味がしないと
自分で考えたものをまとめて、小説として投稿するのは初めてです。
ジャンルはちょっと悩みましたがわからず、謎なので、「その他」にしました。
さらっと読んでいただければあっという間です。拙い文章ですが、ぜひ、どうぞ。
彼女は、何不自由なく暮らしていた。
服を着、食事をし、寝る。
その環境は完璧に整っていて、事足りていた。
彼女は食事が好きだった。
農薬の使われていない材料から作られたできたての料理を、食べる。
おいしい。
大好きな、大切な、食事の時間。
彼女の楽しみ、全てだった。
彼女はある日、風邪を引いた。
ひどい咳が出る。
ひっきりなしに鼻をかむ。
あまりかみすぎると耳によくない気がしたが、鼻の奥からツツーッと伝うように垂れてくる鼻水には、我慢ができなかった。
彼女はその日も、風邪の症状に悩まされながら、食事をした。体が元気だろうがそうでなかろうが、食欲は衰えないし、体もそれを求める。
…味がしない。
味が、しない。
彼女はゆっくりと、口に入れた物を噛みしめてみる。
何も変わらなかった。
しょっぱい、甘い、苦い……なんでもいい、味わえないか、頼む、味…
食べている物がどんな味か知っているだけに、もどかしかった。味がすれば、これは本当はこういう料理なんだ…!
頭でわかっているのでは、食べたことにならなかった。
味を取り込み、感じ、飲み込んで初めて、彼女は食べた気になる。嬉しく、楽しくなる。
彼女は、料理に味を求めていた、という当たり前のような事実を、味を失った今、目の前に突きつけられたことを知った。
味がしなくなった日から、彼女の瞳の輝きは徐々に薄く、弱まっていった。
やがて彼女は感情を失った。
ただ干からびないために飲み、ただ死なないために食べた。
しかし、そうして生への欲求を感じることもしだいに減り、彼女はあてもなくさまようようになった。
足取りはおぼつかず、目はうつろで、半開きの口でかろうじて呼吸している。
そうしてどのくらいの時が経ったかわからない。
いつのまにか、人間としての彼女は消えた。
だが、彼女の変わり果てた姿はどこにでも見られる。
彼女だった人間、人間だった彼女は、今、のっぺらぼうの塀として、建物として、道路として、建てられている、建っている、敷かれている。
日に照らされ、風に晒され、雨に打たれ、造られるのも壊されるのもされるがままに、何も感じず、無表情に、ただそこに、存在している。
お読みいただき、ありがとうございました。