別れ
「私はミア。あなたの名前は?」
私は背の高い犬の獣人を見上げた。
「トールと申します。どうぞお好きなようにお呼びください。」
「じゃあトールで。私のことも好きに呼んでいいよ。」
「では、ミア様とお呼びいたします。」
丁寧な口調だ。
優し気な顔つきと相まって、とても物腰柔らかな印象を受ける。
他の2人もそれぞれ自己紹介をしていたと思ったら突然、強い口調が聞こえる。
「命令する。魔法を披露しろ。」
ジャックが狼の獣人に命令を出した瞬間、首輪の文様が赤く光る。
狼の獣人は素早く呪文を唱えると、何もない手のひらから小さな炎を出した。
すると首輪の光は収まり、元の銀色の首輪に戻る。
「おぉ。ばっちりだね。」
「だな。ミアもなんか命令してみろよ。」
「えぇ?じゃあ、命令する。ドラゴンを召喚して。」
ジャックに言われて私は型通りに命令した。
首輪は赤く光り、しばらくするとトールが苦しそうに呻きだした。
胸を押さえて体を縮こませている。
「ミア、やめて。最低だわ。」
ライラが私の腕に取りすがって止めてくる。
「命令を取り消す。」
私がそう言うと、首輪の光が消える。
トールはしばらくすると元のように姿勢よく立った。
「罰を与えるのもばっちりだな。」
ジャックは感心したようにうなずく。
首輪で契約した魔族は、命令に従わないと、魔力を吸われ、身を引き裂かれるような痛みが与えられるらしい。
実行不可能な命令を出して、罰を与えるのも一般的な首輪の使い方だった。
「ばっちりなんかじゃないわ。やっぱりこんなのひど過ぎる。ねえ、ミア。二度とこんな使い方しないで。」
「ごめんごめん。もうしないよ。」
私はサディストではないのでよほどのことがない限り、もうこんなことしないと思う。
今回は実際に首輪の効力がどんなものか見たかっただけだ。
もしかしたら将来的に性格がゆがんで、人を痛めつけるのが大好きになる可能性はあるのかもしれないが。
「そんなてきとうに言われても信じられないわ。ミア。この場で誓って。」
「いい加減にしろよ、ライラ。そんなこと誓ったら、仕事に支障が出るだろ。」
私に迫ってくるライラを、ジャックは引きはがした。
「皆さん、落ち着いてください。今日は孤児院を出る日。皆さんの別れの日でしょう?悔いのないようにお別れをしてくださいね。」
先生はそう言うが、ライラとジャックは止まらない。
「もうこれでジャックの顔をみなくていいと思うと清々するわ。私は魔族と人間が平等になるように人々に訴えかける。この考えを世界中に広めるわ。あなたたちを説得できなかったのは残念だけど、いつか絶対にこの夢をかなえて見せる。分からず屋の2人なんてもう知らない。」
ライラは言いたいことだけ言うと、さっさと教会を出て行った。
彼女の様子をピクリとも表情を動かさず見ていた犬の獣人は、私たちに一礼するとライラの後を追った。
「行っちゃった。」
長いこと共に暮らしたというのにあまりにあっけないお別れだ。
「もう十分だろ。今更あいつと話すことなんかねぇよ。どうせ喧嘩になる。」
ジャックはそう言って鼻で笑った。
「じゃあ俺も行くかな。」
ジャックの軽い様子に私は首をすくめる。
「そっか。」
「どうせ同じギルドにいるんだ。今生の別れじゃない。何かあったらギルド伝手に連絡しろよ。」
私もジャックも冒険者ギルドに登録した。
ギルドは全国各地にあるとはいえ、同じ組織に所属しているのだ。
連絡は取りやすいだろう。
「ジャックも、何かあったら連絡してもいいけど、何もできないと思う。」
基本的にジャックの方がしっかりしているので、私に助けを求めるようなこともなさそうだ。
「だろうな。ま、気が向いたら連絡するよ。じゃあな。」
ジャックは最後まで軽い様子で言うと、魔族を連れて教会を出て行った。
「先生。」
私は大聖堂に残っていた先生に話しかける。
「ミア。さみしくなります。」
先生はそう言って、私にハグをした。
見上げると、透けるような金の髪がカーテンのように私の顔を覆う。
エメラルドの瞳が少しだけ潤んで、いつもよりさらにキラキラしていた。
「今生の別れじゃないよ。」
私は何と言ったらいいかわからず、先ほどジャックに言われた言葉をまねした。
「私は、教会から出ることができません。魔族なので手紙を出す手段もありません。」
先生はさる王族に使役されている魔族らしい。
教会と孤児院の管理をたった一人で命じられている。
そんな先生は教会の外に出ることはおろか、手紙を出すこともできないようだ。
「じゃあたまに里帰りする?」
「えぇ。是非そうしてください。」
「そんなに寂しがらなくても、また私みたいに懐いてくれる子が来るよ。」
孤児といえど、魔族に対しての当たりは強い。
私は無害な大人として先生を慕っていたが、他の子はそうではなかった。
いや、正確には本当に物の分からない子供のうちは保護者として懐くのだが、義務教育が始まると魔族として蔑む者がほとんどなのだ。
そうして街にいる魔族の扱いを見て、さらに蔑む。
魔族を人間とは別の下等な存在として認識する。
誰が悪いというわけではない。それが普通だ。
「私はここ100年くらいミアのような子に会ったことがないのですが、本気でそう思いますか?」
先生に穏やかな声で問われる。
エルフは長命な種族だ。
先生は1000年以上生きているらしく、もう年を数えていないと言っていた。
「私、そんなに変わってる?」
長いこと生きているエルフにそんなことを言われて少し不安になった。
「そうですねぇ。でも大丈夫。少し関わったくらいでは、あなたの異質さに気づく人はいないでしょう。」
先生にそう言われてとりあえずほっとする。
少なくともライラのように見るからに変わり者というわけではないようだ。
「先生。私そろそろ……」
名残惜しいのは確かだが、やることはたくさんあるのだ。
早めに教会を出なければ。
「……わかりました。では、愛しい子の旅立ちに祝福を。」
そう言って先生が呪文を唱えると、神殿内が明るくなる。
ステンドグラスの光が踊るように揺らめいて、さわやかな春の風が吹き抜ける。
いつの間にか先生は手に大きな杖を持っていた。
きれいだ。
朗々と呪文を唱えるエルフも、光と風をおびた魔法も、荘厳な大神殿も、すべてがきれいだった。
「先生、今のは?」
「ちょっとした加護をかけました。そのうち消えてしまいます。」
「ちょっとした?私、先生があんなに長い呪文を唱えるところ初めて見た。いつの間にか杖も持ってるし。」
人間は魔力が全くないので、魔法についてはよくわからない。
けれど、いつも杖もなしに短い呪文で魔法を使っている先生の様子を見ていたので、先ほどの魔法はちょっとしたものではないのでは、と思う。
「大したものではありません。本当は加護を込めた魔石を持たせたいところですが、今の私は魔石を所有できる立場にないので。」
先生は少し目を伏せてから、私の目をしっかりと見る。
「ミア、ご成人おめでとうございます。あなたのこれからに幸多からんことを。」
そう言って先生は優しく微笑んだ。
「ありがとう、先生。行ってきます。」
私も笑顔でそう言うと、トールと一緒に教会を後にした。




