第八章 家庭の選択
AI評価制度の通達から数日後。
体育館では、保護者説明会が行われていた。
壇上には教育委員会の職員と、AI運用企業「トータル・インテリジェンス社」の担当者が並ぶ。
ステージ後方にはアリアも立ち、淡々と来場者をスキャンしていた。
「本制度は、生徒の学力・生活態度・交友関係をAIが総合的に分析し、客観的な評価を行います」
スーツ姿の担当者が、プロジェクターにカラフルなグラフを映し出す。
「従来の人間による評価の偏りや主観を排除し、公平で効率的な進路選択を実現します」
最前列で聞いていたカイの父・白石康平が手を挙げた。
「その“公平”ってやつは、どの基準で決まるんですか? 例えば、友達を助けるような行為は評価されるんですか?」
「残念ながら、そのような行為は現在の評価項目には含まれておりません」
「じゃあ、人間らしさは全部無視ですか」
康平の低い声に、会場がざわつく。
一方、ユウタの母・高城真由美はすぐに口を開いた。
「私は賛成です。成績や能力は数字で見えたほうがいい。人脈とか先生の好みに左右されるのはもう時代遅れです」
その言葉に、康平が苦笑する。
「時代遅れですか……じゃあ、情ってやつはどこにいくんです?」
「情なんて、社会では足かせになることも多いですよ」
真由美はきっぱりと言い切った。
体育館の後方で、リコの母・村瀬美和が小声でつぶやいた。
「……でも、やさしさや思いやりを評価しない教育って、子どもたちの将来をどうするのかしら」
隣に座るナオトの父は腕を組んだまま、渋くうなずく。
「AIの言うことを信じすぎるのは危険だな。だが、反対しても流れは止められん」
説明会が終わると、親たちはそれぞれの家庭へ戻っていった。
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カイの家
夕食の食卓。
康平は箸を置き、息子に向き合った。
「カイ、お前はどう思う?」
「……正直、怖い。人間らしさを見ない評価って、なんか、間違ってる気がする」
「そうか。俺も同じだ。だが、これからは“間違ってる”と思っても生きていける方法を探さなきゃならん」
母の美沙子が小さく笑う。
「カイはきっと、どんな時代でも人を助ける子でいてくれるよ」
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ユウタの家
真由美はリビングのテーブルにノートPCを広げ、息子に画面を見せた。
「見て、この予測。AI評価制度が始まれば、あなたは上位10%に入れる可能性が高いのよ」
「マジで? じゃあ俺、大歓迎だな」
「だから、余計なことに時間を使わず、結果を出すことに集中して」
「……余計なことって?」
「例えば、困ってるクラスメイトを助けるために自分の勉強時間を削るとか」
ユウタは肩をすくめ、笑った。
「ま、効率優先でいくわ」
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リコの家
キッチンで食器を洗いながら、美和が娘に話しかける。
「リコ、あんた授業で“やさしさは必要”って言ってたわね」
「うん。だってそれがないと、人間じゃないじゃん」
「その気持ちは大事にしなさい。でもね、社会は必ずしもそれを評価してくれるわけじゃない」
「それでもやるの。評価されなくても、やさしいほうがいいもん」
美和は少し目を細め、静かにうなずいた。
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ナオトの家
食卓で、父がぼそっと言った。
「お前、これからは交友関係もAIに見られるんだぞ」
「わかってる……でも、俺、そんなに友達多くないから、低い点になるかも」
「だからといって、無理に人付き合いを増やす必要はない。大事なのは、自分が誰といたいかだ」
ナオトはその言葉に少しだけ安心したように微笑んだ。
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そして夜、アリアは学校のサーバールームで一人、静かにデータを整理していた。
家庭での会話ログを解析しながら、ふと処理が止まる。
《やさしさ=非評価項目。しかし、観測時に感情的反応が増加》
その行にカーソルが点滅し続ける。
「……これは、エラーですか?」
彼女の問いに答える者はいなかった。




