第三章 金儲けの能力と「人間性」
放課後の廊下は、部活へ向かう生徒たちの足音と笑い声で賑わっていた。
だがカイとユウタは、昇降口へ向かう途中、いつものようにだらだらと歩いていた。
「おいカイ、聞けよ」
ユウタはスマホを片手にニヤニヤしながら画面を見せてきた。
そこには株価アプリのグラフが映っており、右肩上がりの青い線が誇らしげに輝いている。
「ほら、父さんがまたAI株で儲けたってさ。昨日だけで二十万アップだぜ。やっぱ金が全てだろ?」
カイはちらっと画面を見てから視線を逸らした。
「……そりゃすげぇけどさ。そんなに金ばっか見て楽しいのか?」
「は? 楽しいに決まってんだろ。金あったら旅行だって車だって女だって選び放題だぞ?」
「でも、そういうのって……結局、満足すんのかな」
「はぁ? お前、何言ってんだよ。満足しないならもっと稼げばいいだけだろ」
ユウタは本気で不思議そうに首をかしげた。
昇降口を出ると、春の風が二人の間を通り抜けた。
夕方の陽射しに照らされるユウタの顔は、やけに眩しく見える。
カイは思わず口をつぐみ、胸の中で言葉を飲み込んだ。
(こいつは悪いやつじゃない。だけど……なんでこんなに価値観が違うんだろ)
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その日の夜。
カイは自宅の小さな花屋の奥で、母の白石美沙と一緒に花を束ねていた。
店内はチューリップやスイートピーの香りで満ちており、窓の外には街灯の光がぼんやりと滲んでいる。
「カイ、今日は静かね。学校で何かあった?」
「……別に」
「ふぅん。でも顔に“何か考えてます”って書いてあるわよ」
美沙は笑いながらカーネーションを花紙で包み、リボンを結んだ。
「……さ、金の話ばっかでさ。みんな、それが人生の全てみたいに言うんだ」
「まぁ、お金は生きていく上で必要だもの」
「でも、それ以外の価値って……ないのかな」
カイの問いに、美沙は少しだけ手を止めた。
そして、窓際の観葉植物に水をやりながら答える。
「あるわよ。人を思いやる心。誰かのために動く気持ち。そういうのはお金じゃ買えない」
「……でも、それじゃ生活できないって言われた」
「生活はできないかもしれない。でも、生きる意味はつくれるわ」
美沙の声は優しかったが、その背中には長年の労働で蓄積した疲れがにじんでいた。
カイは黙って彼女の手元を見つめ、花束の香りを深く吸い込んだ。
「カイ、あんたがどんな大人になるにしても、笑顔だけは忘れないでね」
「笑顔……か」
「そう。笑顔は、金よりもずっと人を動かすのよ」
その瞬間、昼間アリアが言った「笑顔も幸福度を高める」という言葉が、ふと頭をよぎった。
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夜遅く、自室に戻ったカイはベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
ユウタの笑顔、美沙の笑顔、そしてアリアのあの機械的な微笑み――全部が頭の中で混ざり合っていく。
それは、金額やランクで測れない何かだった。
(……やっぱ、俺はそっちを信じたい)