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逆に引くおじさん

「ははは、まっさん! マジで俺らすげえよ! 見たかよ、あのゲートの反応!」

「美怜ちゃんもびっくりしてたもんな」


 美怜ちゃんに「とりあえず、合格」と言い渡された俺達は、興奮が収まらないまま「やべぇやべぇ」と言いながら待合室へと向かった。


 待合室は普段はあまり使われていないのか、薄暗くて蛍光灯がチカチカしてて、どんよりとした空気が籠もっていた。


 扉を開けた瞬間、部屋にいた合格者達が一斉にこっちを向いてきた。


 20代のガタイのいい男がソファの端で腕組んでるし、高校生グループがテーブルを囲んで何か喋ってる。


 金髪くんはこっちを向くと「……ちっ」と聞こえるくらいの盛大な舌打ちをするとそっぽを向いた。


 配信JKひかりんは入り口近くのプラスチックの椅子に一人で座ってて、DDがその周りをふわふわ飛んでいる。


 俺と赤木くんは特にそれらに反応せずに、隅っこの硬いソファにトスっ、ドスンっと座る。

 スプリングがギシッと鳴って、座面がガチガチで尻が痛い。

 隣の赤木くんの汗臭さがムワッと漂ってきて、「あ、臭いな……」と思わず息を止める。


「俺はね、昔から思ってたんだよ。まっさんは『やる』男だってな! したら案の定アレだもんなぁ!」


 赤木くんはいつもより高いテンションでそう言うけど、心なしか笑顔が引きつっている。


「ははは、赤木くん見た? なにあれ、俺が手をかざした瞬間にどばっと光が溢れてさ!」

「見た見た! ははは、なんだよアレ!? 池はバチャンバチャンなるわ、ゲートはピカッピカするわ、最後には龍? ははは、本当にまっさん意味わかんねぇよ!」


 赤木くんがソファの背もたれに腕投げ出して、でかい声で笑う。

 赤木くんが動く度に彼の醸し出す独特な臭いが俺の鼻腔をくすぐり、熱くなった頭が冷えてスンッと冷静になっていく。


「そういう赤木くんこそ、赤い光がバーって。 水柱がバインバインなってて、最後には虹みたいなんが空に浮かぶわなにアレ? 君こそ意味わかんねぇよ」


 あの青白い光が爆発した瞬間、頭の中は「いや、なんで?」っていう言葉でいっぱいだった。

 赤木くんの赤い光が溢れた瞬間、「なんか特撮の敵キャラみたいだなぁ」って逆に笑えてきた。

 本当に意味がわからない。


「まっさん、俺達、選ばれしものだったりするんじゃね!?」

「このなりで勇者とかだったらウケるな。チートか? 40歳のおっさんがオレツエーしちゃうか?」

「「はははははっ!!」」


 俺と赤木くんはソファにふんぞり返って笑う。

 待合室に響く俺達の笑い声と、ほのかに香る赤木臭。


 待合室にいる他の受験者達は俺達の会話を聞いて、ソワソワしているのかチラチラとこちらを伺っているのが気配でわかる。


 待合室にある窓からはガッツリとゲートのある中庭の全体が見える。

 当然、俺達より前に合格した彼らは、ゲートの反応を見ていたわけだ。


 しかし、誰一人としてこちらへと声をかけてくるやつはいない。


「はは……」

「ふふ……」


 5分くらい経って、笑い声に力がなくなって声が小さくなっていく。


「はぁ……」

「ふぅ……」


 赤木くんは体を起こし膝に肘を置き、俯いた顔の前で手を組む。

 俺も同じように膝に腕を置き、待合室の汚れたタイルの床をぼーっと見つめる。


「「……」」


 待合室には他に人がいるはずなのに、他の人の話し声も聞こえない。

 5分ほど沈黙が続き、落ち着いたのかどちらともなく口を開く。


「いや……ないわぁ」

「なんなの、アレ」


 俺も赤木くんも顔を伏せたまま話し出す。


「冷静になるとすげぇ怖いんだけど」

「無理やりテンション上げてたまであるな」


「自分でやっといてなんだけど、あり得なくね?」

「うん、なんだよあれ。アニメかよ」


「水柱とか青く光ったりさ、やりすぎだし。意味分からんわ」

「俺なんか赤かったからな。血管みたいで気持ちわりぃよ」


「龍っぼいの出たけどなにあれ? マジで勘弁なんだけど」

「俺なんか虹だぜ? なんだよ虹って。キャラ考えろよ」


「マジでさぁ……ファンタジーには憧れてたけどねぇ?」

「それな。そこまで求めてねぇのよ」


 確かに俺も赤木くんもゲームや漫画とかのファンタジー好きだし、現実に出来たダンジョンてものに憧れはあったよ。

 チートで無双とかやべぇスキルで俺つえぇとか妄想したこともある。


 でも、実際自分がその当事者になると話が違う。

 ギルド職員の美怜ちゃんも慌てふためいてたし、明らかに俺達がやらかした事は異常だ。


 異常ってことは、原因を調べるわけだ。

 調べるってことは、俺達が引っ張り出されるってことだ。


「赤木くん、俺さぁ、この後のこと考えるとさぁ……」

「あぁ、まっさん、俺もそれ考えてたんだけど……」

「「めんどうくせぇ」」


 お互い顔を見合わせ頷き合う。

