なん……だと……なおじさん
美怜ちゃんに呼ばれて、急に緊張してきた。
さっきまでひかりんの配信や赤木くんの汗臭さで気を紛らわせてたけど、いざ自分の番となると足がガクガクして、悩んでいた気持ちがジワジワとぶり返してくる。
少し重い足取りでゲートに近づくと、さっきまで感じてた神秘的な空気が一気に重く感じる。
石門の模様が薄く光ってるのが近くで見ると分かるけど、これに触れるのか……。
勢いでここまで来ちゃったけど、何してんだろう俺。
「まーくんさん、まーくんさんなら大丈夫だよ」
美怜ちゃんに呼ばれて、心臓がバクバク跳ねた。
ゲートに近づくたび、あの神秘的な空気が体にまとわりついてくる。
石門は目の前で静かに佇んでる。
苔むした表面の模様が、薄い光を帯びてかすかに揺れてる。
池の水面は鏡みたいに静かで、朝日がキラキラ反射してる。
その静けさが、逆に怖い。
俺なんかがここに立っていいのか?
「まっさん、緊張してんのか? 大丈夫だって、俺が落ちてもまっさんは受かるよ! 君はやればできる子だよ!」
「励ましになってないよ。君は落ちたら海に沈むんだろ? 巻き込むなよ」
「え、俺そんな落ち方すんの!?」
「叔父さん、うるさいよ。まーくんさん、さっ、ゲートに手をかざして」
美怜ちゃんに優しく促されて、俺はゴクリと唾を飲む。
ゆっくりとゲートに手を伸ばす。
頭にりっちゃんと綾ちゃんの顔が浮かんだ。
昨日、俺の隣で「まーくん成分補充だよ」って笑ってたあの優しい顔。
綾ちゃんの「ぱーぱ!」って声が胸に響く。
俺がここで何か変えたら、あの穏やかな日常が壊れるんじゃないか?
家族を守るって決めたのに、こんなところで夢に手を伸ばしていいのか?
でも――。
りっちゃんの「何を選んでも受け入れるよ」って言葉が頭をよぎる。
綾ちゃんが大きくなった時、「ぱぱね、昔は夢を追いかけてたんだよ」って笑顔で話したい。
ずっと我慢してきたあの疼きが、今ここで爆発しそうなんだ。
「まっさん、ぼーっとすんなよ。早くやれって! それで一緒にオホーツクに行こう!?」
「うるさいよ、赤木くん。一人で行けよ。少し黙っててくれ」
目を閉じて深呼吸。
ゲートの神聖な空気が体に入ってきて頭がスッキリとしていく。
あぁ、もう迷わない。
家族のためにも、俺のためにも、一歩踏み出す。
ゆっくりと、伸ばした指先が石に触れる。
瞬間、世界が止まった。
冷たい感触がチクッと指先から掌に広がり、次の瞬間――。
――ズドオオオオッ!
ゲートが唸りを上げ、眩しい青白い光が爆発した。
石の模様が一瞬で輝きを増し、まるで雷が走るみたいに光がゲート全体を駆け巡る。
池の水面が轟音を立てて割れ、水柱が天に向かって何本も突き上がる。
地面がガタガタ震え、広場に敷かれた石畳が跳ねる。
空気がビリビリ鳴り、風が吹き荒れて髪が顔に張り付く。
ゲートの上部から光の波が広がり、薄く纏わりついて漂っていた霧は、濃く、集まり、その形はまるで龍のような姿となり、空を駆ける。
「うわああっ!?」
「な、何!?」
衝撃で赤木くんが叫んで尻もちをつき、美怜ちゃんがタブレットを取り落とす。
俺も呆然と手を引くと、光が一瞬収まり、ゲートが低く唸るような音を立てて静かになる。
水面には巨大な波紋が広がり、石畳に水しぶきがバシャバシャ落ちてくる。
空気がまだ震えてて、耳がキーンとしてる。
「……なん……だと……?」
声が震えて、自分でも何が起きたか分からない。
美怜ちゃんがこちらを見て固まってる。
いつも冷静な彼女が、口をポカンと開けてゲートと俺を交互に見てる。
「……え? え? 反応、あり……って、待って、何? 何!? まーくんさん、これ、合格……とかじゃないよ! 何なの!?」
言葉が途切れ途切れで、焦っている美怜ちゃん。
「マジか……受かったのか?」
自分でやったことなのに頭がぼーっとしてて、現実感がない。
「まっさん、すげぇ…… 何だよ今の。君はやればできる子だと思ってたけど、やり過ぎだろ! はは、 ゲートぶっ壊れるかと思ったぞ! すげぇっ!」
「はは……やべぇな、ははは、すげぇな!」
「 とにかくやべぇって! ははは、やっぱまっさんは、おもしれぇ!」
二人で「やべぇ、やべぇ」言い合ってると美怜ちゃんがようやく我に返ったみたいで、拾ったタブレットをポチポチしながら、「私の時なんかこんなんじゃない……。記録、記録超えてるよ! ぎ、ギルドに緊急報告しないと!」と呟く。
冷凍マグロの冷静さが完全に吹っ飛んで解凍マグロになってるのが、なんか笑える。
「つ、次、叔父さん。早く! さっさと落ちて!」
「お、おぅ! って地味にひでぇ! くそ、見てろよまっさん! 俺だってやればできる子!」
赤木くんが体格に似合わない動きで素早く立ち上がり、おもむろにゲートに手を置く。
すると――
――ズドオオオッ!
またゲートが唸り、今度は赤みがかった光が爆発的に溢れた。
石の模様が燃えるように紅く輝き、まるで溶岩が流れ出すみたいに光がゲートを覆う。
水面が再び割れて、水柱がドドドッと跳ね上がり、地面がビリビリ震える。
靄が渦巻き、赤と青の光が混じって空に虹みたいな帯を作った。
風が吹き荒れ、赤木くんのジャージがバタバタ煽られる。
俺の時と同じくらいの衝撃が広場を揺らし、光がゲートから溢れて空を染めた。
「おおおっ! 俺もすげぇ!」
美怜ちゃんがまた固まる。
「……な、なにこれ。叔父さんも、まーくんさんと同レベル!? 何!? 何!? 二人とも何なの!?」
またタブレットを落としそうになって、大きな目を白黒させてる。
「やったぜ! 俺達、才能ありすぎだろ!」
「ファンタジーすげぇな! 赤木くん!」
美怜ちゃんがタブレットを抱えて、「待って、待って、おかしい! おかしすぎるって! 二人とも異常すぎる! え、待って、どうしよう!?」と完全に取り乱して叫ぶ。
「ははは、とりあえず、第1関門、突破だ」
「あぁ、この調子で行こうぜ、まっさん!」
胸の奥で熱いものがドクドク湧いてくる。
りっちゃん、綾ちゃん、俺、やれそうだよ。
あの時離したこの夢、今度は絶対掴んでやる。
「まっさんと一緒なら、ダンジョンなんて余裕だろ!」
「そうだね赤木くん! あ、でもちょっと離れて? 臭いきつい」
「お、おぅ……ごめん」
ファンタジーが、現実になる瞬間がすぐそこだ。




