里帰り
久しぶりの王都は相変わらずにぎやかな街だった。
年々増加する人口のために人々は余った土地を見つけては新しい建物を建設する。
まだ1年も経っていないのに新しい建物がちらほら見えた。
中心では白亜の城が陽光を受けて輝き、その高い尖塔はどこからでも見ることができる。
私たちは試しに良い宿に数泊することにした。
彼の言う通り、高い宿のベッドはいつもより広く、全員がベッドに眠ることができそうだ。
床にはふかふかのカーペットが敷かれていて、広い窓から景色が良く見渡せる。
けれど安宿の5倍くらいの値段がするので、今後も泊まるかどうかは検討中という感じだ。
稼ぎは十分あるので金銭的には問題ないが、私はある程度清潔な場所で寝られればどこでも良いので、5倍の値段を払うというのは気が引けた。
「トールもついて来るの?」
「ええ。ミア様が構わないのであれば、お供させてくださいませ。」
いつも宿に着いたらギルドに飛んで行くトールが、私が教会に行くのについてくると言う。
「別にいいけど、面白いことは特にないと思うよ?」
「ミア様の育った場所に興味があります。」
トールがついて来るならナギは当然ついて来るわけで、私たちは3人で教会に向かった。
教会は大通りから少し離れた比較的静かな場所に建っている。
特にここは貴族の屋敷と庶民の家が並ぶ地区の境目あたりなので、人の多い王都の中で最も静かなところと言えるだろう。
大聖堂の前の小さな前庭に足を踏み入れた瞬間、私はもう違う場所にいた。
「ミア、会いに来てくれたのですね。おかえりなさい。あぁ、顔をよく見せて。」
私は先生の腕の中にいた。
魔法で転移させられたのだ。
「ただいま。」
先生は相変わらず神々しいエルフだ。
白い神官服を一切の乱れなく纏うその姿はまさに神の使い。
無骨な銀の首輪も、彼が身に着けているとまるで神聖なもののようだった。
私たちはしばらく再会を喜ぶように強くハグをする。
文字通り私たちはこれまでずっと一緒にいたので、少し離れただけで、長いこと会っていなかった気分だった。
「……なんて魔法だろう。3人を見えていないところから転移させるなんて……」
後ろからナギの呟く声が聞こえる。
「おや、彼はミアの絵を纏っているのですね。なんて美しい。」
先生はナギを見て、眩しい物を見るように目を細めた。
「でしょ?私の傑作なの。」
私は先生に自慢する。
「えぇ。本当に素敵です。まるでこのステンドグラスのよう。」
私たちは先生のいる大聖堂に飛ばされていた。
彼の後ろには高い天井まで伸びたステンドグラスが様々な色の光を落としている。
「はじめまして。私はナギ。見ての通り主様の人魚だよ。」
ナギは艶やかに微笑んだ。
「はじめまして、ナギ。私の呼び名は沢山ありますが、今は先生と呼ばれています。」
「呼び名が沢山ある?」
ナギはどういうことだと眉を顰める。
「古い魔法使いは簡単にその名を明かさないものです。いくつもの魔法に組み込んだその名は、唱えるだけで危険な呪文ですからね。」
先生は若い者を見るように穏やかに微笑んだ。
「古いって……君、いったいどれだけ長く生きているんだい?」
「1000を超えてからは数えるのをやめた、と言っています。あまりはっきり言うとミアに怖がられそうなので秘密にさせてください。」
「え?そうだったの?私からしたら1000も2000も変わらないよ。教えて。」
1000年だってスケールが大きすぎてよくわからないのだ。
今更もっと長生きしていると知ったところで別に何とも思わないのだが。
「嫌です。ナギは300から400歳あたりでしょうか?」
先生は私の要望を笑顔で断って、ナギを見た。
「たぶんそう。よくわかるね?」
「首輪が作られたのが500年くらい前ですから、それより前を知っている者は簡単に名を明かしません。けれど魔法の習熟度的に、あなたにはそこそこ優秀な師がいたようなので。」
まるで歴史書の話を聞いているようだ。
私にとっては歴史でも彼らにとっては人生の一部なのだから不思議なものである。
「あなたはトールですよね?」
そう言って先生はトールに顔を向ける。
「ええ。あのとき私たちが話しているのを聞いていらしたのですね。」
教会でトールと出会ったときに私たちが自己紹介しているのを聞いていたようだ。
「ええ。どうやらミアをよく世話をしてくれているようだ。」
先生はそう言って私の頭を撫でた。
私の髪はいつだってトールのおかげでサラサラだし、最近トールは結んだりウェーブをつけたりとヘアアレンジまでするようになった。
トールは暗にヘアアレンジの成果を褒められて笑みを深めている。
「少し背が伸びましたね。」
そう言って笑う先生は嬉しそうなのに、なんとなく少しだけ悲しそうに見えた。
「そう?自分だとわからないや。」
私は自覚がなくて首をかしげる。
トールもナギも私より全然背が高いので、私の背が少し伸びたところで景色が変わったりしないのだ。
「ええ。髪型のせいもありますが、顔つきも少し大人びたような気がします。」
先生からしたら私がいくら大人びようと赤子も同然だろうに、よくわかるものだと感心する。
「先生は変わらないね。」
「それは良かった。いつかミアに昔より老けたね、なんて言われたらどうしましょう。」
先生はクスクスと笑った。
どうしましょうなんて言いながら、そんな日を心待ちにしているかのように見えるのは気のせいだろうか。
それから私は先生に教会を出てからの出来事を話した。
先生は冒険者ギルドでの昇進の速さに驚いたり、解放派の貴族の屋敷に招待されたことを心配そうに聞いていた。
私たちが話をする様子をトールは基本的に見守り、ナギはときどき茶々を入れた。
そして今は先生にスケッチブックを見せている。
「先生は外に出たいなって思ったりするの?」
先生は教会の敷地内から外に出ることができない。
魔法で外に直接干渉することも禁じられている。
ここは教会で先生は神父の役割も担っているので、例外的に加護の魔法のみ外の人間にかけることがゆるされていた。
しかしこの国の宗教は廃れているので、加護を求めて教会を訪れる人も極めて稀だ。
「そうですねぇ。ミアの成長をもっと近くで見たい気はしますが、こうして会いに来てくれるだけでも十分です。」
先生はそう言って穏やかに微笑んだ。
「いや、それ以外に外でしたいことないの?」
「……特に思いつきませんね。以前と変わらず似たような人の営みが続いているだけでしょう?」
1000年以上生きている先生は首輪を付けずに自由にしていた頃もあるのだろう。
もう散々自由にしていたので今更外に興味はないという感じなのだろうか。
先生のそんな様子に、トールとナギは息をのんだ。
「……すごいな。どれだけ長く生きたら、そんなに達観できるのだろう。」
ナギはそう言って、座っている長椅子の背もたれに頬杖をついた。
「ねぇ、先生本当は何歳なの?」
私はやっぱり気になって再度先生に聞いてみる。
「教えません。」
年齢不詳のエルフは笑顔で断った。