 赤木くんの顔が少し疲れてて、俺も鏡を見なくても分かるくらい顔がどんよりしてる。


「これ絶対なんかあるやつじゃん」

「それな! 何らかの作為あるやつじゃん」

「そんなん望んでないんだけど俺。赤木くんだけでいいよそういうのは」

「俺も嫌だよ、なんで俺だけなんだよ。めんどくせぇの嫌だよ俺」

「他の人みたいに、ちょこっとだけ反応してくれるだけでいいのにさぁ」

「そうそう、『40歳ならこんなもんか』ってのでいいよマジで」

「なにやっちゃってくれてんだよダンジョンよぉ」

「一人ならまだしも二人同時だぜ? 嫌でも注目されんじゃん」


 二人で愚痴りに愚痴る。

 若い頃なら「うおぉ、すげぇ!」って喜んだんだろうよ。

 でも俺らもう40よ?

 こんな派手なのはいらないよ。

 面倒くさいの嫌なんだよ。


「いや俺もね、『夢を掴む』とか『胸の疼きが……』とかさ、カッコいいこと言ってたよ?」

「え? まっさんそんなこと思ってたん? ウケるんだけど」


「自分に酔ってたとこもあるけどさ、こんなバカでかいスケールじゃないのよ」

「な? もっと地味で普通よりちょい上、くらいで良かったよな」


 赤木くんが言っていた、「6割くらいの力でやるのがちょうどいい」ってのが分かった気がする。


「でも赤木くん」

「なによ」

「君は無職で借金背負ってるんわけじゃない?」

「無職言うなよ。それを言うならまっさんだって無職だろ?」


 君の無職と俺の無職を一緒にするなよ。

 君の借金塗れの汚い無職と違って、俺の無職は家族の為に頑張っている綺麗な無職なんだから。


「そこはいいんだよ。そうじゃなくてさ、君は早く稼ぎたいわけじゃない? 一ヶ月で一千万だっけ?」

「いや、流石にそれは無理だからアニキに譲歩してもらうよ。せめて半額……くらいにはしてもらいたい、なぁ……」


 なんだかんだ赤木くんのお兄さんは甘いから多分大丈夫だろう。


「大金を稼ぐなら、今回のコレ。ちょうどいいんじゃない?」

「というと?」

「君、元々配信やるつもりだったろ? クソたけぇDDまで買ってさ。だったらいいネタじゃん」

「あぁ、俺もそれ思ったんだけどさぁ。……無理じゃね?」

「は? なんでよ?」

「いや、何処の馬の骨か分からんぽっと出のおっさんがだよ? いきなりあんな意味わからんゲートの反応配信したところでさ、フェイク疑われて終わりじゃねぇかなって」

「あー、言われてみれば。『CG乙』って言われそう」

「だろ? せめてもう少し大人しめの反応だったらまだ説得力あったんだけどなぁ」

「普通に考えたら有り得んもんねぇ」


 どうしたもんかねぇ、と二人でため息をついて項垂れていると、そこに誰かが近づく足音が聞こえてきた。


「あ、あの、お疲れさまです……って、あれ? おじさん達、どうしたんですか?」


 ひかりんがDDを顔の横に浮かばせて、ソファの前で立ち止まって、首を傾げる。


「いや、どうしたも何も……」

「どうしたって言うかさぁ……」


「え? だって、さっきのゲートの反応、すっごかったですよ!? 私なんかより全然すごくて、びっくりしました! なんでそんな落ち込んでるんですか?」


 ひかりんが目をキラキラさせて言う。

 声が待合室に響いて、高校生グループがまたこっちをチラ見してくる。

 俺と赤木くんは顔を見合わせて、駿河湾より深いため息をつく。


「いや、すごいのは分かるよ……」

「すごいんだけどさぁ、ひかりんちゃん……」

「え? え?」

「それがめんどくさいんだよ!」

「そう、それな!」


 ひかりんが「え、え?」と困惑して、ブレザーの袖をぎゅっと握る。

 その純粋な目がこっちを見てくるけど、俺達の気持ちは分からんだろうな。

 若い子には「チートとかやめてくれ、普通がいい」って感覚、伝わらないよな。


「いや、だって、私なんか水面が揺れたくらいで、ゲートがちょっと光っただけですよ? おじさん達みたいに水柱がドーン!とか龍とか虹とか出てきたら、テンション上がりますよね!?」

「上がらんねぇ!」

「逆に引くよなぁ!」


 ひかりんがソファの前に立ったまま、手を振って興奮を伝えてくる。

 気弱なJKひかりんではなく配信JKひかりんが、くたびれたおっさん二人に身振り手振りでどれだけ凄いかを熱く語っている。

 その動きが若々しくて、こっちの疲れが余計に際立つ。


「だって、私、あんなすごいの初めて見たんですよ! お姉ちゃんだってあんなじゃなかったし! おじさん達なら絶対有名になれるし、ダンジョンでも絶対活躍できるじゃないですか!」

「無理っす」

「なれねっす」


 もうおじさん疲れたっす。

 帰ってビール飲みたいっす。


 ひかりんがソファの横に座って、「でもでも!」と食い下がってくる。

 そのたびに俺と赤木くんは「駄目っす」「嫌っす」と返す。


 彼女のキラキラした目と、俺達のどんよりした目が対照的で、待合室の空気がなんとも言えない感じになる。



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