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荷台の中

「何か食べる?」

ナギは夕食も朝食も食べ損ねている。

「いえ。今固形物を入れると後で吐き出してしまいます。」

彼は魔法で寝返りをうってこちらを向くと、そう言った。

どうやら長いこと食べていないらしい。

「じゃあジュースとか?ま、私は作れないんだけど。」

積まれた木箱の中からオレンジを探し出す。

ついでにボウルを見つけるとナギの目の前に置いた。

彼が短い呪文を唱えると、オレンジがつぶれて果汁がボウルにたまる。

余った皮は一瞬で燃えた。


寝たままどうやって飲むのかと思っていると、魔法で身を起してボウルを浮かせて口元に流し込んだ。

凄い速さで飲み切った後、力尽きたように体が床に落ちて馬車が揺れる。

「あまり揺らさないでください。」

御者台からトールの迷惑そうな声が聞こえる。

ナギは音もなく泣いていた。

金の瞳からこぼれる涙が、鈍色のうろこを濡らす。

いくつもの光をキラキラと反射するそれを、私は綺麗としか思えなかった。


「お昼ごはんにしましょう。」

トールはそう言って道の端に馬車を停めると、ナギの体をまたいで荷台へ上がった。

私はスケッチブックから頭を上げてトールを見上げる。

彼は木箱の蓋の上で起用に調理していた。

荷馬車の天井は高いので、彼が立っても頭が付くことはない。

あっという間にサンドイッチとスープができた。

「ナギ、スープ飲む?」

トールは具材を細かく切ってくれているので、弱っていても消化できそうだ。

「えぇ、主様。」

ナギはいつの間にか私を主様と呼ぶことに決めたらしい。

涙は乾いていて金の瞳がじっとこちらをうかがっている。

トールは何とか荷台の淵にもたれかかったナギにスープの器を持たせた。

「ご飯食べなくても生きられるの?」

彼の横に座ったまま質問した。

「えぇ。食べなくても魔力がある限り死ぬことはありません。しかし肉体は衰弱します。」

ナギは淡々と答える。

「噂通りの生命力ですね。殺しても死なないというのは?」

トールが私の隣に来てサンドイッチをわたしてくる。

お祈りをしてから一口食べた。

「首輪の罰くらいでは死にませんが、魔力が枯渇したら死ぬでしょう。」

「なるほど。物理的な攻撃は?」

「余程の大けがでなければすぐに治ります。」

「便利ですね。」

そう言ってトールもサンドイッチにかぶりついた。

便利って何だろう。

外に出せないと言っていたはずだが、魔物と戦わせるつもりだろうか。

「肉体はいつ頃回復するの?魔法は使えるよね。」

「そうですね……このまま食事を与え続ければ、1週間後には立って歩くことも可能でしょう。」

ナイフで刺されてもすぐ治るような生き物が1週間も立てなくなるほど衰弱するとは。

一体どれだけ食事を与えられていなかったのだろうか。

「立てなくても問題ございません。あなたはここから出られませんから。」

トールは笑顔で言った。

「分かっているよ。」

ナギはゆっくりとスープを飲んだ。


「ところで、ナギって魔法で結界とか張れる?加護を付与したりできる?空間を捻じ曲げたり、遠い場所へ人を転移させたりできる?」

私は馬車の中にいても生活に有用そうな魔法を挙げていく。

私の気軽な質問に、魔族たちは驚いたようにこちらを見ていた。

「ミア様は随分と魔法にお詳しいのですね。」

トールが感心した様子で言った。

「そうなの?」

「えぇ。私の知らない魔法がたくさんありました。あのエルフはそれらの魔法を使うのですか?」

あのエルフとは先生のことだろう。

そういえばトールは教会で先生が大掛かりな魔法を使うところを見ていたのだった。

「うん。よく使ってた。」

結界は常に張っていたし、加護はしょっちゅう与えてくるし、空間を捻じ曲げて部屋を作り出すし、その辺の物を取るだけで転移魔法を使っていた。

トールは私の答えにショックを受けたように固まって下を向いた。

「そのエルフと比べたらお粗末かもしれませんが、結界や加護の魔法は使えます。空間を捻じ曲げるとは聞いたことがありません……。転移に関しては、自分の体が伴わないと難しいですね。」

