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お腹いっぱい寝不足おじさん

 目の前を歩く華奢な女の子、赤木美怜は特級探索者だそうだ。


 念の為と言って見せてもらったステータスカード――薄い金属でできた名刺みたいで意外とショボかった――その端っこに丸の中に「特」ってマークが光ってるだけで、「これが特級の証です」なんて言われてもよく分からなかった。



「特級って言っても大した事ないですよ。ちょっと人より強いってだけですし」


 美怜ちゃんがニコッと笑いながら言うけど、ちょっと待ってほしい。

 俺が信頼するネットの有識者達は――便所の落書きとも言う――、特級探索者とは単体で国と戦える化け物、人の理を超えた歩く災害とか言っていた。

 その特級探索者が「大したことない」ってどういう感覚だよ。


 ケラケラと年相応に笑う彼女が、もし気まぐれに腕を振ったら、街一つ消滅するんじゃないかと気が気じゃない。


「まぁ私の場合は個人でというより、パーティー全員で特級って感じなんで。私一人じゃ特級にはまだ届いてないんですよね」


「だからあまり知られてないんですよね、私」「ちょっと悔しいですけど」、なんて言っているけど、パーティーだろうがなんだろうが、その領域に足を突っ込んでるんだから化け物には変わらないと思う。


 さっきまで「赤木くんの姪っ子」「りっちゃんの親友」でしかなかった美怜ちゃんは、今ではもう「人外のバケモノ」にしか見えない。


 そう言えばりっちゃんはこの事を知っているのか?

 知ってて綾ちゃんと遊ばせているのか?

 もしなにか事故でもあったら――。


「あ、大丈夫ですよ。力の制御とかは得意なんで。綾ちゃんと遊ぶのも心配ご無用です」


 全然安心できねぇ。

 あとナチュラルに頭の中を読まないでほしい。

 何なん? 特級探索者って読心術使えるの?


「はい、待合室に着いたんでこの話はまた今度にしましょうね」

「……なんだか色々誤魔化された気がするんだけど」

「気にしない気にしない。あんまり気にするとハゲますよ? ただでさえ心配性で神経質っぽいんですから」

「はぁ……君が言うなよそれを」


 待合室の扉の前で盛大に溜息をつく。

 ダンジョンマスターの話とか、ギルドの裏話とか、知らないでも良いような話をちょいちょい小出しにされて、元々混乱してた頭が更にぐちゃぐちゃになった気がする。

 寝不足と疲れでフラフラな頭に追い打ちをかけるように、美怜ちゃんがニヤッと笑う。


「そんな事より、次は実技試験ですよ。実際にダンジョンに入って魔物と戦ってもらいますけど、そっちの心配したほうが良いんじゃないですか?」

「うっ、」


 そうだった。

 ゲートの馬鹿みたいな派手な反応で忘れていたけど、これから魔物との命がけのバトルが待っているんだった。


「色々あって忘れてたよ。それが控えてるんだった……」

「ダンジョンに入れても、ここで躓く人、結構いますからね。頑張ってくださいね」

「はぁ……前向きに善処します」


 ダンジョンに入れても魔物を殺さなきゃ探索者になれない。

 美怜ちゃんが言うように、適応度試験を突破しても、二次試験の魔物との戦いで脱落する受験者は結構な数がいるらしい。


 そりゃそうだ、平和な日本で普通に生きてきた人が、「はい、殺して」なんて言われて、魔物とは言え、生き物を簡単に殺せるわけがない。


 殺せたとしても、生き物を殺すという罪悪感とか忌避感で「やっぱ無理」となる人もいるんだとか。

 俺はどうなんだろうな……ゲームとかだったら、グロでもゴアでもなんでもござれなんだけど。


 待合室の扉を開けると、赤木くんとひかりんがまだ話し合っていた。


「あ、まっさんおかえり。……ん? どうしたん? なんか顔がいつにも増して死んでね?」

「いや、なんつーか、色々ありまして……」

「この30分くらいで何があったんだよ。コーヒー買いに行っただけでイベント盛りだくさんとか、やるなまっさん」

「はは、うれしくねぇ」


 赤木くんの隣の硬いソファに「よっこいしょ」と腰を下ろし、背もたれにぐったりと寄りかかる。

 天井のシミをぼけーっと見つめる。


「君は逆に楽しそうじゃない。なに? 皆にチヤホヤされて調子に乗ってんの?」

「いや、なんでそんなに当たり強いんだよ。こっちも色々あったんだよ。楽しそうってか開き直ってんの」

「えぇ……? 赤木くんもなんかあったの? やめてよ、もうお腹いっぱいなんだけど」

「聞いてくれよまっさん。悪いニュースと良いニュースがある。どっちから聞きたい?」

「どっちも聞きたくない」

「悪いニュースと良いニュース、どっちから聞きたい?」

「なんだよ、選ばないと無限ループする選択肢かよ」

「悪いニュースと良いニュース、どっち?」

「うざいなぁ。じゃあ悪いほうで」

「よし、悪いニュースな! さっきのゲートの反応あっただろ?」

「えぇ、そっち関連の悪いニュースなの? ……あれ? ひかりん? どうしたの?」


 赤木くんの向かいに座ってるひかりんがさっきから俯いて動かない。

 なんか震えてる?

 ブレザーの袖をぎゅっと握って、DDが心配そうに彼女の周りをふわふわ飛んでる。


「ご、ごめんなさい……わ、私が悪いんです」

「え、ちょ、待って。急にどうした?」

「いやぁ、実はな。ひかりんのDD、あっただろ? あれ、適応度試験の後、切り忘れてたみたいでさ」

「……ほぉ」

「バッチリ映ってたみたいなんだよね」

「……何が?」

「いやぁ、この待合室の窓からさ、ゲート、よぉく見えるよなぁ」

「……おい、ちょっと待てよ赤木くん」

「さぞ盛り上がったんだろうなぁ」

「……嘘だろ?」

「まっさん、残念ながら全て世間に知られることになり申した」

「えぇ……お前……、ふざけんなよマジで」

「ご、ご、ごめんなさあああいぃ!」


 ひかりんがガバッと頭を下げて、泣きながら謝ってくる。

 DDが慌てて彼女の頭上をくるくる回るのがウザったい。


「全部って全部? 俺と君の意味わからん派手派手な反応とか、全部か?」

Exactlyそのとおりでございます

「顔は? 俺らの顔も映ったんか?」

Exactlyそのとおりでございます

「……マジかー」


 マジか。

 え……マジか。


 頭が真っ白になる。

 身バレ、家族の安全、炎上、ネットの個人情報問題――よく分からんけど、悪い想像がグルグル頭を駆け巡る。

 りっちゃんと綾ちゃんの顔が浮かんで、胃がキリキリしてくる。


「DDってすげぇよな。この距離でも顔バッチリ分かるんだもん。くたびれたおっさん二人が引きつった笑顔ではしゃいでるのが、くっきり映ってたぜ!」

「ご、ごべんなざいぃぃぃ」


 赤木くんがハハハと笑い、ひかりんがハンカチを握りしめて泣く。

 DDはくるくる回り、俺は天井のシミを見つめたまま、思考がフリーズする。


「……良いニュースは?」

「バズったよ」

「やかましいわっ!」


 待合室に響く俺の叫び声。


 高校生グループがビクッとしてこっちを見るけど、もうどうでもいい。


 赤木くんがソファで腹抱えて笑ってる横で、ひかりんが「ほんとにごめんなさい」と頭下げ続ける。


 俺の疲れが、駿河湾の底より深く沈んでいく。

 あぁ、りっちゃんと綾ちゃんに会いたい。





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