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キャパオーバーなおじさん

『探索者試験、流れで受けることになった件』


 りっちゃんに連絡をいれると秒で既読が付く。

 毎度のことながら、あまりの速さに毎回びっくりする。


《おつかれさま!》

《やっぱり、こうなったね!笑》

《昨日みーちゃんと話した通りになった!》


「計画通り」と某漫画の新世界の神のスタンプが、ポンっと届く。


『さすりこ。Lもびっくりな推理力だよ』


 死の帳簿で無双するあの主人公の顔みたいになっているりっちゃんを想像して、色々あって疲れた心がスーッと癒される。


《ふふふ》

《まーくん、しっているか》

《綾ちゃんは》

《ご飯食べない》

《泣》

【写真】


 引き続き漫画ネタで返してきたりっちゃんから、1枚の写真が送られてくる。

 少し小さくなったベビーチェアにちょこんと座る綾ちゃん。

 右手にスプーンを持ち、左手でお茶碗に入ったふりかけご飯をぐにゃりと握り潰して、ニヤッと笑顔。

 我が家の天使、今日も最高に可愛い。


『かわ』

『尊い』

『天使』

『最近好き嫌いが出てきたね、これ朝ご飯?』


 指が勝手に打ちまくる。

 綾ちゃんの笑顔は、どんな疲れも吹き飛ばす魔法だ。


《いい顔してるよね、思わず撮っちゃった笑》

《遅い朝ご飯だよ。綾ちゃん、昨日いっぱい遊んでお疲れなのか、起きるのが遅かったの》

《昨日いっぱい遊んだからかな?》

《ぐっすり寝てて、朝カーテン開けてもほっぺぷにぷにしても起きなかった笑》


 今朝、家を出る前に寝室を覗いたら、同じ顔でスヤスヤ眠るりっちゃんと綾ちゃん。

 うつ伏せで丸くなってぐっすり寝ていた綾ちゃんは可愛かった。


 昨日はめっちゃ遊んでもらったって言ってたもんなぁ……あの特級探索者。


 幼児に遊んでもらう特級探索者って字面が面白いな。


『とりあえず色々あったけど、一次試験はもう通ったよ。ゲートの反応やばかった』


《おぉ! すごい! さすがまーくん! さすまー!》


『今から二次試験。魔物と戦ってくるよ』


 文字を打てば簡単に聞こえるけど、『戦う』ということは『殺す』ということだ。

 俺に、魔物とは言え生き物を『殺せる』かどうか……。

 ……いや、躊躇している余裕なんてない。

 殺らなきゃこっちが殺られる。

 俺が死んだら、二人が悲しむ。

 頭を振って、浮かんだ悪い妄想を振り払う。


《うん、気をつけてね》

《大丈夫、まーくんならできるよ!》

《でも無理しないでね》

【写真】


 りっちゃんと綾ちゃんのツーショットが送られてきた。

 二人とも満面の笑顔だ。

 綾ちゃんがりっちゃんのほっぺをつんつんしてるみたいで、つい、俺もニヤけてしまう。

 疲れた心が温まるのを感じる。


『そろそろ時間だから行くね。また終わったら連絡するよ』


《パパ、ファイト!》


《はも》


「『はも』ってなんだ?」と思ったら、すぐ《綾ちゃんが打ったよ》と追ってくる。

 ママの真似したんだねぇ、綾ちゃん。

 綾ちゃんの「ぱーぱ!」が頭に響き、元気がみなぎる。


「よし……二次試験、頑張ろう」


「がんばる」スタンプを押して、スマホをロッカーにしまい、ギルドから支給されたジャージに着替える。



 ビニールに入った真新しいグレーのジャージは、埃っぽい更衣室とは違い新品の匂いがして気分がいい。

