ランクアップ
シャンレンに来てから3か月が経った。
「さすがにこれが異例の速さなことは私にも分かる。」
トールが眼前に掲げるブロンズ色のギルドトークンを見て、私は驚きを通り越して無感情になった。
なんか最近ご飯のおかずが豪華だな、と思っていたが、たくさん働いた分稼ぎも良くなっていたのだろう。
「そうですね。まずは依頼を受けず、手あたり次第Dランクの依頼に出てくる魔物を倒しました。その中で報酬と討伐時間から最も効率よく狩れる魔物を導き出し、その魔物の討伐依頼ばかり受けました。並行して行える採集依頼をこなしつつ、さらに効率を求め武器を強化しました。」
なんか効率の鬼になっていたようだ。
「そ、そうなんだ。」
「武器に魔法を付与することを思いついてからは速かったですね。高単価ですが時間効率がネックだった魔物を短時間で処理できるようになりました。その魔物の討伐依頼を重点的に行っていたら、いつの間にかランクが上がったようです。」
武器に魔法を付与ってなんだ。
私トールは物を温めたり、水を少し出したりする魔法くらいしか使えないと思っていたんだけど。
もしかして、魔物も魔法的な生物だから魔法に弱いとかあるんだろうか。
「ん?高単価?今回は貢献度は気にしてなかったの?」
「はい。またランクアップが速いとミア様に絡む人間が増えると思い、報酬のみに重きを置いていたのですが……。」
喜ばしいことのはずなのに心なしかしょんぼりしているのはそういうことか。
「まぁ、報酬と貢献度は基本的に連動してるから。」
「私としたことが軽率でした。次は強さに重きをおきたいと思います。」
きりっとした顔で言うトールの頭に手を伸ばす。
気付いたトールが腰をかがめてくれたので、頭を撫でた。
「ま、まぁとにかくすごいことだよ。おめでとう。」
私たちの間ではお互いの頭を撫でることがブームになっている。
偉いなあ、すごいなあ、頑張ってるなあ、と思ったら相手の頭を撫でて労わる。
というルールで私はやっているが、単にトールのサラサラでふわふわな耳を触りたいだけだ。
「すべてはミア様のおかげです。」
それまだ流行ってたんだ、と思いつつ私は手触りを堪能した。
「次はどこ行く?」
私はトールが作ってくれた夕食に舌鼓を打ちつつ聞いた。
毎日宿屋の夕食では栄養が偏るとのことで、最近はトールが夕食を作ることも多い。
トールは3か月ですっかり東方料理をマスターしたようで、今日は野菜と肉をふんだんに使った東方料理である。
これだけ材料が豪華だと、確かに安宿で出される食事の方が栄養価が低そうだ。
「Cランクの依頼が多くて近いところとなると、ヴァルノワしかないのですが……。」
トールが言いよどむ。
「どうしたの?」
「いえ、ミア様は貴族に苦手意識などはございませんか?」
「別に。等しくみんな苦手だよ。」
私の自虐ネタにトールはちょっぴり眉を下げた。ウケなかった。
「では、ヴァルノワにしましょう。」
長い手を伸ばして頭を撫でられる。
これはどういう意味なのか。
もしかして慰められてる?
