40歳のおじさん
よろしくお願いします
『続きまして、今日のダンジョン情報です。先日発生しました渋谷ダンジョンの氾濫――』
『今もっとも熱いと言われている魔道具メーカー「TANAKA」に――』
『魔物の権利を主張する団体の――』
『探索者死亡数が例年を上回り――』
『ダンジョン公式からのお知らせです。最新アップデート情報が――』
テレビのチャンネルを変えても、どの局も「ダンジョン」の話ばかりだ。
俺はため息をついて、リモコンで電源をオフにする。
ダンジョン。
およそ5年前、突如として世界中に現れた謎の構造物だ。
ファンタジー小説に出てくる“アレ”そのもの。
ただし、見た目は様々で、青白く光る祠みたいなものもあれば、ただの洞窟にしか見えないもの、光の渦が渦巻くゲートや、どこにでも行けそうな扉まである。
そんなものが世界中にいきなり出現したせいで、当初は大混乱が起きた。
…と思いきや、たった5年でダンジョンはすっかり社会に根付いてしまった。
今じゃ資源採取のインフラとして経済を支え、「探索者」なんて職業まで公に認知されてる。
世界がファンタジーに染まるのは、あまりにも早かった。
中でも、日本は他の国に比べても驚くほど早く染まりきった。
噂では、ダンジョンマスターとかいう存在と日本政府だけが、ダンジョンが出現する随分前から秘密裏に交渉していたらしい。
ダンジョンが出現した次の年には既に一般公開されて「探索者募集」ってんだから、驚きだよ。
「ダンジョンのおかげで色々な問題が片付いた、とか言ってたけどな……」
まぁ、ただの一般市民の俺にはあんまり関係ない。
ダンジョンが世に現れた時は俺も興奮したよ。
夢にまで見たファンタジーが目の前に現れたんだ。
遂に来たかって。
俺もオタクだし、そういう小説とか好きだったし。
当時まだ独身だった俺は、「ダンジョン初攻略」のニュースを見て、「俺も探索者になろうかな」なんて本気で考えていた。
年齢的にもギリギリだったし、夢を追うラストチャンスだと思ったんだ。
ダンジョンが一般公開されると聞いて、まだかまだかと待ち焦がれていた。
親友の赤木くんと実際にダンジョンを見に行ったし(閉鎖されていて近づけなかったけど)、ダンジョンもののゲームや漫画、ラノベを買いまくって予習したり、今まで運動なんかしてこなかったのに筋トレなんか始めちゃったりしてさ。
でも、その頃、付き合い始めた彼女がいた。
彼女は、なんで俺なんかと付き合っているのか不思議なほどのいい子で、性格も価値観も合って、一緒にいてとても安らぐ存在だった。
まぁ、それが今の奥さんなんだけど。
ダンジョンが現れてから1年くらいして結婚することになって、その次の年にはお腹に赤ん坊が出来てさ。
俺みたいな奴に可愛い奥さんと娘が出来るなんて、本当に夢みたいだった。
絶対この二人を幸せにするって、夫として父親として決めたんだ。
たから、ダンジョンも一般公開されたんだけど、「これから父親になるなら、無茶はできないよな」って、結局その夢はそのまま封印した。
それに、正直言うと薄暗い場所とか汚い環境とか、ぶっちゃけ苦手だし。
家族のために普通に働いて、普通に暮らせればそれでいい。
俺みたいに普通の奴は、それでいい……はずだった。
3ヶ月前、会社が倒産した。
ダンジョン資源が世に出てきてから、エネルギー関連の部品を扱ってたうちみたいな中小企業はモロに煽りを受けてた。
残業代が出なかったりボーナスがカットされたりと、会社なりにやりくりしていたみたいだ。
俺もいつもより少ない額の給料明細をもらって、「うち大丈夫かなぁ」なんて思ってた矢先に、倒産だ。
社長は「時代に乗り遅れた、申し訳ない」って泣いてたけど、泣きたいのはこっちだよ。
勘弁してくれよ、マジで。
それで突然リストラされて、仕方なくハローワークで求人を探したりもした。
今より待遇は悪いけど、「これなら、まぁいいかな」って妥協出来る求人を見つけて面接を受けてみたんだ。
でも、案の定、不採用ばかりだった。
この3ヶ月で何敗したか分からない。
失業保険も今月で切れるし家族を養わなきゃいけないのに、「どうしよう…」って毎日頭抱えている。
今日も面接行ってきたけど、その場で不採用だ。
理由を聞いたら、「やはり40歳という年齢が…」だってさ。
「じゃあ募集要項に年齢不問って書くんじゃねえよ!」って思ったけど、言えずに「そうですよね~」なんて頭下げて帰ってきた。
……自分のヘタレ加減に嫌気が差すよ。
「はぁ…ただいまー」
ため息をつきながら、俺の唯一の安息の地である我が家へ帰宅。
そう言えば住宅ローンの返済もあるんだった、と憂鬱になりながら手洗いうがいして、リビングでテレビつけて、ソファにどかっと座り込む。
……今日も、駄目だった。
へっ、これで通算何回目のお断りだ?
どこも40のおっさんなんて採ってくれやしねぇ。
誰も、俺なんて。
「……はぁ……、……っ、くそがっ!」
「わぁっ!? びっくりしたぁ!」
「!?」
誰もいないと思って鬱憤吐いたら、後ろから誰かの声がした。
「もう、どうしたのまーくん。急に大声出して」
「あ……りっちゃん」
そこにいたのは、「まーくん」こと俺、葛木聖人の最愛の妻である、「りっちゃん」こと、葛木莉子 だった。
ありがとうございました




