元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第2章(13終)聖鳥に乗って
今さら感はあるが、イアナ嬢が王都に来ているのがクソ王子ことカール第一王子にバレた。
やばい。
イアナ嬢はクソ王子の命令で辺境の地ノーゼアに飛ばされていた。
だが、彼女は今ノーゼアではなく王都にいる。
王族の命令を無視したとなれば一大事だ。
下手をするとイアナ嬢だけでなく彼女の実家であるグランデ伯爵家にも害が及びかねない。
「えっと、あたしは……」
「その者はメラニア様の命令で一時的に王都に戻しました」
「……!」
「ほう?」
マイムマイムの言葉にイアナ嬢が息を呑み、クソ王子が興味深げに眉を上げる。
「それもあれか、目的のエンディングとやらのためか」
「彼女も一応は元次代の聖女。メラニア様程ではありませんがそれなりの力を持っています。そして、そんな彼女にメラニア様の命で従わせ悪魔を討伐させれば……」
「どちらが聖女として相応しいか明確になるというものだな。此度の悪魔討伐、命じたのはメラニアだ。この女はそれに従ったにすぎん。誰が何と言おうとこの事実は覆らん」
クソ王子は大きくうなずき、喜色を浮かべた。
「わかった。ならばこいつが俺の命令を無視した件については不問としよう。」
「さすがは殿下、その懐の深さにこのマイムマイム、畏敬の念を抱かずにはいられません」
「世辞はもういい」
クソ王子の声音が低まった。
俺たちに鋭い眼光を向けてくる。
「数日の猶予を与える。その間に王都から出て行け。春先の大規模討伐の時にでもまた使ってやる」
「殿下は春先の大規模討伐の際にノーゼアへご来訪される予定です。その時に殿下のご期待に添えるようせいぜい励みなさい」
「……」
えっ、嫌ですけど?
とはもちろんこの場では言えず。
てか、マイムマイムはどうしてイアナ嬢を庇うようなことを言ったんだ?
メラニアを聖女にしたいのならイアナ嬢は邪魔なはず。
確かにあの女の命令でネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)を討伐させたなら人々はイアナ嬢よりあの女の方が上の立場だと思うかもしれない。
民意が全てではないしむしろ貴族や王族、それ以上に教会上層部の意向が聖女継承に反映される。
王都に不在のイアナ嬢より教会の改革などで実績を上げているメラニアの方が有利になっているのは明らかだった。
そこに来ての今回の一件。
イアナ嬢がメラニアより下だと印象づけられればメラニアの聖女継承はほぼ確定になるのかもしれない。
おまけにイアナ嬢は聖女になることへの執着が薄い。
あ、うん。
これこのまま放っておくとあの女が聖女になってしまうんだろうなぁ。
俺的にはすっげぇ嫌なんだけど。
「殿下」
俺が嫌悪感を膨らませているとマイムマイムはクソ王子に声をかけた。
「メラニア様のご命令があったとはいえこの者たちは悪魔を倒しています。今後、たかだか冒険者の分際でデーモンスレイヤーなどと名乗り己の立場もわきまえず奢らないとも限りません」
「そうだな、こういう奴らはすぐに調子に乗る。実に愚かしいことだ」
「……」
いやすぐに調子に乗るのはお前だろ。
お嬢様がまだ婚約者だったときに何度それでたしなめられた?
心の中でつっこんでいるとマイムマイムが言った。
「どうでしょう。ここで一つ殿下がより強者であることをこの者たちに示してみては」
「ふむ」
クソ王子が中空を眺めながらしばし考える。
やがてその口許が緩んだ。
「いいだろう。それで俺は何をすれば良い?」
「この者たちは宰相の弟に取り憑いた悪魔を倒しました。なので殿下が宰相に憑依した悪魔を討った時に用いた力を見せつけるのが宜しいかと」
「わかった」
クソ王子がうなずき、右手を上げた。
この場に急激な魔力波動が生じる。
クソ王子を中心として膨大な魔力が膨らんでいくのがわかった。バチバチとクソ王子の右手に火花が散り空間を穿つように異空間へと繋がる穴が開いていく。。
その穴から剣が出て来た。かなり大きい。
しかも、何だか禍々しい。
両刃の大剣は黒く、柄に漆黒のように黒い石が填まっていた。黒曜石、いや違う。おそらくは魔石だ。
数度その魔石が点滅すると刀身から闇のようなオーラが浮かび上がってくる。
オーラが腕に絡みつくのも構わずクソ王子は大剣を天に掲げた。
「……」
良かった天井が高くて。
危うく剣の切っ先が天井に当たるところだったよ。
じゃなくて!
えっと、何だこのやばそうな大剣は。
「メラニアはドラゴンの魔石を触媒として奇跡を起こした」
クソ王子が得意気に説明しだす。
「その奇跡により生み出されたのがこの聖剣ダークブリンガーだッ! 見よ、この神々しさ。この荒々しい魔力の波動。これこそ真の強者である俺に相応しい剣だとは思わんか?」
「何度目にしても惚れ惚れとしてしまう剣です。これこそ殿下のためにあるような武具。聖剣ハースニールなどという紛い物とは比べようもありません」
盛り上がるクソ王子とマイムマイム。
「……」
いやいやいやいや。
それ絶対聖剣じゃないだろ。
むしろ魔剣じゃね?
