悪手
翌日。私たち3人は買い出しに出かけた。
正確には、買い出しをしているのはトールだけで、私は付き添いであり、ナギははっきり言って邪魔をしていた。
まず、歩いているだけでとても目立つ。
目立つことは分かっているので、私たちは彼に大きなフード付きのローブを着せているのだが、これがあまり上手くいかない。
フードを被る習慣がないので、被っていると逆に目立ってしまうようなのだ。
しかし、取るとその目立つ顔面がさらされてしまう。
結局、フードを被るかどうかはナギの気分次第というあまり意味のない状況になった。
そして、彼はあまりにも世間知らずだった。
買い物というものをしたことがないので、あれは何だこれは何だと聞きまくる。
彼は市場のテントに感動し、食材に感動し、お金を払うことに感動していた。
もうただの子供である。
「はぁ。ナギ、これを馬車に置いてきてください。」
そう言って何度追い払われたか分からないのが、彼は戻ってくるとまた目をキラキラさせて質問攻めしてくるのだった。
「おや、あなたは。」
前を歩いていたトールがふと立ち止まる。
見るとそこそこ良い服を着た犬の獣人が立っていた。
彼も買い出し中なのか、手に紙袋を抱えている。
「ちょうど良かった。このうるさい人魚の話し相手になってくださいませんか?どうせ暇でしょう?」
トールはそう言ってほほ笑んだ。
「……かしこまりました。」
丁寧な口調の彼に、もしかしてカインなのかな、と思った。
私はトールと他の犬の獣人の区別はつくが、それ以外は未だにはっきりとは分からない。
「君は誰かな?」
他種族であるナギも見分けがつかないようで首を傾げた。
「カインです。バラ園まで馬車で送った。」
私の予想通り彼はカインだった。
「あぁ。君か。」
ナギは思い出したようだ。
「ナギ、気になることは彼に聞いてください。ミア様、私は買い出しの続きをして参ります。昼頃には終わりますので、馬車に集合いたしましょう。」
トールはそう言うと私たちをその場に残して行ってしまった。
私たちはゆっくりと市場を見て周る。
ナギは言われた通り今度はカインに質問攻めをしていたが、カインはそれに丁寧に答えた。
「君は、少しは身の振り方を覚えたみたいだねぇ。」
先ほどまで子供のように質問していたナギが、ふとそんなことを言う。
「……おかげさまで。」
カインは答えた。
「私からすると、あの場所は少し趣向の変わった愛玩用魔族の檻だ。ただ愛玩されているだけでは、自由などどこにもない。」
少し伏せられた瞳には私には想像もつかない、長い長い記憶が映っているのかもしれなかった。
「ええ。あなたたちを見ていて、痛いほど分かりました。私は他人に与えられた自由という何かに縋りついていただけなのだと。」
カインは痛みを覚えたようにわずかに顔をしかめた。
「ミア様。もう一度スケッチブックを見せていただけませんか?」
私の目を真っ直ぐ見てカインが言う。
「いいよ。」
「ありがとうございます。」
承諾するとカインは礼と共に軽くお辞儀をした。
街の中心の広場まで移動すると、空いているベンチに座った。
私を真ん中にして3人で座ると、隣がトールではないのが不思議な感じがした。
カインは真剣な表情でスケッチブックをめくっている。
「お腹空いたねぇ。」
ナギはのんびり私に話しかけてきた。
「そう?」
まだ昼前だ。ナギは意外と代謝が良い。
「主様は食べなければ死んでしまうのに、少しお腹の感覚が鈍いのではない?」
「ナギが食いしん坊なだけだと思う。」
「私は食べなくても生きていけるのに不思議だねぇ。」
ナギはそう言ってから、軽く呪文を唱える。
少し冷たかった空気が遮断されて、ほんのりと暖かくなった。
視線を感じてそちらを向くと、カインが私たちを見ている。
「今……、懇願すれば、あなたは私をそばに置いてくださいますか?」
「え?」
唐突な発言に思わず聞き返す。
