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スペック高い系おじさん

 活気あふれるカケガワの街とは対照的に、寂れた路地の白壁はひび割れ、苔むした石畳が広がり、まるで人が消えた廃墟のようだ。

 あの街が人の気配を失い、時間が止まったら、こんな風になるのかもしれない。


 そんな薄暗い路地を、赤木くんがノシノシと山賊みたいな大股で進んでいく。

 俺は杖を両手で握りしめ、キョロキョロと周囲を警戒しながら後に続く。


 頼もしくも頼りないおっさん二人。

 その後ろを、DDがフワフワと漂い、赤いLEDをチカチカ点滅させて撮影している。

 非日常真っ只中のダンジョンにいるはずなのに、どこか日常感が抜けないのはなぜだろう。


 しばらく道なりに歩いてきたが、いまだに何もない。

 単調な白壁と湿った空気しかない非日常なこの空間。

 それにもだんだんと慣れてきて、最初は張り詰めていた緊張が次第に緩んでいく。


 チラッと後ろを振り返ると、一人足りないことにようやく気づいた。


「なぁ、赤木くん。美怜ちゃん来てないぞ?」

「えぇ? 時間押してるって言ってたのに、何やってんだあいつ」

「どうする? 待つ?」

「うーん、一応待つか。このまま進んでなんかあったら怖いし」

「了解。つか、ほんとなんもないね、ここ」

「それなー」


 赤木くんはゴツいメイスと盾をドスンっと石畳に下ろし、「ふーっ」とどっかりと座り込む。

 重そうな装備をずっと持ってたんだ、そりゃ疲れるよな。

 申し訳なさもあって、俺は一応周囲を警戒しながら杖を握り直した。


「はは、まっさん、どうよ? 夢の続きは?」

「ん? んー、今のところ微妙」


 赤木くんがDDのレンズを弄りながら聞いてくる。

 俺は肩を竦めて、薄暗い路地を見回す。


「まだゲームだと導入部分って感じだしね。始まってもないよ。そういう赤木くんは?」

「俺もまだ微妙かな。ファンタジー感はあるけどなぁ」

「魔物と戦えば嫌でも実感するかね?」

「だな。まっさんは魔物殺すの大丈夫なん?」

「あー、どうだろ……いや、いろいろ考えたけど多分平気だな。虫を殺すのと同じ感じ、かな。心構え的には」

「へぇ、意外。いや、まっさんてさ、変なとこ考え込むくせに、急に冷めて淡々とやる時あるよな。魔物殺すって、普通めっちゃ葛藤するとこだろ? 特にまっさんみたいのは」

「なんだろね? やらなきゃいけないってなると、平気なんだよね。それはそれ、みたいな」

「ふーん、まぁ大丈夫ならいいんだけどな。動けないよりマシだし」

「赤木くんは平気なの? 魔物とはいえ生き物殺すの」

「俺にはそんなの気にしてる余裕がないからな、多分大丈夫」


 そんな話をしているうちに、10分以上が過ぎる。

 だが、美怜ちゃんは一向に現れない。

 いくらのんびりなおっさんな俺たちでも、さすがに不審に思い始める。


「おかしいな、なんかあったのかね? いつまで経っても来ないんだけど」

「ブツブツ考え込んでたし、またギルドに報告でもしてんのか?」


 来た道を振り返るが、湿った石畳と遠くで響く水滴のポタポタ音以外、何の気配もない。

