第2話
さーっと冷たい風が身体を包んだ……。
4、5歳の記憶が全くない。幼い記憶なんて全て覚えてる人なんて少ないが、私の場合は4、5歳の記憶を丸ごと覚えていなかった。クリスマスや運動会などイベント事なら少しだけでも覚えているはずなのに。
ぼーっと地面を見つめていると
「朱里!はよ〜、この公園にいるなんて珍しいな!なにかあったのか?もしかしてテストの点数が悪すぎておばさんにでも怒られたか?」
と明るく声をかけてきた男の子は、私の幼馴染の一人、海斗だった。冬でもタンクトップ1枚で外に出て筋トレをする筋肉お化けだ。
「赤点取りまくる海斗じゃあるまいし、私はテストなんて余裕で80点超えです〜……てか、見ているだけで寒気がしてくる。」
海斗の馬鹿げた質問を返す。ツッコまないようにしていたが、タンクトップに短パンという如何にも夏に着るものだろうという服装を見て気づかぬうちに、声に出ていたらしい。
「うるせぇ、筋トレするときはこの格好って相場で決まってんだよ。じゃあ、なんで朝弱い朱里が4時半なんかに公園にいるんだよ。そっちのほうがおかしいだろ、いつも遅刻ギリギリに起きるくせに。」
どういう相場よ。脳筋過ぎるでしょ。そうツッコミたかったが、筋肉や筋トレにおける3大要素などの話を永遠と話してくるのであえてツッコまなかった。
「たまたま早く起きただけだよ。ちょっと夢見が悪くて二度寝できなそうだったから朝の散歩してたの。」
海斗はそうかと一言言って、私の隣のブランコに腰を掛けた。
「どんな夢だったんだ?二度寝できないぐらいの夢なんて相当な夢だったんだろ?話したら楽になれるんじゃね?」
ハンドグリップ……リュックから握力を高めるような道具を取り出しながら聞いてくる。
「すっっっっっごいリアルな夢だった。女の子がね、交通事故に遭う夢……。轢かれる瞬間、目が覚めたからその後どうなったのかわからねいけどね。」
話し終わると海斗の方を見ると、動かしていたハンドグリップを止めて遠くを見ていた。意図的に中断した感じではなく、なにかを思い出して勝手に手が止まったような感じだった。
「海斗?どうしたの?」
いつどこでも筋トレをする海斗が何もやっていなかったので心配になり、声を掛けてみる。
「ああ、わりぃ。なんでもない。怖い夢見たな。」
そう言って、また筋トレを始める。何その反応。海斗から聞いてきたくせに。
私は少し拗ね気味にブランコを漕ぎ始めた。
「朱里、小さい頃のことどこまで覚えてる?」
「え、んー、卒園式とか、家族で海に行ったことぐらいかな。私、4.5歳の記憶がないんだよね。少しでも覚えてるはずなのに……」
急にこんな質問をしてきてどうしたんだろ。そんなことを考えながら立ち漕ぎをやり始める。
「そうか。ちなみに俺達が出会ったのは朱里が入園式で転んだときだぞ。朱里がギャン泣きだったから3人で慰めて、その後みんなで鬼ごっこして仲良くなった。」
「ふーん、そうなんだ。小さい頃の記憶ってすぐ忘れちゃうね。」
明るく答えたつもりだが、私は記憶がないことに少し気持ちが沈んでいた。海斗は私の言葉に頷くことも否定することもなく黙っていた。しかし、とても小さな声でつぶやいた。
「忘れられるわけ無いだろ……」
そんな言葉は調子に乗ってきてリズムよく立ち漕ぎをしている私の耳に入ることはなかった。
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