あの女、何て物をこのクソ王子に与えてるんだよ。
あと、ドラゴンの魔石は自分を聖女にするために使ったんじゃなかったんだな。
よもやこんな使い道があるとは。
「どうだ、凄いだろ? これこそが悪魔を滅ぼした聖なる剣だ。真の次代の聖女の奇跡によりこの国の次期国王となる俺のために生み出された最強にして至高の聖剣。お前ら冒険者風情には決して手に入れられぬ代物だ」
「……」
いや、だからそれ魔剣ですって。
たぶん、きっと……もしかしなくても100%確定で魔剣です。
とかつっこんだら怒るんだろうなぁ。
ぶんぶんとクソ王子が魔剣、いや王子的には聖剣のダークブリンガーを振り回す。
これすげぇ魔力あるし一振りするだけでも結構な余波が衝撃となるはずなんだけど一切被害が出ないんだな。この部屋、いや王城ごとぶち壊しそうなんだが。
あ、そうか。
こいつもシュナの聖剣ハースニールと同類なのか。つまりはご都合主義ウェポン。
じゃあラ・ムーことおばちゃん精霊みたいなのもいるのかな?
俺は自分の中の「それ」とリンクして視てみた。
「……」
ワォ。
いたよ、いましたよ。
クソ王子の頭の上に真っ黒なライオンみたいな奴がいましたよ。
なーんか貴族の上着のような物を着ていてふんぞり返っているよ。
えーと、あの背中に生えているのはコウモリの翼かな?
よく見ると頭に羊のそれに似た角があるな。
「……」
あ、あれ?
精霊じゃない?
ひょっとして悪魔?
俺が戸惑っていると黒いライオンがにやりとした。
キーンと耳障りな音がしたと思ったら視界が灰色に染まる。
えっ、何?
灰色の世界の中で黒いライオンが笑みを広げた。
「久しいな、憤怒」
「……」
うわっ、喋った。
こいつ話せるのかよ。
しかもどこか声がダンディーだ。
あと、憤怒って?
ひょっとして俺の中に宿っている怒りの精霊のことか?
「今の吾輩ではそう長く話ができん。手短に話すからしかと聞け」
「……」
こいつもしかして時間を止めている?
やべぇ、こいつと今やり合ったら確実に負ける。
俺、止まった時間の中で動けないし。
「現在、吾輩は不可避の力によって魔剣ダークブリンガーに縛られている。主はこの頭の悪そうな王子だ。どうせなら可愛くてナイスバディの女の子が良かったのに。こう、胸がどーんで腰のくびれがきゅって感じの」
「……」
おや?
なーんかちょい変だぞ。
こいつ悪魔とかじゃないのか?
俺の思考を読んだのか黒いライオンが顔を顰めた。
「吾輩が悪魔以外の何だと思ったのだ? 吾輩は傲慢のラ・バンバ。ナインヘルズ第7層の君主級悪魔であるぞ」
「……」
「吾輩のことは閣下と呼ぶがよい」
「……」
いや名乗られても困るんだけど。
俺、悪魔のことそこまで知らないし。
ナインヘルズ? 何それ?
それと閣下、て。
黒いライオンが驚いたらしく目を丸くした。
「何と、ナインヘルズすら知らぬのか。そのような愚か者に憤怒が憑いているなど信じられん」
信じられん、て。
そこまで驚くことじゃないような。
あんただって人間の世界のことを全て知ってる訳じゃないんだろ?
「ま、まあそうだが。うむむ、これは面倒な。おまけに憤怒も口を利かぬときた」
俺の中の精霊はほとんど喋らないぞ。
怒れ、て煽ってくるだけだ。
「まだ力を完全に取り戻しておらぬということか。憤怒ならば吾輩を解放できると思ったのだがな」
そうなのか?
そいつは残念だったな。
俺もあんたみたいなやばい奴がいなくなってくれたらそのクソ王子も少しは大人しくなってくれるかもって思うんだが。
「ままならぬな。だが、いつかは機会もあろう。その時にはぜひ頼む」
自力でどうにかできないのか?
