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私の魔法使い

ナギはその後なんだか離れがたそうに引っ付いている。

そしてゾクゾクするような甘い声でささやく。「私の魔法使い」と。

「なんでたぶらかそうとしてるの?何かしてほしいことがあるとか?」

私は拠点でライラがタジタジになっていた様子を思い出して、そう聞いた。

「ふふ。いっぱいあるけれど、今言ってもたぶん聞いてくれないからいいよ。」

ニシキはそう言ってやっぱり魅惑的に微笑む。


トールが用意してくれた昼食をいつも通り2人で食べ始めたのだが、ナギは意外と早食いなのですでに彼の分はない。

いつもは私が食べ終わるまで軽くおしゃべりをするのだが、今日は少し言葉数少なめで、いつもより視線を感じるような気がする。

「あの……さっき、なんでキスしたの?」

ナギの常ならぬ様子に流されていたが、一番おかしいのはそこだった。

彼は私の顔を見て嬉しそうに笑った。

「分からない。愛おしくてたまらなくて、気づいたらしてしまった。嫌でなかったならまたしてもいい?」

「なんか恥ずかしいから嫌だ。」

この話をしている今も、なんとなくむず痒い。

「そう。では嫌ではなくなったら教えて。」

ナギは少し残念そうな様子で言った。


夜、帰ってきたトールに傑作を披露した。

暗いところで見るとわずかな光を反射して、また綺麗だった。

「……これが、人魚。」

人魚は魔族の中でも特に美しいとされており、通常なら最高級の愛玩用魔族であると教えてくれたのはトールだった。

白い肌に人を惑わすような金の瞳。青と灰色を混ぜた神秘的な髪。

そしてそれらを照らす、色とりどりの影。

「やぁ、トール。美しいよねぇ。この手を見るたびに主様にキスをしたくなるのだけど、なぜだと思う?私も主様もよく分からなくって。」

ナギはおっとりと笑って問いかける。

トールは激しくむせた。

「なっ、はい?どういうことですか?」

「だから、なんで主様にキ……」

「もういいです。分かりました。ナギ、あなた小説の類は読んだことがないのですか?」

トールは質問しておいてナギの言葉を遮ると、そう聞いた。

「嫌というほど読んだよ。あれは人間の心を理解するのに役に立つ。」

彼はそういうことを学んで、上手く生きてきたのだろう。

「では、その、キスをするときに登場人物たちはどのようなことを考えていましたか?」

トールは少し言いにくそうに続けた。

「何ってそれは……」

ナギはそこまで言って呆然とした。

「え?もしかして恋愛感情?まさかぁ。ナギは400歳でしょ?赤子同然の私に恋なんてしないって。私はやっぱりただのキス魔だと思う。トールにしてみれば衝動が納まるんじゃない?」

私はナギにいまいち納得されなかった説をもう一度推してみる。

「命令されない限り絶対に嫌です。」

トールは笑顔で拒否した。

ナギはまだ固まっている。

「大丈夫?人形でも買ってきて、それにすれば……」

「少し黙って。……あぁ、なるほど。そうだね。私は主様を恋愛対象として好きみたいだ。」

私の言葉を遮ってナギが言った。

肌の見えている側の頬がほんのり色付いている気がする。

嘘でしょ。

私は絶句した。

「確かに私は君よりはるかに年上だね。そんな私に想われるのは嫌?気持ち悪い?」

「どちらかというと信ぴょう性に欠ける。」

こうやって話し合って交流することはできるが、はっきり言って生物的に全然違う私に本気で恋愛感情を抱くとは思えなかった。

「大丈夫。私は人間に恋愛感情を抱かせるのが得意だから、きっとすぐに相思相愛になれるよ。」

ナギは笑顔でとんでもないことを言い始めた。

「い、嫌だ。なんか怖いから嫌。」

「大丈夫、怖いのも忘れるくらい幸せにしてあげるからね。」

そんなことを言いながらこれまでと変わらない距離で、ポンポンと頭を撫でてくるのがプロっぽくて逆に怖い。

何というか獲物を前にがっつかず、距離を測って確実に狙われているような。

「ナギ。あなたに本当にそんなことができるのなら、試してみてもいいかもしれません。けれど、私がずっとミア様のお傍にあることを許さないのであれば、全力で止めます。」

試してみるとはどういうことだ。

これって試すものなのか。

「もちろん許すよ。私の可愛い弟子。」

ナギはそう言って年長者のようにおおらかに微笑んだ。

長生きゆえの余裕を見せたかと思いきや、子供のように道理を知らないときもある。

笑って見せるその表情も、泣いた顔も、単純なようでもっと複雑な感情から織りなすかのようで。

私は彼をよく見ているはずなのに、彼はいつまでも底が知れない。

そんな彼に心を絡めとられて、パッと手を離されたらと想像して、私は、でもまぁいいかと思った。

15で死ぬのは惜しいので、私は夜を恐れ、首輪に縋る。

けれど、心は傷ついても死なないのだ。

そんなことを考える私を見て、ナギは悲しそうにほほ笑んだ。

彼には分かっているのかもしれない。

400年人と関わり続けた人魚は、私の恐れているものも、傷も、何もかも理解しているようで、私はなぜかその微笑みに安心してしまった。


「さて、夕食にいたしましょう。」

トールがそう言って馬車を降りた。

「あぁ、そうだね。お腹が空いてしまったら大変だ。いってらっしゃい。」

ナギがそう言うと、トールは胡乱な目で彼を見る。

「何をおっしゃっているんですか?あなたも来るんですよ。」

「ああ、やっぱりこれ、見た目的にセーフなんだ。」

私は彼のうろこに見慣れてしまったし、世間一般で許される見た目なのかどうか判断しかねていたのだ。

どうやら今のナギは外に出ても見咎められることはないらしい。

「セーフも何も、これが醜く見える人間がいるなら、その者の価値観は狂っていますよ。ミア様の作品は本当にどれも美しい。」

私は褒められてうれしくなった。

「良かったね。ナギ。」

私が振り向くと、頬にキスが降ってくる。

「ありがとう。私の魔法使い。」

美しい人魚はそう言って涙を流していた。

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