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第五章 AI時代のやさしさ

翌週の倫理の授業。


 教室の前方には真田先生、その横にはいつものように無表情で立つアリアがいた。

 黒板には大きく「AI時代のやさしさ」と書かれている。


「今日はな、ちょっと面白いテーマだ」

 真田先生は腕を組み、教室をぐるりと見回した。


「AIが社会のほとんどを管理する時代になって、“やさしさ”って必要かどうか。これをディスカッションしてもらう」


 ざわざわと小さな声があがる。


 カイはペンを手に取りながら、前列のリコと目を合わせた。

 リコは「絶対必要派」という顔でうなずき返す。


「じゃあまず……白石、どうだ?」

 突然の指名にカイは一瞬口ごもったが、やがて言った。

「必要だと思います。AIができるのは、正しい答えや効率的な方法を出すこと。でも、人間は……相手の気持ちを感じて動くことができる」


 後方からすかさず声が飛ぶ。ユウタだ。

「でもよ、相手の気持ちなんて正確にわかるのか? AIのほうがデータでちゃんと把握できるじゃん」


「わかるかどうかじゃなくて、“想像すること”が大事なんだよ」カイが返す。


「想像ねぇ……俺は現金のほうが大事だと思うけどな」

 ユウタはニヤニヤと笑いながら机に肘をついた。

 

真田先生は面白そうに二人を見比べる。


「じゃあアリア、お前の見解は?」

「やさしさは非効率です。しかし、社会的安定を保つための潤滑油として、一部の状況では有効です」


 その淡々とした返答に、リコが即座に手を挙げる。

「 “一部”って何ですか?」

「例えば、経済的損失を許容できる場面。家庭内、教育現場などです」

「それじゃあ、学校はその“損失を許容できる場面”なんですね?」

「はい」


 リコは満足げにうなずいたが、教室の半分くらいはまだ半信半疑の顔だった。

 ナオトが恐る恐る口を開く。


「……でもさ、やさしさって、見返りがないときつくない? 俺、この前カイに弁当拾ってもらったけど……あれ、俺得しかしないし」

「それでいいんだよ」カイが笑う。


「でも、俺はちょっと悪い気した」


「それは、お前がちゃんと“受け取れる人”だからだ」


 そのとき、アリアがわずかに首を傾げた。


「 “受け取れる人”とは、どういう定義ですか?」


「うーん……助けてもらったときに、素直にありがとうって言える人、かな」

 カイが答えると、アリアの銀色の瞳がじっと彼を見つめる。


「……理解しました」

 ほんの一瞬、その声に温度が乗った気がして、カイは小さく目を見開いた。


「はい、そこまで!」

 真田先生が手を叩き、議論はひとまず終了した。


「お前ら、今日の議論で正解は出ねぇよ。でも大事なのは、“必要かどうか”を考え続けることだ」

 授業が終わり、生徒たちはざわめきながら教室を出て行った。


 カイは廊下に出る前、アリアの横を通り過ぎながら、小さく「さっきの、ちょっと人間っぽかったな」と呟いた。


 アリアは無表情のまま、ほんの少しだけ首をかしげた。


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