「吾輩を縛る力は強大だ。竜の核を触媒にしているからな。それも一つや二つではない。複数の核を……」
いきなり灰色の世界に色彩が戻った。
クソ王子の頭の上にいたラ・バンバがマイムマイムに首の後ろを掴まれている。
ぶらーんとなったラ・バンバが黒いライオンの人形の如く動かない。何かに諦めた表情でされるがままになっていた。
「殿下」
マイムマイムが冷たい声音で告げた。
「もう十分殿下の力を示せたでしょう。それにダークブリンガーがいかに聖剣であったとしても万が一ということもあります。御身のためにももう収めるべきです」
「そうか。まあマイムマイムがそう言うのならこのくらいにしておこう」
クソ王子が再び異空間の穴を開いてダークブリンガーをその中に入れた。
マイムマイムが手を離す。
引っ張られるようにラ・バンバが穴の中に吸い込まれて消えた。そして、穴が閉じる。
俺たちが呆けているとクソ王子の愉悦に満ちた声が響いた。
「どうだ、これが俺の力だ。この力で俺は悪魔を倒し国の一大事を救った」
「殿下はこの国の英雄です。その妃となられたメラニア様は真の次代の聖女。勇者も偽者の聖女も要りません。この国は殿下たちによって永遠の反映を築くのです」
**
あてがわれていた部屋に戻った俺たちを待っていたのはポゥとファストだった。
ローテーブルを挟んで向き合っている。
まあ正確にはポゥがローテーブルの端にいるのだが。
ファストはソファーに寝転んでいます。そりゃあもうくつろいでいることくつろいでいること。まるでこの部屋の主のようですね。
ローテーブルの上には何かの盤。いやこれどっかで見たぞ。
どこでだっけなぁ。
「あ、これエミリアさんの教会にあったリバーシ」
「……」
うん。
そうだね。そういやちょっと前にお嬢様が暇潰しにいいからって作ってたね。
試しにブラザーラモスと対戦したらやたら強くて一度も勝てなかったってお嬢様がぼやいていたね。
つい遠い目をしてしまったよ。
盤上には白と黒の駒があって白が大半を占めていた。四隅も白に取られている。
ああ、これ黒はもう駄目だな。
つーかファストとポゥでやってるのか? 精霊王なんだから少しは手加減してやれよ。
とか思っていたらポゥに不満そうな目で睨まれた。何故だ。
「えっと」
言い難そうにイアナ嬢が指摘する。
「もしかしてポゥちゃんが白?」
「……」
「ポゥ」
ファストが目を逸らし、ポゥが得意気に鳴く。
「……」
イアナ嬢が苦笑したまま固まった。
ファストが無言で収納を使いローテーブルの上を片づける。
目を見開くポゥ。しかしもうリバーシの盤はない。
「わぁ、ひでぇ」
「ポゥッ!」
俺とポゥが批難するがファストは素知らぬ顔だ。最低だな。
「あーその何じゃ」
ファストが明後日の方向を向きながら咳払いした。
「お主らの銀玉と円盤を作ったのでな。持ってきてやったのじゃ」
「ああ、そいつはすまないな」
「あ、ありがとうございます」
ネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)との戦いの後、俺とイアナ嬢は臨時クエストの報酬として大量の経験値と熟練度をゲットしていた。
その結果俺たちはオールレンジ攻撃を進化させてそれぞれ「サウザンドナックル」と「クイックアンドデッド」を使えるようになっている。
オールレンジ攻撃に用いる専用魔道具には特殊な素材が必要だ。そのため俺はファストにミスリルゴーレムから得たミスリルのほとんどを追加で渡し作成を依頼していた。
なお、俺の分だけではなくイアナ嬢の分も頼んでいます。一応パーティーの仲間だしね。
「次代の聖女の円盤はそうでもなかったがお主の銀玉は手間じゃったのう」
「銀玉を作るのなんて一瞬なんだろ? さして手間でもないだろうに」
「お主、同じ物ばかり900個も作るのじゃぞ。幾ら一瞬とはいえそんなもの飽きるわ」
ファストにジト目で睨まれた。
受け取った銀玉と円盤をそれぞれ収納する。
「さて」
俺は一息ついて言った。
「クースー草の報酬も貰ったし、ノーゼアに帰るか」
「そうね」
イアナ嬢が首肯した。
「あたしがここにいるって知ったら突撃して来そうな連中もいるでしょうし。うるさいのが来る前におさらばするべきよね」
「そんな連中がいるのか?」
ケチャたちのことが頭をよぎるが俺はすぐに否定する。
たぶん当面はあいつらがイアナ嬢を狙うことはないだろう。
絶対にないとは言い切れないが可能性としてはかなり低まっているはずだ。
あいつらは……いやメラニアは聖女になる以上のことを望んでいる。
目的のエンディング。
それが何かはわからないがただ聖女になるということだけではないだろう。
悪魔討伐の件でもイアナ嬢の存在を利用するようだし、そんな中でイアナ嬢を暗殺したらどんな不利益になるかメラニアだってわかっているはずだ。
それにイアナ嬢だってパワーアップしている。そう簡単には殺られないぞ。
コンコン。
ドアをノックする音に俺とイアナ嬢は顔を見合わせた。
誰だ?
この時間に予定はないわよね?
無言で疑問を交わしつつも来訪者を出迎える。
栗色の髪の気弱そうな侍女さんがいた。初めて見る顔だ。
「あ、あの、急で大変申し訳ありませんが……」
「騎士しゃま」
可愛らしい声が侍女さんの背後から聞こえた。
「……」
てか、噛んでたよな?
声の主が顔を赤くしている。
ちらちらと上目遣いでこちらを見てくる姿はちょっとそっちの趣味がある奴ならイチコロに違いない。
俺もちょいやばかったのは内緒だ。
あ、でもロリコンじゃないからな。
て。
俺は廊下に出て周囲を見回した。
もちろん危険人物を探すためだ。
「……」
いない。
よ、良し。
とりあえずトラブル回避。
「どなたかお探しですか?」
「ひっ」
不覚にも小さな悲鳴を漏らしてしまった。
何でこの人部屋の中から声をかけてくるんだよ。おかしいだろ?