 DDの微かな駆動音が、静寂の中で妙に目立つ。


「一旦戻ってみるか……」と呟いた瞬間、路地の奥――進む先から「ギャギャギゃ」と獣の咆哮のような耳障りな汚い声が響いた。


「うぉっ!?」

「なんだっ!?」


 二人して跳び上がり、声の方向へ向き直る。

 素早く間合いを取り身構える自分たちに、頭のどこかで「意外と肝据わってんなぁ」と驚く。


 赤木くんは盾を構え、メイスを肩に担ぐ。

 山賊のような無骨な姿勢が、妙に様になっていてカッコいい。

 それに比べ、俺は腰が引けて……いや、情けなくなるからやめておこう。


「……美怜ちゃんいないけど、どうする? たぶん魔物だと思うけど」

「……ふ、分かりきっていることを聞くなよ、まっさん」

「……と、言うと?」

「こんなシチュ、今まで何回もあった。俺らはその度に、切り抜けてきた。だろう?」

「あー、ゲームでね」


 顔を見合わせ、「分かってるだろ?」とニヤリと笑い合う。


「よし、じゃあ!」

「おう! 行くぞっ!」


 構えを解き、準備をする。

 ふっ、何の準備かって? そんなの決まってる。


「「戦略的撤退っ!!」」


 おじさんたちは 逃げ出した。




「いや、無理でしょ!」

「それな!」


 ダバダバと、端から見たら決して早くはないけど、おじさんなりに全力で走る。

 湿った石畳が足にまとわりつくような感覚の中、息を切らして叫び合う。


「はぁ、はぁ、安全マージン取ってからじゃないと、はぁ、戦うとか無理無理無理!」

「ぜぇ、ぜぇ、美怜がいたら戦ってたけどな! 万が一があっても試験官なんだから、俺達守りながら戦うとか、余裕だろうしな!」

「あぁ……まぁ、美怜ちゃんがいりゃ安心だろうね! つか、久々に走ると、まじできっつ!」

「横っ腹と膝が、死ぬっ! つか美怜って、そんな強いんか? なんか知ってんの、まっさん?」


 息も絶え絶え、来た道を戻りに戻り、魔物の咆哮から随分と離れたところで、赤木くんの様子がおかしいことに気づく。


「はぁぁぁ、しんどっ! すぅー、はぁー……ふぅ」

「ぜぇ、せっかく着替えたのに、汗ヤバ……はぁ」


 立ち止まり、深呼吸。

 久しぶりに全力で走ったにも関わらず、少し休憩しただけで息が整って不思議に思う。


「で、どしたのよ? のんびりしてると追いつかれない? こんだけ離れれば大丈夫かね?」

「いや、おかしいぞ、まっさん。俺ら、そんな奥まで行ってなかっただろ? ゲート通ってから何分くらい歩いた?」

「え、5分ちょいくらい? ……あ」

「ああ。進んだ距離より戻った距離の方が長い。ゲート、消えてるぞ」

「……マジか」


 俺達が入ってきたあの石門のゲート、それが跡形もなく消えている。

 ずっと一本道だから見失うなんてことはあり得ない。


「まっさん、ダンジョンの仕様ってこんな感じなのか? ゲートって入ったら消えんの? それとも入り口と出口が別とか?」

「いや、消えることはない……はず。どこのダンジョンも出入り口は一緒だよ。俺が調べた限りでは」

「つーことは、今の状況って……」

「イレギュラーだね、赤木くん」


 マジか。

 これが美怜ちゃんの言ってた「問題起きる」ってこれのことか?


