魔法陣
みんなで宿の部屋で夕食を食べた1週間後。
「私は無能なのかもしれません。ですが捨てないでください。お願いします。何でもします。」
トールが部屋の隅で落ち込んでいた。
私が近付くと足元に縋りついてくる。
「なんか、これもらった時からこんな調子になっちゃった。」
そう言ってナギが掲げるのはシルバーのギルドトークンだった。
トークンをプラプラと揺らしているナギは多分状況をよく理解していない。
「私とナギの生活能力じゃあ生きていけないから、捨てたりしないよ。」
本当にどちらか捨てろと言われたら先にナギを捨てると思う。
ナギと2人では生きていけなそうなので。
「確かにそうでした。」
トールは疑いようもない事実を思い出して立ち直った。
「ふふふ。それで、結局これは何?何か呪いのアイテムとか?」
そうだと思うなら、なぜそんな気軽に持っているのだ。
「ギルドにはランクがあると説明したでしょう?これはBランクの証です。ランクアップしたのですよ。」
「良いことじゃない?何をそんなに落ち込んでいるの?」
世間知らずな人魚は不思議そうに首を傾げた。
「ランクは普通、1年くらいかけて上げていくものです。それなのにあなたと仕事をし始めた途端、1週間でランクアップしてしまったら、私の立つ瀬がないではありませんか。」
トールは恨めしそうに言った。
「なんだ、そんなこと。私のような箱入りがあのような場に一人いたところで、何も出来はしないよ。すべて君がいたから成しえたことだ。」
ナギは諭すように言った。
「それもそうなので、もう立ち直りました。さすがに驚いてしまって。魔法というのは強大なものですね。」
「ああ。そうだよ。その強大なものを扱う術を、これから嫌というほど教えてあげるからね。」
魔法の先生から見ると、トールはまだまだのようだ。
「つまり、ナギの魔法が強すぎて、思ったより依頼がサクサク進んでしまって、Bランクにあがっちゃったの?」
「その通りです、ミア様。さすがのご慧眼ですね。」
「いや、この状況を見たらだれでも察するから。」
頭を撫でてくるトールに呆れてしまった。
「それよりご飯にしない?お腹が空いてしまったよ。」
「はぁ。分かりました。」
立ち直ったと言っていたが、やはりやり切れない思いは残っているのか、トールは深いため息を吐いた。
「次に行く街ですが、2つ選択肢があります。一つはグレイモス。山岳地帯で寒いところですが、その分新しい景色が見られるかと。そして、もう一つは王都です。」
私は突然現れた里帰りの選択肢に驚く。
「遠くない?」
王都は街を2つ越えた先にあるのだ。
かなり遠い。
「途中の街で食料を補給すれば問題ございません。補給地点はシャンレンかランタナがあります。どちらがいいでしょうか?」
「「知らない方。」」
私とナギの声がかぶった。
「そう言うと思いました。ではランタナを経由して、王都に向かいましょうか。あまり里帰りが遅れると、あのエルフが何をしでかすか分かりません。」
トールは先生に1度しかあったことがないのに、どうしてこんなに警戒しているのだろうか。
別に先生は善良なエルフであると思うのだが。
「主様はエルフに育てられたの?」
ナギが興味深そうに言った。
「そう。私は孤児院で育ったんだ。エルフは院長先生だったの。」
「そうなんだ。もしかしてあの絵の人?」
ナギが言うあの絵とは、出立のときに大聖堂で先生が魔法を使っている絵のことだろう。
彼は私の絵をしょっちゅう見ていたし、うろこを塗るときにステンドグラスの参考資料として横に置いていた。
「そうだよ。」
「なるほど。トールの心配も頷けるね。」
ナギはしたり顔でうなずいた。
「あの魔法、やっぱりそんなすごいの?」
「主様の目にあれだけの光が映ったのであればねぇ。トール、どんな魔法をかけたか分かった?」
ナギはおっとりと質問した。
「加護の魔法とは言っておりましたが、正直内容は分かりかねます。私の目には何重にも重ねたような巨大な魔法陣も見えていました。」
どうやら魔法陣は人間の目には見えないらしい。
「ずるい。」
「ふふ。では私が見たものをお伝えしますね。」
「うん。」
私はトールにスケッチブックを渡した。
彼は器用に図形が複雑に組み合わさった魔法陣を描いていく。
「私が思い出せるのはこれくらいです。」
トールは残念そうに言ったが、スケッチブックの上の魔法陣はすでに十分複雑だった。
「ふふ。私の弟子はとても優秀だ。こんな複雑なものは私にも分からないよ。よくここまで覚えていたものだ。」
そう言ってナギはトールの頭を撫でた。
ここはすっかり師弟っぽくなっている。
「これほど魔法に長けていると、確かに首輪を付けていても、大事を起こせるかもしれないね。」
なぜみんな先生が何かやらかすと思うのだろうか。
彼は善良なエルフなのに。
私は首をかしげた。