俺は振り向いてリアさんを睨んだ。
泣き黒子が色っぽくてそそるけど姫様大好き過ぎて全て台無しにしちゃってる闇の精霊王は俺の睨みなど意に介さずシャルロット姫を片手で抱き上げる。
お姫様に優しく微笑んでからリアさんは栗色の髪の侍女さんに命じた。
「後は渡しがやります。下がってください」
「はい」
栗色の髪の侍女さんはシャルロット姫と俺たちに礼をするとやや足早に立ち去った。何かに逃げるような感じだったけど……リアさんからか?
「あーあ、リアに内緒で離宮から抜け出したのに」
シャルロット姫がぼやく。
なるほど、侍女さんのあれはやはり逃げたのか。
「闇のは相変わらずじゃのう」
「ポゥ」
「そうですね。迂闊に近づくと巻き込まれますからあたしたちは少し離れていましょう」
ファスト、ポゥ、イアナ嬢。
「うふふふふふふふ」
黒いオーラこそないが微笑みがやたら不穏なリアさん。
俺は悪寒を覚えながらも。
「な、何か御用ですか?」
「用がなければ来ては駄目ですか?」
シャルロット姫の表情が曇る。
その頭を軽く撫でてリアさんが言った。
「姫様に来るなと拒める愚か者などこの世にいませんよ。仮にいたとしても私が秒で滅ぼします」
「またリアはそういう物騒なことを言って……おかしな冗談はめっですよ」
「……」
ん?
ひょっとしてシャルロット姫はリアさんの正体に気づいてない?
俺がそんなふうに思っているとリアさんがウインクした。
おっと、これは予想的中か。
でも異空間であんなにやらかしていたのにバレないもんだなぁ。
すぐ寝ちゃったけどシャルロット姫が起きてた時間もあっただろうに。
「あやつ、よもや記憶操作をしておらぬじゃろうな」
「……」
ファスト。
めっちゃやっていそうで怖いよ。
リアさんだからなぁ。
「騎士様」
シャルロット姫がもじもじしながら。
「お礼が遅れてしまいましたが……わ、私のために特効薬の材料となる薬草を採って来てくれてありがとうごじゃいました」
「……」
惜しい。
あともうちょいってところで噛んじゃったよ。
あーあ、そんなに赤面しなくてもいいのに。可愛いけど可哀想。
いやこの場合可哀想だけど可愛いなのか?
あと俺騎士じゃなくて冒険者なんだけど。
ま、いいや。
俺はシャルロット姫に笑いかけた。
「もったいないお言葉です。姫様が快癒されてこちらも大変嬉しく思います」
「……ジェイ」
「はい?」
俺が応えるとシャルロット姫が口角を下げた。
明らかに機嫌を損ねた口調で名を呼ばれ、俺も若干声が頓狂になる。
え?
俺、何か失礼なことした?
「姫様じゃなくてシャルって呼んでくだしゃい。わ、私も騎士様のことをジェイって呼びましゅから」
「……」
すげぇ顔赤いけどこの子大丈夫かな?
熱でぶっ倒れたりしないよな?
ま、まあリアさんが抱いてるから倒れる心配はないんだろうけど。
じゃなくて!
「ええっと、姫様にそんな呼び方をしたら不敬になるのでは?」
「私がしょれで良いと言っているんでしゅ」
噛み噛みだな、とか思ったのは内緒にしてあげよう。
それが大人の優しさってもんだ。
それとリアさん。
俺をそんな視線で射殺さんばかりに睨むのは止めてください。
めっちゃ怖いです。
……て、うわっ。
何か黒いオーラを出してきやがった。
やばいやばい。
「姫様」
にっこり。
「その者は野蛮で不定期収入で将来性の欠片もない冒険者ですよ。そんな裏通りの吐瀉物以下の存在相手に姫様が親しくする必要はありません」
「……」
リアさん、そこまで言うの?
酷くない?
怒れ。
わぁ、俺の中の「それ」が煽ってきたよ。
まあ無視するけどね。
リアさんみたいなやばい相手とやり合うなんて絶対に無理。
死ぬから。
命が幾らあっても足りないから。
つーか滅ぼされかねないから。
などと考えているとリアさんがふっと笑んだ。
優しい声音で。
「まあ一応姫様の命の恩人ですからね。わかりました、姫様のお心のままにしてください」
「だそうでしゅ」
シャルロット姫が嬉しそうに告げた。
どうやら今後は「ジェイ」「シャル」と呼び合う関係になったようだ。
「……調子こいて彼氏面したら魂ごと滅ぼしますからね」
「……」
リアさん。
怖いよ。
俺はシャルロット姫との距離感を絶対に間違えないようにしようと心に決めた。
ま、俺はロリコンじゃないから大丈夫だけど。
大丈夫だよな?