「ところで、ミア様。あの馬車を買い替えるお気持ちはありますか?」
「あまりないけど、どうして?」
「Cランクの冒険者が荷馬車に乗っているのはさすがに変です。」
確かにそうだ。
これまでならお金がないからという理由ならギリギリ納得してもらえただろう。
けれどCランクで馬車を買うお金がないのはおかしい。
「でも、どうせ2人しかいないのに買い替えるのはもったいなくない?」
「気に入っているのですね。」
トールは私が気が進まないことに気付いているようだ。
「だって景色見やすいし、風が気持ちいいし。」
私だって悪目立ちしたいわけではないが、わざわざ高いお金を払って窮屈な思いをするのも嫌だ。
「ミア様のお気持ちは分かりました。では、改造しましょう。」
トールの言葉にはピンとこなかったが、とりあえず買い替えを免れるようなのでうなずいた。
翌日、朝食を食べると、トールは馬車の改造をするので出かけてくると言った。
ついでに食料の買い出しなども済ませてきてくれるらしい。
夜までには戻るとのことだったが、改造とはそんなに大掛かりなものなのだろうか。
私は首をかしげつつ、いつも通り彼を見送った。
夕焼けの中、シャンレンの町の水路沿いを真っ直ぐ歩いていく。
特に目的地はない。
歩いていて良い景色を見つけたら絵を描くのが私のルーティンだった。
シャンレンの夜は格別だが、夕焼けに染まる並みもまた情緒がある。
赤い桟橋を越えて、今度は裏路地に入ってみる。
この国はどこに行っても治安が良い。
夕方になろうが悪いことをする人はいない。
人間に対しては。
「う、があっ。ぐうっ。」
不穏な声が聞こえて、私は即座に逃げようと思った。
けれど逃げる前に私の目は捉えてしまう。
路地裏に、人が転がっている。
体半分は鈍色のうろこに覆われていることから明らかに人間ではない。
灰色と青を混ぜたような色の髪は見たことがない。
知らない種族だ。
彼の首輪は赤く光り続けていて、耐えるように体を丸めている。
裏路地に面したドアが開いているので、そこから出てきたらしい。
私は思わずうろこに手を伸ばして、しかし人の物に勝手に触るのはトラブルになりかねないと手を引っ込める。
私は建物を確認すると表に回った。
どうやら女性向けの高級娼館のようである。
私はほんの一瞬ためらったが、成人しているのでいいか、と思って気軽な気持ちで入った。
「……いらっしゃいませ。」
受付の鳥人が落ち着いた様子で言った。
さすが高級なだけあって受付にも珍しい魔族を置いているようだ。
「裏にいる魔族はいくら?」
「……裏?もしかして裏に倒れている人魚のことですか?すぐにオーナーを呼んできますね。」
鳥人はウキウキとバックヤードに引っ込んでしまった。
彼は人魚だったのか。
しかし、オーナーを呼ぶとはどういうことなのだろう。
予算内だったら彼のうろこを少し触らせてもらおうと思っただけなのに、やっぱりやめますとは言いずらい状況になってしまった。
結局、オーナーがいるという店の一室に通された。
オーナーは妙齢の美しい女性だった。
「初めまして。」
「あら、可愛らしい子だわ。裏にいた人魚を買いたいというのは本当なの?」
オーナーは頬に手をあてておっとりと首をかしげる。
「はい。おいくらでしょうか?」
「そうねぇ。はっきりいって値段をつけるのが申し訳ないくらいだわ。あの通り、うろこが生えているでしょう?うろこを抑制する薬が効かなくなってしまったようなの。あれではトカゲと同じだわ。」
うろこは醜いもの、という認識が人間の中にはある。
そのためトカゲのような肌を持つリザードンという種族はその見た目から嫌われていた。
超高級品である人魚もまた、うろこが生えると価値がなくなるらしい。
「安いなら買おうと思っただけなので、無理にとはいいません。」
店が出していない商品を無理やり買う気もない。
「無理ではないのよ。むしろ引き取ってくれるのはありがたいわ。そうね、タダであげましょう。」
娼館はいつの間に奴隷商になったのだろうか。
私は人魚の彼の時間を買おうとしていただけで、彼そのものをお買い上げするつもりはなかったのだが。
「ありがとうございます。」
今更引き返せないので流れに身を任せた。
まぁ、どうせうろこは触れるからいいか、とも思った。
「あら、こちらこそありがとう。奴隷商は買い取ってくれないし、生命力が高すぎて処分することもできなくて困っていたの。そんなものを引き取るなんて本当にいいの?多分ごくつぶしになるわよ?」
人魚は見かけに反してタフらしい。
珍しい種族なのであまり詳しくは知らないが、エルフとはるほどの長命種だった気がする。
「大丈夫です。私こう見えてもCランクの冒険者で、こういう安い魔族を組み合わせて上手く使うのが好きなんですよ。」
長命種は魔力が高い。
それなのに奴隷商も扱わないということは、うろこは魔力の高さを凌ぐほどのデメリットなのだろう。
確かに綺麗と思うようなものではないが、人のような肌からうろこが生えているのは、なんというか神秘的だ。
「あら、優秀ねぇ。命令を取り消す。」
どうやら彼はずっと首輪に苦しめられていたようである。
相変わらず裏口の外に転がってピクリとも動かなくなった様子に心配になる。
生命力が高いというが、本当に大丈夫なんだろうか。
オーナーが人魚の首輪に触れる。
近付くのも嫌そうな様子だ。
私も彼の首輪に手をそえると、ちくっとした痛みの後、首輪に新しい紋様が走った。