 ロッカーに荷物を押し込んで、頬をパンと叩き気合を入れる。


 更衣室を出て隣の待合室に戻ると、赤木くんがギルド支給のジャージに着替えて、DDの説明書を片手にひかりんと話してる。


 自前の汗臭いジャージから解放されたはずなのに、なぜか赤木臭がほのかに漂ってきて、「……くさいな」とつい顔をしかめる。


「赤木くん、結局やることにしたんだ? 配信」


 赤木くんのそばをふよふよと浮くDDを「邪魔だよ」と手で払って退かし、赤木くんの隣のソファに「どっこいしょ」と腰を下ろす。

 相変わらず硬いソファで、お尻が地味に痛むから少しストレス。


「あぁ、まっさん。さっき美怜も言ってたけど、遅かれ早かれやらされるんだから、だったら最初からやっちまったほうが良いだろ。借金返済の足しにもなるし」

「『探索中の配信義務化』だっけ?」


 ギルドは兼ねてから探索者の配信を推奨していた。

 それは安全確保、情報隠蔽防止、色んな理由があるらしい。


 でも、個人情報とか人権を理由に反発する探索者も多くいた。

 まぁ気持ちはわからんでもないけど。


 それが来年あたりから義務化されるって話だ。

 最近のダンジョン内での死亡事故や、能力隠蔽による犯罪が増えて、ギルドも事態を把握するためにやむなく、ということらしい。


「それに、ひかりんのおかげでフェイクを疑われるって心配も無くなったしな!」

「あ、その、ごめんなさい……」


 ひかりんがギルド支給のジャージの袖をぎゅっと握って俯く。

 サイズがちょっと大きいのか、袖口が手にかぶさってて、あざとさが際立つ。


「……黒髪ポニテで萌え袖とか、さすがひかりん、あざとい」

「え?」


 モテそうだな、ひかりん。

 ……もしかしてわかっててやってる?

 まぁ、配信なんてやってるし、知らんおっさんに平気で話しかけるし、この子は陽の世界の住人なんだろう。


「え? え?」とか焦ってるひかりん、彼女のDDが心配そうに頭上をくるっと回る。

 今時の子が、他人を勝手に配信に載せたくらいでこんな気にするんだな。

 もっと平気でバンバン写しまくってると思ってたけど。


「いや、ひかりん、落ち込むなって。おかげで俺の初配信、注目度バッチリだし。逆にありがとうと言いたいくらいだよ」

「マナーを守らないのは配信者として失格です……。それに、赤木さんが良くても葛木さんが……」


 涙目で上目遣いにこちらをチラッと見てくるひかりんの目は、どこかの特級と違って心から申し訳なさそうに見え……なくもない。

 なにせ目が死んでないもの。

 ギラギラだもの。

 隙あればを可愛さを前面に押し出してくるその性根、嫌いじゃない。

 好きでもないけど。


「大丈夫だって。まっさんも別に怒ってないよな? ちょっと急だったからびっくりしただけだよ」


 赤木くんが珍しく落ち着いた声で言う。

 借金1000万のダメ人間のくせに、可愛い子の前では出来る大人を演じてるのが、くっそ鼻につく。

 口元に薄っすら笑みを浮かべちゃって、大人の余裕ってか?

 ひかりんのあざとい可愛さにやられてんな、こいつ。


「これだから彼女いない歴=の男は……」

「なんだよまっさん、さっきからブツブツと」

「葛木さん、あの、やっぱり怒ってますか……?」


 ひかりん、すかさず萌え袖から出ている白い指を口元に当て、首を傾げる。

 上目遣いはキープしつつ涙目。

 これで落ちない男はいないだろう、て自信が溢れるポーズだ!