**
「さて」
たっぷり俺に恐怖感を植えつけるとリアさんはシャルロット姫に言った。
「姫様、離宮からここまでの移動は大変だったのではありませんか?」
「別に大変ではありませんでしたよ」
急に話題が変わってシャルロット姫が頭に疑問符を浮かべた。
「何でそんなこと訊くのでしゅか?」
「もちろん姫様のお身体を心配しているからです」
にっこり。
「……」
リアさんの笑顔が胡散臭い。
「ああいう時のあやつは大抵何かあるのじゃ」
「ポゥ」
「そうですね。あたしたちはあくまでも関わらないようにしましょう」
ファスト、ポゥ、イアナ嬢。
つーか、こいつら余計なコメントするくらいならリアさんを何とかしてくれよ。
「姫様、お疲れではありませんか? お疲れですよね? 私にはちゃんとわかってるんですよ」
「えっと、全然疲れてなんていないんでしゅけど」
少しずつリアさんの圧が強まってくる。
ああ、シャルロット姫が戸惑ってる戸惑ってる。
というかなーんか魔力を感じるんですけど。
あの人、何かしてる?
「大丈夫です。たとえ姫様がここで眠ってしまわれてもこの私が離宮までお運びいたしますので」
「えっ、でも私眠くにゃんて……」
「おやすみなさい」
「……」
かくん、とシャルロット姫の頭が糸の切れた人形のように垂れた。
すーすーと小さな寝息を立て始める。
リアさんがこれこの上なく満足したようにうなずき、それから俺へと視線を向けた。
「ジェイさん」
「はい」
思わず俺は姿勢を正してしまう。
つーか身体が勝手に直立不動になるくらい怖いよ。
実は闇の精霊王ではなく闇の魔王だったというオチはないよな?
「この度は私の姫様を助けていただき本当にありがとうございました」
シャルロット姫を片腕で抱いたままリアさんが深々と頭を下げる。
何を言われるかと戦々恐々としていた俺だったのだが……はい?
この人今何て言った?
私の姫様?
私の?
俺がぽかんとしていたからだろう、リアさんは不満そうに唇を尖らせた。
「私が姫様以外に頭を下げるなんてそうそうないんですよ。それなのにその反応はないんじゃないですか?」
「仮にも侍女の真似事をしておるのにあの王女以外に頭を下げぬなどどれだけ尊大なんじゃ?」
「ポゥ」
「そうですね。全員にペコペコしろとは言いませんが特定の相手にしか頭を下げないという姿勢は良くないですよね」
ファスト、ポゥ、イアナ嬢。
いやお前ら関わらないんじゃないのかよ。
中途半端にコメントしてくるくらいならちゃんと相手しろよ。
リアさんが深くため息をつく。
「お礼に闇の精霊結晶の在処を教えてあげようと思ったんですけど」
「闇の精霊結晶?」
そういやモスが大地の精霊結晶を欲しければナザール丘陵に行けって言ってたな。
今のところその予定はないが。
めんどいし。
「ジェイさん、精霊結晶が欲しくないんですか?」
リアさんが眉を顰める。
おっと、もしかして俺顔に出てた?
でも大地のも闇のも、ついでに風のも精霊結晶に興味ないんだよなぁ。
それにただ行けば貰えるって訳でもないんだろうし。
「お主、風の精霊結晶も要らぬとか思っておらぬじゃろうな」
「ポゥ」
「そうですね。水の精霊結晶の時にも新しい能力を得られたんですから他のもきっと凄いんでしょうね」
ファスト、ポゥ、イアナ嬢。
……お前ら三人セット(?)でコメントしてくるのそろそろ止めない?
とか俺が思っていると。
「精霊結晶は魔導師なら喉から手が出る程欲しがる物ですよ。一つあるだけでも膨大な力を得られるんです。それをどうして要らないとか思えるんですか」
「……」
いやそんなこと言われても。
俺、魔導師じゃないし。
「まあいいです。ちなみに闇の精霊結晶はアーデス領とオルトン領の領境にあるシュベルツェ渓谷の神秘の洞窟の最深部にあります。そこの守護者はなかなかに手強いはずですからジェイさんにも楽しめるはずですよ」
「神秘の洞窟!」
イアナ嬢が食いついた。
「それって本当に存在していたんですか?」
「……」
おや、イアナ嬢は知ってるのか。
俺は初耳だな。
シュベルツェ渓谷と言えばミステリーダンジョンが有名だ。噂によるとまだダンジョンの入口がどこかはっきりしていないとか聞いたぞ。
あのあたりはいつも霧が立ちこめていて探索も大して進んでいないんだとか。
「ジェイさんが何を考えているかわかりませんが」
リアさん。
「神秘の洞窟とミステリーダンジョンは一緒ですよ。ウィル教の信徒は神秘の洞窟と呼んでいるみたいですね」
「で、そこはどのくらいの難易度なんだ」
一応訊いてみた。
今は行く予定がないけどこの先どうなるかわからんからな。知識として知っておいても損はないだろう。
「難易度ですか? そうですね、ネンチャーク男爵と戦った時よりちょっとだけ手間かもしれませんね」
「たぶん冒険者ギルドも同じだと思うけどウィル教の教会で定めた神秘の洞窟の難易度はランクAよ」
イアナ嬢。
「毎年何人かの僧侶が修行のために向かっているのよ。ほとんどは入口を見つけられずに戻って来るんだけど」
「その人たちはそもそもの資格を持っていなかったんでしょうね」
「資格?」
俺が尋ねるとリアさんがうなずいた。
「ええ、資格の有無で神秘の洞窟の入口を見せたり隠したりしています。あの霧は自然現象ではなく魔法的な物ですので」
「お主、アーワの森を探索したのじゃろ?」
ファスト。
「あの森に迷いの魔法がかかっているようにシュベルツェ渓谷にも動揺の魔法がかかっておるのじゃ。あれをレジストしたり無効化したりするのはそこいらの人間にはまず不可能じゃな」
「……」
わぁ、めんどい。
ますます行く気が失せたよ。
だが、俺のそんな気持ちなんて一切シカトしてリアさんは告げた。
「闇の加護を得ているか否かが資格の有無となります。ということでお二人には私から加護を授けておきますね」
「えっ、要らない……」
と、俺が拒否ったのに。
『確認しました!』
『闇の精霊王リアがジェイ・ハミルトンとイアナ・グランデに加護を授けました』
『これにより毎時5%魔力が回復します』
『なお、この情報は一部秘匿されます』
「……」
もう何と言ったら良いのか。
あーあ、イアナ嬢がすっげぇ嬉しそうにしているし。
リアさん自身はアレだけど精霊王には違いないからなぁ。
精霊王からの加護なんてそう簡単に得られるものじゃないだろうし。
でもなあ。
俺的には釈然としないんだよなぁ。
つーか、要らない?
