冷凍マグロとおじさん
ギルドの廊下をトボトボと俯いて歩く。
あの後、待合室では少し騒ぎになった。
配信JKひかりんが目をキラキラさせて騒いだのに続いて、他の高校生達も俺達のところに押しかけて来て、「おじさん達すげぇ」だのなんだの騒ぎ立てていた。
しまいにはガタイのいい兄ちゃんまで来て、「……アンタらやるな」とか言って握手を求められた。
このお兄さんが言葉を発するの初めて聞いたけど、なかなか渋い声で羨ましい。
金髪くんも立ち上がってこちらを伺っていたけど、結局また座り直してスマホを見ていた。
ただでさえ混乱している頭で知らない他人と絡むとか、億劫過ぎて早々に「コーヒー買ってくるわ」と赤木くんに丸投げして逃げてきた。
赤木くんなら適当にあしらえるだろうし、面倒くさいことは彼に押し付けるに限る。
カツン、カツン。
足音がギルドの長い廊下に虚しく響く。
廊下の窓の外にはチラッとゲートが見える。
相変わらずゲートは神秘的で、さっきまでの騒ぎが嘘みたいに静かに佇んでいる。
「……」
俺はゲートを視界の隅に捉えながら、無言で歩く。
適応度試験は、結果だけを見れば大成功だ。
試験管の美怜ちゃんがあんなに慌てるほどの反応なんだから、きっと過去に類を見ないレベルだったんだろう。
でも、納得いかない。
俺はこの結果を素直に受け入れられない。
「なんでだ?」って思いが頭が埋め尽くしている。
俺はただのおっさんだ。
なんの取り柄もない、どこにでもいる普通の人間だ。
赤木くんも同じような反応だったけど、彼だってくたびれた普通のおっさんだ。
そんな冴えない俺達二人が、こんなバカ高い適応度を示すなんて、出来過ぎている。
もしこれが誰かの仕込みだとしたら、
なんの目的で?
つーかこんなおっさんに?
なんでなんでなんでなんでなんで?
「意味わかんねぇ……」
赤木くんやゲートのことで興奮していた頭はスッカリ冷え切っている。
でも、色々考え過ぎてまとまらず、寝不足も重なって頭がフラフラする。
「自販機でコーヒーでも買うか……」
進んで飲みたくはないけど、今はあの苦味が恋しい気がする。
ギルドの休憩所へ向かうと、先客がいるらしく、薄っすら話し声が漏れていた。
「……やりすぎ……聞いてない……」
「……あいつに任せたのが……いつもそう……」
「……バレないように……気をつけ……」
休憩所にいる彼女は、こちらに気づいてないのか割と大きな声で話している。
電話でもしているのか彼女の声しか聞こえない。
近づくにつれ内容もはっきり聞こえてきて、なんとなく廊下の角に身を隠して会話を盗み聞きしてしまう。
「……大丈夫。いざとなったら私がやる」
「ふふ、おじさん二人なんて、楽勝だよ」
「うん。じゃあ、またね。……マスター」
そう言って彼女――赤木美怜はスマホをしまった。
「……私がやる? おっさん二人、楽勝……?」
今、美怜ちゃんな何て言った?
やる……やる? やるってなんだ?
おっさん二人って誰のことだ?
美怜ちゃんの言葉を頭の中で反芻する。
ゲームかなんかの話か?
でも捉え方によっては物騒な内容だ。
寝不足と疲れで混乱している頭には、そういう風に聞こえてしまう。
「いざとなったら、私が殺る。おっさん二人、つまり俺と赤木くん相手なら楽勝? て聞こえたんだけど……」
……まさかな。
寝不足と疲れで頭が混乱しているだけだ。
変な妄想をするほどに。
大体、美怜ちゃんがそんなことする意味がないし。
「はぁ……疲れたな」
「盗み聞きですか? まーくんさん?」
「うぉっ!?」
目を閉じて眉間を指でぎゅっと押さえてた俺が、顔を上げると目の前に美怜ちゃんの顔があった。
整った顔達にキリッとした眉、長い睫毛にくりっとした大きな目。
鼻筋はスッと通ってて、薄ピンク色で柔らかそうな小さな口。
控えめに言っても彼女は美人だ。
そんな彼女が口元に小さく笑みを浮かべつつ、冷凍マグロみたいな目をこちらに向けてくる。
息がかかるくらいの距離でじっと見つめられて、「目に光がないなぁ」なんて思いながら慌てて後ずさり彼女から離れる。
「ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど……」
「ふふ、駄目ですよ。女の子の話を盗み聞きなんて」
笑ってるけど笑ってない。
目がずっと死んでる彼女はそう言って歩き出す。
「そろそろ実技試験の時間なんで、行きましょうか」
「あ、うん。そうだね」
コーヒーを買う暇もなく、二人並んで歩く――いや、並ぶのが怖くて俺は3歩くらい後ろを歩いてる。