 ふ、だが残念。

 俺には最愛の妻と娘がいてね、君のその「キュルン☆」みたいな効果音が付いてそうなあざといムーブは効かないんだよ。


「だから、さっきから何独り言言ってんだよまっさん! そんなに怒ってんのか?」

「あ、いや、何でもない。それなんだけどさ、あの反応って俺たち毎回なるのかな? だったらもう配信されたもクソもなくない?」

「それは……確かに。目立ちまくりだな」


 探索者になって、ゲートに近づく度にあんな派手な演出されるんだったら、嫌でも目立つし、配信されたとかもはや関係なくなるだろ。


「あの、それなんですけど。私のチャンネルを観てくれてる皆が言うには、ゲートが反応するのは探索者資格を持ってない人だけだそうです。具体的にはステータスカードを持ってると反応しないとか」

「へぇ、じゃあ探索者になったら毎度見なくていいんだね」

「なんかゲームのムービースキップみたいだな。一度見たら飛ばせるとか」


 それはいいこと聞いた。

 あ、でも探索者ならないんだったらゲートに近づくこともないから、関係ないのか。


「だったら、注目されるのは今だけでしょ。ほとぼりが冷めるまで大人しくのんびり探索してればいいかな。大丈夫だよひかりん、あんま気にしないで」

「はい、ありがとうございます……次は私がフォローします!」


 ひかりんが袖を握り直し、グッと顔を上げる。DDがピピッと光り、なんかやる気を出してるみたいだ。

 ふよふよと漂うDDが「もうひかりんをいじめるなよ」とでも言いたげに俺を睨む。

 普通にウザったいな、こいつ。


「つーかさ、俺達探索者になれなくてもそれで食っていけそうじゃね? ゲートに近づくだけで反応するなら、二人で日本中のダンジョン巡って反応調査する配信とか、ウケねぇかな?」

「おぉ、それいいね。確かに面白そう。じゃあどっちか落ちたら、一緒にやろうか」


 赤木くんと目を合わせニヤッと頷き合う。

 ああいう演出好きな奴は絶対いるだろ。

 そこそこ受けそうな予感はする。

 ギルドが許してくれるならやってみてもいいかもね。


「はーい、じゃあ二次試験やりますよー」


 待合室の扉がガチャっと開き、タブレット片手に美怜ちゃんが入ってくる。

 その後ろに知らない二人が続く。


 一人は、長い茶髪を後ろで束ねた、日に焼けた長身の男。

 もう一人は、美怜ちゃんより若く見える黒髪のショートボブの女の子。

 何が楽しいのかニコニコと笑っている。


「紹介しますね。こちら、二次試験の試験官、鈴原さんと相田さんです。現役の探索者なので、皆さんの先輩になりますね」

「さっき受付で急に声をかけられました、鈴原です。今日はよろしくお願いします」

「同じく急にっ! 相田っす! よろしくお願いしまっす!」


 鈴原さんの真っ白な歯がキラリと光り、相田さんの元気が待合室のどんよりした空気が少し明るくする。


 高校生グループが「鈴原さんかっけぇ」「相田さんかわいい」、とかコソコソ盛り上がってる。


「じゃあ、グループ分けします。高校生グループ5人は鈴原さんと、残りの方は相田さんとダンジョンへ入ってらいます。必要な人は装備の支給品があるので、好きなものを使ってください。準備できたらゲート前に集合です」


 美怜ちゃんの指示で待合室がざわつく。


 ガタイのいい男は無言で立ち上がりズンズン歩き、金髪くんはスマホを見ながらフラっと待合室を出て行く。

 ひかりんはDDをいじり、「がんばりますね!」って元気に挨拶してる。


「あ、叔父さんたちは私と入ってもらうからね」


 指示を終えた美怜ちゃんがスススっと音もなく近づき、硬いソファに沈んでいる俺たちに言う。


「先生質問! なんで俺たちだけ別枠なんですかー?

