に転移させた。

私は慣れたものだが、トールたちはまだ慣れないようで驚いた様子で辺りを伺っている。

「部外者に勝手にご飯を振舞って大丈夫?」

孤児院のご飯は子供たちのためのものだ。

勝手に他人に与えては先生に罰が下るのではないかと思って私は聞いた。

「ここは教会ですよ。旅人にご飯を恵むことが悪いことのはずありません。」

先生はそう言って、厨房の端のダイニングテーブルに魔法でセッティングしていく。

私はいつもここでご飯を食べていたので、孤児院の食材がいつも多めに届けられるのは知っている。

先生がそう言うなら遠慮する必要はなさそうだ。

小さなダイニングテーブルは4人分の食事を置くために引き伸ばされ、2脚しかなかった椅子は分裂する。

お玉がひとりでにスープをよそって、料理が盛られた皿が机の上に着地した。

先生はほとんどのことを魔法で済ませようとする。

トールはそもそも魔力量が少ないので使える魔法が限られているし、ナギも必要な時以外は魔法を使わずに魔力を温存している。

しかし、先生は少しの移動やテーブルセッティングに至るまで、すべて魔法を使う。

そのうち筋肉がなくなって魔法で動き出しても私は驚かない。


食事の支度が終わると、私たちはお祈りをしてから食べ始めた。

「なるほど、これがミア様の食べなれた味付け。参考になります。」

トールはやたら真剣な面持ちで一口ずつ味わっている。

「他の子供は別の部屋で食べているのかな。」

ナギが確認するように聞いてくる。

「ええ。普通、魔族と人間は同じところで食事をしませんから。」

と、先生は答えた。

「主様とはよく一緒に食べていたの?」

「えぇ。ミアは厨房で料理が出来上がるのをよく見ていましたから、その流れでいつも一緒に食べていましたよ。」

孤児院や教会のことは先生が一人すべてこなしている。

食材は外部から届けられるが、孤児たちの食事の用意は先生の仕事の一つで、私は魔法で料理ができていく様をよくここで眺めていた。

そうしたらいつの間にか先生と一緒にご飯を食べるようになっていたのだ。

「そんなことをしたらあの解放派の娘がうるさいのではない?」

「えぇ。私たちがここで食事していることに気が付いたライラは、私も含めて皆で食堂で食べるべきだと主張しました。」

「目に浮かびますね。」

トールが苦笑した。

「とりあえずライラの言う通り食堂で食べることにしたら、他の子たちがライラと揉め出して……。結局私も揉め事にまきこまれたくないミアも厨房に戻りました。ライラには他の子が納得するなら食堂で食事すると言ったのですが、あれ以来呼ばれたことはありません。」

