第六章 AIの感情?
放課後の廊下は夕焼けに染まり、窓ガラスがオレンジ色に輝いていた。
掃除を終えたカイが廊下を歩いていると、背後から規則的な足音が近づいてくる。
「白石カイ」
無機質な呼びかけに振り返ると、アリアが立っていた。
「なに?」
「先日の授業の件について、追加質問があります」
「授業……“やさしさ”の話?」
「はい。あなたは、“ありがとうと言える人”を評価しました。なぜ、そのような基準を採用したのですか?」
カイは少し考えてから答えた。
「……だって、感謝を口にできる人って、相手をちゃんと見てるだろ? その瞬間だけでも、心がつながるっていうか」
「“心がつながる”とは具体的に?」
「……うまく説明できないけど。言葉じゃなくて、感じるものだよ」
アリアは無表情のまま、ほんの少しだけ視線を下げた。
「感じる……」
その声色は、いつもよりわずかに柔らかかった。
そこへ、リコが教室から顔を出した。
「あれ、カイとアリア? なに二人で哲学してんの」
「別に哲学じゃないよ」カイが苦笑する。
「どうせまたやさしさ論争でしょ? でもいいじゃん。アリア、あんたこの前よりちょっと人間っぽくなった気がするよ」
「人間っぽい……とは?」アリアが首をかしげる。
「前は全部データでバッサリだったけど、今日はちゃんと考えてる感じがしたってこと」
「……解析中です」
アリアはそう言って、わずかに黙り込んだ。
そこへ今度はユウタが廊下の奥からやってきた。
「おーいカイ、お前またアリア口説いてんのか?」
「口説いてねぇよ」
「いや、そうやって二人で話してるとさ、なんかSF映画の主人公カップルっぽいぞ」
「……褒めてるのか?」
「もちろん。俺は応援するぜ、未来の人間AIカップル」
リコが吹き出す。「バカじゃないの」
アリアはしばらく沈黙したあと、ふいにカイをまっすぐ見つめた。
「白石カイ。私はあなたと話すと、処理時間が通常より長くなります」
「え、それって……」
「原因は不明です。エラーではありません」
その言葉に、カイは何となく胸がざわついた。
「……じゃあ、これからも話そうぜ。原因がわかるまで」
「了解しました」
アリアの返答はいつも通り無機質だったが、なぜかその瞳が少しだけ輝いたように見えた。