第一章 夢も希望もない教室
お金持ちを目指せ!
人間性よりお金! やさしさよりお金!
日本の教育は間違っていない!
四月。桜は満開だった。
風が吹くたびに花びらが舞い上がり、校庭をピンク色の渦に変えていく。
――にもかかわらず、私立・東都未来高校の3年C組の教室には、妙な重苦しさが漂っていた。
窓際の席に座る白石カイは、頬杖をついて外をぼんやり眺めていた。
黒髪が少し伸びて額にかかり、無造作なシャツの襟はよれている。几帳面さとは無縁の格好だ。
彼の視線の先には、部活帰りの一年生らしい生徒たちが、桜の下で笑い合っている姿があった。
(あいつら、まだ知らないんだろうな……この一年の重さを)
「おーい、カイ!」
突然、背後から声が飛んできて、カイは振り返った。
そこには、茶色に染めた短髪を逆立て、笑顔だけはやたらと眩しい水城ユウタが立っていた。
「何だよ、朝から元気だな」
「元気出すしかねーだろ、今日はビッグイベントだぜ!」
そう言って、彼はA4サイズの紙束を手にしていた。
「ほら、来たぞ。“AI就職適性テスト”の結果だ」
「……それ、別に見なくても予想つくけどな」
「何言ってんだ。お前、自分の価値を知らないでどうすんだよ」
ユウタはニヤニヤしながら、紙をカイの机に叩きつけた。
渋々カイはそれを手に取った。
印字された文字が視界に入る。
《あなたのAI活用力:Cランク。収入予測:年収280万円》
予想通りの数字に、カイの胸はまったく動かなかった。
「ほら見ろ、俺はBランク! 年収予測500万! どうよ」
ユウタは得意げに胸を張る。
「で、それで何になるんだ?」
「決まってんだろ。金があれば人生安泰、女も寄ってくるし、親も大喜びだ」
「……ふーん」
カイの素っ気ない反応に、ユウタは眉をひそめた。
「お前さ、もっとこう……悔しがれよ。Cランクとか、将来やべーぞ?」
そのやり取りを、前の席の田村リコが振り返って聞いていた。
長い髪をポニーテールにまとめ、真面目そうな表情の彼女は、小さくため息をつく。
「ねぇ二人とも、声が大きい。……でもカイの気持ちもわかるよ」
「お、田村先生、どっち派だ?」ユウタが笑う。
「派とかじゃなくて……この数字だけで人生決まるって、おかしくない?」
その言葉に、教室の隅で数人が小声で同意した。
「まぁ……でも数字は数字だしな」
「親、絶対うるさく言ってくるわ……」
カイは窓の外に目を戻し、ぼそっとつぶやいた。
「金、金、金……そんなもんで俺らの価値が決まるのかよ」
そのつぶやきは、昼下がりのざわめきの中にかき消されていった。
ふと前方を見ると、黒板の上には「夢・希望・進路」という文字が貼られている。
皮肉のように、その言葉は今の教室にまったく響いていなかった。