ライラは結局誰も説得できなかったのだ。

彼女は他の子たちとひどく喧嘩してしばらくここで食事をしていたが、ほとぼりが冷めると来なくなった。

きっと別の問題を見つけて、そちらに気を取られているうちに忘れてしまったのだろう。


とりとめのない話をしながら食事を終えると、「他の部屋の様子が見たい」とナギが言い出した。

私がどんなところで暮らしていたか興味があるようだ。

孤児院を見学するのは特に問題ないらしく、先生はすぐに私たちを転移させた。

「え、私の部屋そのまま残ってるんだ。」

「ええ。何せミアたちが卒業してから孤児は増えていませんから。」

この国に孤児は少ない。

どこの家も大抵は子供を育てる余裕があるし、なくても魔族に命じて育てることができるからだ。

けれど不慮の事故で親を亡くした子供の引き取り手が全くいないとき、子供は孤児院に送られる。

その子供も、養子を探している人が引き取る場合が多く、成人まで孤児院に残っている子供は稀だ。

私たち3人がいなくなって、今残っているのは小さい子たち2人だけだ。

おそらくすぐに養子にもらわれるだろう。

私が以前使っていた部屋も昔は何人かの孤児が複数で使っていたような大部屋なのだが、今ではそれぞれにこの大部屋が与えられていた。

部屋にはベッドと広い机がある。

作業台だった机の上には絵の具が飛び散って取れなくなっていた。

「部屋の掃除はミア様がしていらしたのですか?」

トールが机の惨状を見て不思議そうに言った。

「うん。」

先生はあくまで孤児院の先生なので、トールのように何から何まで世話してくれる感じではなかった。

寝癖だけは見ていて気になるのか、いつも直してくれていたが。

「ねぇ、このスケッチブックは昔のもの?」

ナギが窓際に立てかけられたスケッチブックに目を付ける。

「そうだよ。」

「見てもいい?」

ナギがわくわくした顔で聞いてくる横で、トールも目を輝かせている。

「いいけど、あんまり古い絵は下手だから見ても面白くないと思うよ。」

絵は描けば描くほど上手くなる。

子供のころの絵なんて見れたものではない。

「主様が描いたものなら何でも愛おしいから大丈夫。」

ナギは私の様子を見て優しく微笑んでから、ゆっくりとページをめくりだした。

一番直近のものだ。

新しいものからさかのぼるようにページをめくっている。

私とトールはナギをはさむようにして横並びにベッドに座るとスケッチブックを覗き込んだ。

最初は割と最近描いたものなので比較的上手く王都の色々な風景が描かれていた。

「ミア様は王都の風景は一通りご存じなので、仕事の間お暇をされてしまうでしょうか?」

スケッチブックを見ていたトールは心配そうに言った。

「それを大丈夫。王都は広いからまた新しい発見があるだろうし。」

私がそう答えると、トールは安心したように微笑んだ。

「ここからは教会の絵ばかりだねぇ。」

ナギは2冊目に突入し、次々とページをめくる。

美しいステンドグラス、ささやかだが整えられた前庭、ライラが勝手に植えた花など日常の風景が続く。

まだ12歳くらいの頃に描いたものだ。

歳の割には達者なほうだと思うのだが、さすがに自信が過ぎるだろうか。

トールとナギの様子をうかがうと、真剣なまなざしで絵を見ているようだった。

それより前になってくると、描きかけのような絵が増えてくる。

途中でやめてぐしゃぐしゃと線で塗りつぶしたようなものまで出てきた。

「ナギ。」

トールがナギの手を止めた。

「まぁ、ここから先はほとんどこんな感じだから、見ても面白くないとおもうけど。」

私は首をすくめて見せた。

その様子にトールは手を引っ込めて、ナギはまたページをめくりだした。

塗りつぶしはどんどん大きくなり、紙がもったいないな、と思った。

3冊目は一番古くて、一番上等な紙が使われたスケッチブックだ。

なんてもったいない。逆だったら良かったのに。

塗りつぶしは徐々に減った。

けれど画力も低いし、描かれている絵は暗い色ばかり使われているし、何が描きたいのかよく分からない。

「うわぁ。下手ぁ。」

この頃になると下手過ぎて少し見られるのが恥ずかしい。

「教会に来たばかりのころですね。ミアはまだ10歳でしたか?」

傍で見ていた先生が懐かしそうにそう言った。

15歳も10歳も先生からしたら誤差も良いところなのによく覚えているものだ。

最後は子供っぽいつたない絵だが、人や風景の絵が続いてページは終わった。

「見せてくれてありがとう。」

ナギはそう言って私の頬にキスを送った。

金の瞳はすべて見透かすように穏やかに凪いでいた。


私はここに来たばかりの頃、まともな絵が描けなくなっていた。

思いつくままのものを描くことが難しくて、目の前の物を模写しようとしたが、それもしばらくはあまり上手くいかなかった。

2年ほど経ったころ、ようやくまともに絵が描けるようになった。

そうして教会の中の絵ばかり描き始めた。

私は2年ほど前まで教会から出ることができなかったのだ。


「あのミア様を、外の世界に出られるようにしてくださったのは、あなただったのですね。」

トールはそう言って先生を尊敬のまなざしで見つめた。

人が怖い。

それなのに私は外に出て旅をする。

私はもう、恐ろしい夜以外は、外を歩いて綺麗なものを探しに行ける。

それらはすべて先生のおかげだった。

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