後で面倒なことになっても困るし。てか面倒事に巻き込まれる予感しかしない。
「ジェイさん」
リアさんの声が冷たい。
「もしかして、私の加護はご迷惑ですか?」
「……」
俺、すげぇ睨まれてるんですけど。
これ「はい」とか答えたら滅ぼされるんじゃね?
**
「はっはっは、相変わらずリアは怖いなぁ」
突然、男の声がした。
空間が歪んだと思うとすぐにそこから騎士服を着た見覚えのある人物が現れる。
ロッテ分団長だ。
「やあ、あの時はどうも」
「……」
俺、声が出なかったよ。
てか、やっぱりこうなるんだね。
もう名前の段階でその可能性を危惧していたよ。
けど、それでも、これは無理があるんじゃないの?
あまりにも展開がご都合主義なんじゃね?
「おや、そんなにこっちを見てどうしたんだい? 悪いけど私にそっちの趣味はないよ」
「いや俺もないし」
妙な誤解をされかけ俺は即答した。
「てか、あんたは騎士団の分団長なんじゃないのか?」
「はっはっは、それは世を忍ぶ仮の姿だよ。リアだって侍女をしているだろう? 私が騎士をしていてもおかしくないじゃないか」
「……」
ワォ。
そう来たか。
でも確かマルソー夫人の八番目の息子ってことになってたよな。
養子って話だけどそういうのもアリなのか?
俺の疑問は全て承知しているといったふうにロッテ分団長は鷹揚に首肯した。何だか態度がでかくてムカつく。
「マルソー夫人は私の守護も得ているからね。ラ・ブームだけでは不可能な能力も私の守護のお陰で使いこなしているだろう? そう、例えば異空間への転移とか」
「ああ」
そういやそんなことしていたな。
あれてっきりラ・ブームのご都合主義能力だと思ったよ。
「もっとも、人間のふりをしていた私に声をかけて養子にしたのはマルソー夫人だけどね。私も面白そうだったし彼女を気に入ったから正体を隠して養子になったのだが。楽しさや好みに忠実なのは仕方ないだろう? 私は精霊王なんだよ」
「……」
精霊王ってまともな奴がいないのか?
あ、うん。
リアさんとかロッテ分団長に比べたらファストはまともな方かもな。
「お主」
と、ファストが俺をじっとりと見てくる。
「妾はこやつらより遥かにましじゃ」
「こやつらって、私をロッテと一緒にしないでください」
リアさんが抗議してきた。
「はっはっは、それはこちらのセリフだよ」
ロッテ分団長は笑っているけど目が笑ってない。
リアさんが厳しい眼差しをロッテ分団長に向けた。ロッテ分団長も表面的には笑顔だが負けていない。
「あなたは黙っててくれませんか? おばさん好きの変態とは口を利きたくないのですが」
「おやおや、ロリ好きの変態にそんなこと言われるとは心外だね」
「あなた分団長の時はまっとうな喋り方をする癖にそれ以外では地が出ているんですよ。二重人格ですか? 変態の上に二重人格だなんて救いがないですね」
「仕事とプライベートをきっちり分けていると言って欲しいね。リアこそあの子の生まれ変わりに執着していて見ているこっちが気持ち悪くなってくるよ。ロリコンなだけでなくストーカーとは精霊王でなく人間だったら間違いなく騎士団の世話になっている案件だね」
「そうですか。でもお生憎様。私、精霊王ですので」
「知ってるよ。ロリコンでストーカーな精霊王さん」
「そっちは変態で二重人格の精霊王ですね。そんなにあのおばさんが好みですか? はっ、まさかマザコンも発症しているとか?」
「マルソー夫人はまだまだ若いよ。ロリしか知らない奴にはあの魅力がわからないんだろうね。可哀想に」
「あなたこそ姫様の魅力がわからないなんて可哀想を通り越して存在の意義を疑いますね」
「はっはっは」
「うふふふふふふ」
「……」
あれだ。
こいつら顔を合わせたら駄目だ。
収集がつかん。
俺が軽く目眩を覚えていると不意にロッテがこちらに話を振ってきた。
「ジェイ、君さっきリアから加護を授かっていたね」
「えっ? あ、ああ」
ほとんど強引に加護を授与されたんだがな。
ロッテがパチンと指を鳴らす。