「彼がそばにいることを許されるのなら、私も許されるはずです。彼も私もほとんど同じ。だったら、私でも良いのではありませんか?私の目にはこんな風にキラキラした世界は映りません。小説の登場人物にだって本当は共感などしていない。拠点から出ることはほとんどできず、見せかけの自由しかありません。どうか私をあなたと共に連れて行ってくださいませんか?」
カインは縋るようにこちらを見て言った。
「どうしてそんな悪手に出てしまったの?」
私が何か言う前にナギが出来の悪い生徒を見るように言った。
「よりによってトールと張り合うなんて。いざというとき、切り捨てられるのは私の方だというのに。」
「な、どういう……」
カインはそんなことを言われるとは予想外だったのか、驚いたように目を見開く。
「私は料理もできないし、髪の毛も上手く整えられないし、仕事も一人ではできない。そういう、この子が生きていくのに必要なところは全部トールが埋めてしまった。私は生活をもっと快適にするくらいのことしかできないから、いざというときには切り捨てられてしまう。」
ナギはそう言ってため息をついた。
「けれどあなたは希少種で、見目も良い。トールを捨てて、あなたが仕事を覚えれば良いのでは?」
「この世には希少なものも綺麗なものも、他にいっぱいある。それなのに、わざわざそんな面倒なことするわけないよ。」
「……確かに、このスケッチブックにはあなた以外のものもたくさん描かれていましたね。どれもこれも美しくて、簡単には得られないものです。」
カインは悲しそうに微笑んだ。
「同じところにいたはずなのに……」
私は彼のつぶやきに教会で犬の獣人が二人並んでいたのを思い出す。
「……最初に会った日を覚えてるでしょ?今はこちらが良く見えても最後に笑うのは君だよ。」
トールは罰に苦しみ、カインは酷いことはしないと約束された。
今はよく見えても、最後はきっと彼女の方が良かったと思うに違いない。
私がそんなことを考えていると、ナギは不満そうな顔で私を見た。
カインと別れて馬車に戻るとトールが絡まれていた。
「お待ちしておりました、ミア様。」
トールは私を見つけるとすぐさま声をかけてくる。
「何してるの、ライラ。」
「……。」
私はトールに絡んでいた幼馴染を見て鼻で笑った。
彼女は明らかに隣のナギに見惚れている。
「用がないならもう行っていい?」
早く出発したいのだが。
「……もしかして人魚さん?ミアがうろこを塗ったの?」
ライラはようやく目が覚めたようで、そう言った。
「そう。我ながら傑作だよ。」
作品に見惚れられるのは嫌じゃない。
私はここぞとばかりに自慢した。
「まぁ。本当に素敵だわ。教会のステンドグラスみたい。」
あっけなくモチーフの一つを当てられて、わずかに驚く。
私も彼女も教会で育ったのだ。当てられてもおかしくない。
「見ての通り、外を歩いても問題なくなったから、もう馬車に近付くのはやめてよね。」
減るものではないが、良い気はしない。
「もう、私とミアの仲じゃない。でも外に出られるようになったみたいで本当に良かったわ。」
ライラはいつものように可愛らしく微笑んだ。
「じゃあ、もう行くから。またね。」
「ええ。またどこかで会える日を楽しみにしているわ。」
私とナギが荷台に乗ると、ゆっくりと馬車は動き出す。
カーテンを開けて、律儀に手を振り続けているライラに軽く手を挙げた。
「醜いと言われたうろこからも、私の流す涙からも、目をそらさなかったのは君だけだよ。彼女が最初に荷台のカーテンを開けたとき、なんて言ったか分かる?」
「可哀そうな人魚さん。私が助けてあげる。とかじゃない?」
私はライラが言いそうなことを予想した。
「ミアの絵と違う、ってつぶやいたんだよ。だから私は、最初から彼女のことがずっと嫌いだよ。」
どんな人に何を言われても大して気にしなそうな人魚がそんなことを言うので、私は思わず笑ってしまった。