「どうする、まっさん!? 地味にヤバくね?」

「うん。ヤバいね、どうしようね」

「お? 意外。まっさんならもっと慌てると思ったけどな。もしかしたら、俺ら死ぬかもしれないぞ?」

「うーん、そうなんだけどね。なんつーか、もうキャパオーバー気味で反応するのも疲れたというか。それよりも何よりも、ただただ、めんどくさい」

「出ました、まっさんお得意のめんどくさがり。昔からキャパ超えると途端に投げやりになるよな。もういいわって」

「それなー。で、結局いろいろ考え過ぎるより、そっちの方が結果良くなるっていう」


 赤木くんがニヤリと笑う。

 湿った路地の空気が、妙に冷たく感じる。

 汗ばんだ体に、それが心地良い。


「だから言ってるだろ? まっさんは考えすぎなんだって。まっさんのスペックなら適当にやってもそこそこの結果出せるんだから」

「それ、いつも言うけどさ、俺を買いかぶり過ぎだよ。そんな大したもんでもないよ、俺」


 ヤバい状況だってのに、2人して飲み屋の続きみたいな雰囲気で話し出す。


「高校のテストとか、勉強しなくても成績良かったよな? 体育でも運動部相手に普通勝ってたし」

「いや、普通に授業受けてたら少し復習すれば大丈夫でしょ。運動だって相手が手を抜いてただけだよ。ガチでやるわけないでしょうよ」


「分かってねぇなぁ、まっさん」とやれやれと首を振る赤木くん。

 ここにビールがあったらゴクゴクと飲んで、「おかわりーまっさんの奢りでー」とか言いそうな雰囲気だ。


「大学の入試は? あれも滑り止め受けずに受けてたよな? 俺らの大学、そこそこのとこだぞ?」

「行けるとこに行っただけだし、落ちるはずもないんだから。滑り止めなんて受ける必要ないでしょ」

「かー、これだからスペック高い奴は! まっさん、人生で何か苦労とか挫折したことないんか?」

「……一応、あるね。親の離婚、元婚約者からの婚約破棄。中学の時のイジメとか、高校でヤンキーの先輩に目付けられてたとか。話せばまだあるけど?」

「う、お、おぅ、そうか、……え、ごめん」

「いや、もう終わったことだし。今が幸せだから全然気にしてないよ。もはや家ではネタだしねこれ」


 赤木くんが昔話に花を咲かせたところで水を差してしまった。

 しかし、この状況で随分と気楽だな赤木くん。

 俺ももう少し慌てるかなと思ったけど、なんでか冷静なままだ。

 若干めんどくさいってのが強いけど。

 ダンジョン入る前の悩みとか葛藤が、今思えばなんであんなことでウジウジしていたのか、くだらないとさえ思える。


「つか、人のことスペック高いって言うけどね、君も相当だよ?」

「へ? 俺は別に。6割の力でやれることやってるだけだし」

「それだよ。その6割りっての、普通に考えておかしいからね?」

「何がおかしいんだよ?」

「あのねぇ、高校のテスト、いつも学年で上位。成績もオール5。大学も推薦で授業料模免除。色んな部活に助っ人で無双。それ全部6割り? ないわー引くわー」

「いや、俺ん家厳しかったからさ。そのぐらいしないとうるさかったんだよ。6割りって言っても、全力なんだって。余力残しとくだけ」

「それでもだよ。強がりで言ってるだけかなって思ってたら割とガチで6割りだもんね。あ、そうだ。どうせ借金だって普通に返せる当てあるんだろ? 今朝のやりとりだって君、適当に話し合わせてただけだろ?」

「ははは、さすがまっさん、バレテーラ」

「ほら見ろ、おかしいと思ったんだよ。君があんなクソみたいな理由で借金なんてするわけないんだから」

「『カース』ちゃんはクソじゃねえよ!」

「あ、そこは本当なんだ」


「まぁ全部で一千万てのはガチなんだよ。DDが300万くらいで、推し活はグッズ買ったりスパチャ少ししたくらいだから少額だよ」

「へぇ? 残りは?」

「それはな、……」


 湿った路地に、俺たちの笑い声が響く。

 ダンジョンの異常事態も、なんだか日常の延長みたいに感じてくる。

 美怜ちゃんの不在も、魔物の咆哮も、ゲートの消失も、全部めんどくさいけど、どこか懐かしいこの空気の中で、妙に落ち着いている俺たちがいる。

 いや、落ち着いてる場合じゃないんだけど。

 ああ、ビール飲みたい。


「つか、まっさん。この状況、マジでどうすんだ?」


 赤木くんがメイスを肩に担ぎ直し、路地の奥をチラッと見る。

 さっきの咆哮の方向は静まり返ってるが、なんか嫌な予感しかしない。


「どうすんだ、って言われてもね。美怜ちゃんが来るまで待つ? それとも魔物の方に突っ込むか?」

「突っ込むのは論外! 初手戦略的撤退の精神を忘れんなよ、まっさん」

「はは、だね。じゃあ待つか。美怜ちゃんなら何とかして合流しようとするでしょ。(特級だし)」


 DDがフワフワと俺たちの周りを漂い、赤いLEDをチカチカさせながら撮影を続けている。

 こいつ、危機感ゼロだな。

 まあ、機械だから当然か。

 俺たちは来た道を慎重に引き返す。

 石畳の冷たい感触が靴底に響き、湿った空気が頬を撫でる。


 少し歩くと、ゲートがあったはずの場所にたどり着く。

 だけど、やっぱり何もない。

 ただの白壁が、苔とひび割れでボロボロのまま立ちはだかっている。


「マジで消えてんな……」


 赤木くんが壁をペタペタ触りながら唸る。


「そういや、美怜ちゃんが言ってたけど。俺達ってお気に入りらしいよ? ダンジョンマスターの」

「は? なんだそれ? じゃあ何か? そのダンジョンマスターとやらが俺たちで遊んでんのか? トラップ的な?」

「かもね? ドラマがどうとか言ってたし」


 その時、DDのレンズがカチッと音を立て、ホログラムディスプレイがパッと点灯する。

 青い光に浮かぶ画面に、文字が流れ始めた。


《視聴者数:2》


「おい、まっさん! 見られてるぞ、俺ら!」

「あ、本当だ。二人も……暇かよ」


 こんな配信に人が来るなんて、よっぽどの暇人だろうか。

 ディスプレイの文字を見ていたら、さらに文字が流れる。



《:叔父さん! まーくんさん! 今どこっ!? 無事なのっ!?》


 あ、美怜ちゃんだ。


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