ナギの言葉に、先生は魔法に関して規格外だったのだとわかった。

「ナギの得意な魔法は?」

「攻撃系の水魔法です。」

現状だと全く使いどころがなさそうだ。

ナギもそう思ったのかわずかに苦笑している。


「……武器や防具に魔法を付与することは可能ですか?」

いつの間にか立ち直ったトールが、ナギの方に身を乗り出した。

「ええ。もちろん。」

「加護とは具体的にはどのような?身を守るものだけでなく身体能力を向上させるようなものもあるのでしょうか?」

「ええ。ありますよ。」

「では身を隠したり、気配を消す魔法は?」

「あります。」

「さすがミア様。私の想像をはるかに越えた良い拾い物をしたようですね。」

ナギを質問攻めにしていたトールが私をふり返って頭を撫でた。

どうやら使いどころを見出したらしい。


ヴァルノワを目指して荷馬車に揺られて3日。

ナギはなんというか、私がこれまで見てきた魔族よりおっとりしているようだ。

罰を与えられるのではないかと一挙手一投足に気を使っているような殺伐とした感じがない。

椅子に座れるようになった彼は、御者台の後ろの椅子に私と並んで座っていることが増えた。

「主様。あれは何という花だろう?綺麗だねぇ。」

このように、思ったことを口に出すことにためらいがない。

それに私があまり体裁を気にしない人間だと分かると、話しやすい口調に勝手に変えた。

「なんだろう。トールは知ってる?」

「あちらは夢紺花。その香りは穏やかな眠りに落ちるとされています。」

「トールは物知りだねぇ。」

トールはとげとげしい態度を改めていないのだが、ナギは全く気にせず穏やかに微笑んでいる。

「愛玩用だからでしょうか?」

同じようなことを考えていたのか、トールがそう呟いた。

「愛玩用?あぁ、私のこと?そうだねぇ。私はずっと愛玩用の魔族だったよ。」

ナギは穏やかに言う。

「じゃあどうして魔法が使えるの?」

労働用でないならば、魔法を使う意味がない。

むしろ無用な力をつけることは推奨されないだろう。

「昔は今ほどみんな魔法を忘れていなくてね。周りの先輩たちが教えてくれたんだ。」

「昔?昔っていつ?ナギって何歳なの?」

「大体400歳くらいじゃないかな?」

「……400年生きてるんですか?」

トールが目を見開く。

私はとんでもなく長生きなエルフが身近にいたので、あぁ、そんなもんか、と思った。

「魔法を忘れているってどういうこと?」

聞いたこともない話だ。

魔族はみんな今でも魔法を使っている。

「呪文とか、魔法陣とか、そういいうもの。今どきの子は使わないから。」

今どきの子という言葉がお年寄りっぽいな、と思った。

「待ってください。呪文は私のような微小な魔力でも必要なものなんですか?」

トールは驚愕した様子で聞いた。

「必要というか、呪文を唱えないで魔法を使う方が難しいんだ。」

「なんということでしょう。」

トールは嘆かわしい様子で言った。


魔力の少ない種族は人間より少し長生きするくらいだ。

安価な労働用の魔族としてこき使われる彼らは、年長者から年少者へ魔法を教える余裕もなく、いつしか呪文や魔法陣を忘れてしまったのだろう。

人間は魔法的なことにはとことん疎い。

徐々に忘れられた呪文にも気づかず、のうのうと暮らしていたのだ。


「ナギ。私に魔法を教えてくださいませんか?」

トールは真剣な様子で言った。

「もちろんかまわないよ。」

ナギは嬉しそうに微笑んだ。

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