「よし、それなら私は君に祝福を授けようじゃないか。加護なんてみみっちいものよりこっちの方がよっぽど有難みがあるだろう?」
「はぁ?」
ロッテはイアナ嬢にも向き。
「そちらの次代の聖女にも祝福をあげよう。私はどこぞのロリコンでストーカーな精霊王と違ってケチ臭くないからね」
「えっ、あたしも?」
「遠慮することはないよ。それに光属性と聖女は相性もいいからね」
「……」
おい。
そんなホイホイと祝福を与えていいのかよ。
と思ったのだが、あの天の声が聞こえてきたので口に出すのは止めた。
『確認しました!』
『光の精霊王ロッテがジェイ・ハミルトンとイアナ・グランデを祝福しました』
『これにより以降物理防御力・魔法防御力・各種抵抗力が50%アップします』
『また闇属性の敵に対して物理攻撃力・クリティカル率が25%アップします』
『ジェイ・ハミルトンに能力「シャイニングナックル」が追加されました』
『マジンガの腕輪(L)に魔力を流すことで瞬間的に攻撃力をアップさせて拳での一撃死を可能にします』
『この能力で消費する魔力は熟練度によって変化します』
『なお、この能力は魔法一つ分の発動としてカウントされます。ご注意ください』
『イアナ・グランデに能力「ホーリーブラスト」が追加されました』
『この能力を発動すると甲過半以内の光属性以外の敵を一掃できます』
『なお、消費する魔力は熟練度によって変化します』
『またこの能力は魔法の発動一つ分と同等の扱いとなります。ご注意ください』
『……』
おや?
また天の声が黙ったぞ。
俺がそんなふうに思っているとしばらくしてからいかにも駄目出しする感じで天の声が再開した。
『ブブーッ!』
『女神プログラムのルールに抵触するため「シャイニングナックル」と「ホーリーブラスト」の能力追加はキャンセルされました』
『何でこんなバランスクラッシャーな能力を与えようとするかなぁ?』
『ロッテ、後でちょーっとお話しましょうね』
ロッテ分団長の顔が蒼白になる。
あ、リアさんが何か愉快そう。
ニヤニヤしてる。
『リアもロッテの後でお話したいから覚悟しておいてくださいね』
「ええっ?」
たぶん自分は関係ないと踏んでいたのだろう。リアさんが天の声に対して猛烈に反抗した。
「どうして私が呼び出しを食らわないといけないんですか。私、全然悪いことなんてしていませんよ。ルールだってちゃんと守ってるじゃないですか。私みたいに真面目な精霊はそうそういないと思いますけど」
「……」
リアさん。
あなたほどやらかしている人がどの口でそんなこと言ってるんですか。
ちょっとおかしくないですか?
とか俺が内心思っていると天の声が「ふふふ」と笑った。
『リア、引きこもり期間が長かったからですかね? お話で済ませるのではなく少し調整した方がいいのかしら?』
「なっ」
リアさんがめっちゃ動揺してる。
いや、リアさんだけじゃない。
ファストまで真っ青になって震えているぞ。
ロッテ分団長なんてしゃがみ込んで頭を抱えちゃってるよ。
うん。
すっげぇ恐ろしいことが待ってるってのはよーくわかった。
ご愁傷様。
*
皆が落ち着いてから俺たちは王都の北門に移動した。
ちなみにポゥはイアナ嬢に抱っこされています。自分で飛べよ。
「カール王子は数日待ってくれるって言ってたんだろ? もうちょっと王都で楽しんでから帰ってもいいんじゃないのかい?」
プライベート(?)の時のロッテ分団長は何だか口調が軽い。
ただ、どこか態度が大きいのでちょいムカつくな。
「まあノーゼアに着いたら今度は試練の塔に行くといいよ。あそこには光の精霊結晶があるからね」
「……」
ロッテ分団長。
俺、光の精霊結晶も興味ないんだけど。
面倒くさいなあとか思っていると何やら軽妙な音楽が鳴って天の声が知らせてきた。
『お知らせします』
『ノーゼアエリア・幽霊屋敷においてサブクエストボス「悪魔カタカリ」が勇者シュナによってソロ討伐されました』
『なお、この情報は一部秘匿されます』
「……」
おいおい。
シュナの奴、俺たちがいないところで何やってるんだ?
