鷹の少年・2
「勝負なら、彼女とやってみてはいかがです?」
……コイツいよいよ狂ったのか?この女と勝負しろだ?この大した力もなさそうな女と?
「ふざけてんのかてめぇ。俺は女子供には手出さねぇんだよ」
「まあまあ、そうお怒りなさらず。信じられないかもしれませんが、強いですよ、彼女」
なんたって唯一の三つ持ちですから。
俺は男の言葉に絶句した。三つ持ち?そんなことがあり得るのか?
力の三つ持ち。それは三種類の異なる力を操ること。全く接点のない三つを操るなど不可能に等しい。例えば水の力を極めて氷と雪も使えるようになったとかいうのは三つ持ちには入らない。それはただ極めただけ。
「まあ君一人なら一つで済みそうですけどね」
「余計なこと言わないで。あとあたしに拒否権ないのかい?」
「ないでしょうね、きっと」
三つ持ち。それが本当なら俺に勝機は無い。諦めるか?辞退して男との勝負に持っていくか?いや、ハッタリの可能性だって十分にある。なら……
「いいぜ。受けて立つ。三つ持ちがたとえ本当だとしてもその分一つ一つの力は弱まるはずだ。俺はヒヨるような男じゃねぇ!」
男はただそうですか、とだけ言って女の背中を押した。
「君は強くなると思いますよ」
「本当にいいのかい?」
「あぁいいぜ。久しぶりに楽しめそうなんだ。余計なことは考えてくれなくていい」
「そうかい……じゃあ、死なない程度に」
俺は女が言い終わると同時に地面を蹴った。が、既のところでかわされていた。
「やるじゃねぇか。すばしっこい女だな」
「もー……急だなぁ……もうちょっとで美味しく焼き上げちゃうとこだったじゃん」
女が指を鳴らすと辺り一面が朱く輝いた。凄まじい熱気に思わず顔を庇うと女がケラケラ笑って言ってきた。
「余所見してていいのかい?手加減、しなくて良いんでしょ?」
それはそうなんだが何が起きている!?この風もろに食らったら火傷じゃ済まねぇぞ。しかも全方向から吹いてくるし。どうする。どうすればいい。
「どーした?もう降参?……つまんないなぁ。しょうがないからちょっと弱めてあげる。どう?少しは動けるようになった?」
クソっ。何手加減されてんだ俺。ていうか三つ持ちじゃなかったのかよ。一つで威力狂ってやがる。
もう一度地面を蹴る。今度は女ではなくその背後の壁に向かって。しかし無駄な足掻きだった。女が一瞬笑った途端俺は地面に落ちていた。
「甘い」
何が起きたのかわからなかった。ただ、右腕に鋭い痛みを感じて顔を向けてみると一本の矢が刺さっていた。紅い矢。
「クソっ。どっから出てきやがった」
「あたしの力の種類、分かった?」
女はいつの間にか屋根の上にいた。瓦の上に座って笑っている。
「一つは炎だ……」
「せぇかーい。もう一つは?」
「……これか?この、紅い矢」
これも力なのか?でも矢は自然の力ではないはず……。
「そ。それは血だよ。液体系の力は便利だからね。その矢は血を固めて作ったもの。……ほんとは抜けないように返しとかつけたり、あとは毒混ぜたりも出来るんだけど……。君、鷹の神ってとこかな?」
条件反射で俺は女を見た。いつ、なぜ気付いた?女は俺の戸惑う姿を見て自分の右肩を指差した。
「翼。一瞬出てきちゃってたよ?鳥は翼命だから、そこに攻撃食らったらほぼ負け確定。本気なのはいいけど弱点を敵に見せないこと。
けど、鷹は目がいいからね。もう少しそこを活かせればそのうち勝てるかもしれないよ」
あー楽しかった、と女は屋根から降りてきた。全く音がしなかった。
負け。負けたんだ。俺は。自分から突っ掛かっといてあっさり負けた。
「何やってんだ……俺……」
すると男が歩み寄ってきて言った。
「さあ?知りませんけどいつまでもそこに座り込んでる気なら立ち上がるまで馬鹿にしてあげますよ?」
それは嫌だ。急に重くなった体を無理矢理立ち上がらせる。俺はそのままもと来た道を戻ろうとしたが女に止められた。
「待ちな。あんたなんのためにここまで来たんだい?誰か、探してたんじゃないのかい?」
はっとして立ち止まる。俺としたことが忘れていた。そうだ。俺は女の言う通り人を探していた。
「なあ、てめぇら、シキって奴とリクって奴、知らねぇか?」
すると二人は顔を見合わせてそれから思い切り笑い出した。
「なんだよ、何がおかしい」
「いや、ごめん……」
女は笑いが止まらないようだったが、男の方はなんとか落ち着いて、それから衝撃の事実を言った。
「一応もう一度聞きますけど、あなたが探しているのはシキとリク、ですよね?」
「あぁ」
「その人達なら知っていますよ。私と彼女です」
「…………は?」
「……クククッ……ククッアハハハハッ………アハハ……」
西の静寂に女の笑い声が響き渡った。