待合室に向かう間、華奢な女の子な美怜ちゃんがおっさん二人を殺る想像をしてみるけど、どうにも現実味がない。
「ところでまーくんさん、さっきの話どこまで聞いてました?」
「えっ? あー、と。『いざとなったら、私が殺る』くらいからかな……」
「ふーん」
「そ、それにしても、よく俺があそこにいるって分かったね? 死角だったのに」
「あはは、私だって探索者の端くれですよ? その気になれば『気配察知』『気配遮断』くらい出来ますからね」
「そ、その気になれば……」
「そう、その気になれば、ね?」
美怜ちゃんは立ち止まり、こっちを振り返って首を傾げながらニコッと笑った。
一歩二歩と近づきながら、光のない暗い上目遣いで下から俺を見上げてくる。
その気になれば。
その気になれば、お前に気づかれずに殺せる。
そう言ってる風に、俺の目には映った。
美怜ちゃんが一歩近づき距離が縮まる。
ゾクッと、背中を寒気が走る。
ごくっとツバを飲み込む音がする。
無意識のうちに手をぎゅっと握りしめていて、掌が汗ばんで気持ち悪い。
「ふふ、まーくんさん、何、勘違いしてるんですか?」
「え?」
「私がまーくんさんと叔父さんを殺す、って、そう思ってるでしょ?」
「!? ……違うの?」
「ぷっ、くく、あっははは! な、なんで私が、二人を殺すんですか? あはは、おっかしい!」
美怜ちゃんの暗い目が笑い声に合わせて歪む。
「えぇ……だって、あんなテンションで今の俺の状況ならそう思うでしょうよ」
「何言ってんですか。アニメや漫画の見過ぎですよ、そんなのあるわけないじゃないですか、あはは」
「ここは平和な日本ですよ?」「顔がヤバいですよ」とか言いながら、ツボに入ったのかお腹を抱えてあははと笑う美怜ちゃん。
それを見て、なんだか急に恥ずかしさがこみ上げてきた俺は、美怜ちゃんを追い越して先に進む。
「そんな笑わなくてもいいじゃない、こっちは真面目に怖かったんだから」
「あはは、ごめんなさい。まぁでも、そうですね。適応度試験の結果が凄すぎたから不安にもなりますよね」
「そうなんだよ。正直意味わからないんだけど。なんなのあれ?」
「私もびっくりしましたけど、後で考えたらそんなこともあるかなって」
「ん? どういうこと?」
「ダンジョンマスターっているじゃないですか。あの人達って面白いことが好きらしいんですよ」
「ダンジョンマスターって、それがなんか関係あるの?」
急に出てきたダンジョンマスターって言葉に、俺は思わず立ち止まる。
「つまりですね、まーくんさんと叔父さんは、ダンジョンマスターに気に入られたんじゃないかなって」
「えぇ……?」
「40歳で探索者になるって珍しいですし、しかも親友同士で人生賭けて受けるんですよ? それだけでもうドラマですよ。だから、頑張れって応援したくなったんじゃないですか?」
「え、ありがた迷惑なんだけど……」
ダンジョンマスターが応援?
ごめん、何言ってるかわかんない。
「うーん、あ、配信のスパチャ感覚、みたいな? 適応度上げといてやるわ、的な? 知らないですけど」
「軽いなぁ。知らねぇのかよ。てかそんな感じなのダンジョンマスターって」
「話してみた感じ、そんな感じですよ」
「え、さっきの電話ってダンジョンマスターだったの?」
「あ、さっきのはここのギルドマスターですね。カッコよく行ってますけど支部長です。今出張中で東京にいるんで、試験のこと電話で報告してたんですよ」
さっきの電話は、あんな派手な反応で周りが騒ぎそうだから、貴重な探索者だしギルドでフォローしようね、って話だったらしい。
「じゃあ、いざとなったら私がやるってのは?」
「あぁ、それは、私が周りを黙らせるって意味ですよ。おじさん二人くらい守るのなんて楽勝です」
ブイっとピースサインをしながら、今度は光がある目でニコっと笑う美怜ちゃん。
「黙らせるって、どうやるの? 守るって言ってもなぁ……」
「ふふふ、言ってませんでしたけど」
美怜ちゃんがまた昏い目になって笑う。
今度は何を言い出すんだろうって、無駄に身構えてしまう。
「な、なに?」
「私、こう見えて、特級探索者なんですよ?」
「……。えぇっ!?」
特級ってあの特級?
日本で数人しかいない探索者のトップクラス。
人間離れした身体能力を持った人外。
「まじか」
「マジです」
ダブルピースでニコニコしてる美怜ちゃんを見て、「やっぱり赤木くんの親戚だなぁ、ドヤ顔そっくり」と思う。
「……特級ってわりに、試験の時本気でキョドってたけど?」
「……うるさいですよ」