それに悪魔カタカリって。
この国、どんだけ悪魔が入り込んでいるんだよ。
この天の声を聞いてロッテが喜色を浮かべた。
「どうやらあっちは上手くいったようだね。まあ彼にはラ・ムーもついていることだし当然と言えば当然かな」
「ひ、ひょっとしてシュナのこと知ってるの……じゃなくて、知ってるんですか?」
ロッテ分団長の正体が精霊王だと判明したからかイアナ嬢が少し緊張している。
ロッテ分団長は彼女に微笑みかけた。でも胡散臭い笑顔だ。
「そんなに畏まらなくてもいいよ。私も堅苦しいのはあまり楽しくないからね」
「えっと、じゃあロッテ。あなたシュナと知り合いなの?」
「ああ、彼とは前に聖剣ハースニール絡みでいろいろあってね。以来、何度か会ってるんだ」
「お主が話し出すと長くなるのじゃ」
ファストが割り込んで止めた。
俺、イアナ嬢、そして最後にポゥを見る。
「ここからノーゼアに帰るとして、徒歩は時間がかかり過ぎるじゃろう。かといって馬車でもすぐという訳にはいかぬ」
「普通に乗り合い馬車だと10日はかかるな。それも休み無しで乗り替えもスムーズにできて、かつトラブルがなければって条件付きだが」
俺がそう言うとファストがポゥに命じた。
「ポゥよ、お主がこの二人を乗せて飛ぶのじゃ」
「ポゥッ!」
イアナ嬢の腕の中で翼を器用に動かしポゥが敬礼する。
何だか「おう、こいつらのことは任せてくれ」って言ってるような気がする。
でも無理だろ。
イアナ嬢に抱っこされるようなサイズの奴がどうやって人間二人分を乗せて飛べるんだよ。
ポゥがもそもそと動いてイアナ嬢の腕から抜け出す。
飛翔したポゥは俺たちの頭上をぐるりと回るとその体躯を青白く光らせた。
光がポゥを飲み込み、膨れていく。
俺とイアナ嬢の二人を余裕で乗せられるくらいの大きさになると光が消えた。
残ったのは巨大化したポゥだ。
「こ奴の背に乗って帰るのじゃ。さすれば馬車よりよほど早く帰れるぞ」
「ポゥッ!」
ポゥが誇らしげに鳴く。
ふむふむ、これはなかなかいいかもしれないな。
俺はポゥの背中に乗りそのもふもふふわふわの羽毛を堪能した。
顔を埋めてみたい衝動にかられるが我慢。
「わぁ、ポゥちゃんすごーい。もふもふがもふもふでもふもふ天国になってる。すっごく幸せ。あたしもう馬車なんて要らない……むふぅ」
俺が引っ張り上げてやるとイアナ嬢がその乗り心地の良さともふもふさにはしゃぎだした。
てか、お前は顔を埋めるのかよ。
「……」
あーあ、ファストが顔を引きつらせているし。
リアさんとロッテも苦笑しているよ。恥ずい。
と、ともあれこれで出立しよう。
俺はポゥの背から皆を見下ろして言った。
まあファストはふわふわと浮いているから目線があまり変わらないのだが。
「短い間だったが世話になったな」
「こちらこそお世話になりました」
リアさんがシャルロット姫を抱いたまま応えた。
シャルロット姫はぐっすり眠っている。これでお別れかと思うとちょい寂しく……はないな。やはり俺は非ロリコンだ。ああ、良かったノーマルで。
「シャルロット姫様にもよろしくお伝えください」
イアナ嬢が挨拶するとリアさんが微笑んだ。
「はい。でも、もし姫様がお二人に会いたいとぐずったらその時は頼みますね」
「……えーと」
イアナ嬢が困ってる。
確かにノーゼアと王都は距離もあるからな。
どうしろと、てな感じだ。
「はっはっは、勇者に会ったら悪魔討伐おめでとうと伝えてくれたまえ。それとくれぐれも神秘の洞窟なんぞには行かないように。それより試練の塔を……」
「ロッテ、あなた図々しいにも程があるのではないですか? 私の方が先に神秘の洞窟を薦めたんですよ」
またリアさんとロッテ分団長が始めてしまった。
俺は深々とため息をついてからファストに向き直る。
「じゃあな。と言ってもまたあんたとは会いそうだが」
「妾はどこにでも行けるからのう。あ、もし風の精霊結晶が欲しくなったらカシウナの谷に」
「あんたもかいっ」
思わず、つっこんじゃったよ。
全く、どいつもこいつも人に精霊結晶を与えようとしやがって。
もういいや。
ノーゼアに帰ろう。
「ポゥ、出ぱ……」
「ポゥちゃん、出発よッ!」
俺が言い終えぬうちにイアナ嬢が宣言した。
了解を示すようにポゥが「ポゥッ!」と一声鳴き、ふわりと浮かび上がる。
お、結構静かに飛べるんだな。
……なんて余裕かました俺が馬鹿でした。
「ポゥ!」
一気に加速しながら高度を上げていく。
俺は落ちないようにしっかりとポゥの羽毛を掴んだ。イアナ嬢も俺と同じように……て、こいつ平気かいっ。
むしろ大はしゃぎでこの状況を楽しんでやがる。
「きゃあぁぁぁぁぁ、ポゥちゃんすごーい。激しいっ、あたしこれしゅきぃっ! もっとぉ、もっとスピード上げてぇ」
「わぁ、馬鹿やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
かくして、俺たちは王都を後にするのであった。