「人数的に5人、5人でいいんじゃねぇんですかー?」

「注目されたくないかなって配慮したんだけど、いらなかったかな?」


 美怜ちゃんが「大きなお世話だった?」と肩を竦める。


「おぉっ、気が利くじゃん!」


 赤木くんがソファから跳ね起き、ジャージがバサッと揺れる。

 歳の割に、ゴツい体の癖に機敏な動きだ。


「叔父さんたちのゲートの反応、バグってたでしょ? 絶対ダンジョン入っても問題起こすと思うんだよね」

「いや、俺たちが自分から問題起こしてるみたいな言い方やめろよ」

「そうだよ、もうお腹いっぱいなのこっちは。めんどくさいのいらないの」


 俺と赤木くんは皆が部屋から出ていっても立ち上がらず、ソファでダラッとしている。

 おじさんというものは、一度座ると億劫でなかなか立ち上がれないのだ。

 いろんな意味で。


「そのめんどくさい何かがあったら、このギルドで私くらいしか対応できなさそうなんですよね。なので、この3人で入りますよ」

「なんだそりゃ? なんで美怜しか対応できないんだよ? なぁまっさん?」

「え、それは……まぁ」

「ん? なんだ? なんか知ってんの?」


 赤木くんが俺と美怜ちゃんの顔をキョロキョロと見比べる。

 赤木くんの死角で人差し指を形の良い小さい口に当て、「シーッ」とやる美怜ちゃん。

 赤木くんに似たニヤニヤ顔に、ほんの少しイラッとする。


 赤木くんには特級探索者だってことを教えたくないのか?

 言う通りにするのも癪に障るけど、無駄に特級の反感を買うのなぁ……。

 何考えてるか分からないけど、面倒くさい赤木くんには適当に誤魔化して伝えよう。


「ギルドの職員だからじゃない? ほらなんかギルド職員ならではの謎パワーとかアイテム? とかありそうじゃない? 知らんけど」

「はぁ? 何だそれ?」

「えーと、スキル……いや、あれだ、緊急脱出アイテム! 『リレミトの巻物』みたいな」

「アイテム? うーん、なんかありそうだなそういうの。『『脱出の巻物』みたいなやつか?」

「そうそう、それそれ。……いや、知らんけど」


 美怜ちゃんがクスクス笑い、赤木くんが「まぁいいか」と適当に流す。

「これで納得するんだ……」と、赤木くんの相変わらずの適当さに少し心配になる。


「それはそれとして。ダンジョンの中でもゲートみたいに意味分からんこと起こると思う?」

「うん? どうだろうなぁ……美怜、お前どう思う?」

「そうだね、あれだけの反応されたら……ねぇ?」


 美怜ちゃんはタブレットをポチポチしながら思わせぶりな事を言う。

 ギルド職員、しかも特級が言うんだから、間違いなくなんかあるよなぁ……。


「赤木くん、物凄く行きたくないんだけど」

「はは、俺はもう逆に楽しみになってるわ。配信のネタになるし、何より稼げそうだ」

「はぁ……」


 俺が深い溜息をついていると「よっこいせ!」と赤木くんは勢いよく立ち上がり、肩をぐるぐる回して笑う。

 浮かべたDDに回した腕がぶつかり、ピピっと鳴いてくるくると回ってる。


「……なんか、色々複雑な心境だよ俺は」


 探索者の危険度、家族守りたいって俺の意地、適応度に配信と、特級とかもう本当にお腹いっぱいで、キャパオーバー気味だ。


「大丈夫ですよ、まーくんさんが思ってるよりたぶん楽勝ですから。頑張ってくださいね。りっちゃんや綾ちゃんのためにも」

「それを言われるとね、やるしかない、てね」


 渋々と重い腰を上げてソファから立ち上がり、「よし、やるか」と気合を入れる。


「40歳のおっさんでも、やれるってことを教えてやろうか。赤木くん」

「そうそう、そんで俺の借金返済に協力してくれ」

「それは自力で頑張れよ君」

「叔父さんは、死ぬ気でやってよね」

「なんだよ、つめてぇなぁ」


「さぁ行くべ行くべ」と赤木くんが調子よく言って、俺もつられて待合室を出る。

 ふと、りっちゃんと綾ちゃんの顔が頭に浮かび、二人の笑顔が背中を押してくれているような気がした。

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