Vtuberを推し変したら、夢の中で元最推しに重い愛をぶつけられる毎日が始まったのだが
全年齢版では初めまして。みりん屋と申します。
普段はノクターンノベルズで書いているのですが、この短編を機に全年齢でも書いていくことにしました。よろしくお願いします!!!
『こんひかり〜☆ だいたいごじの3期生、宝野ひかりだよー☆』
おっ、始まった始まった。
僕、宝城有人は『宝野 ひかり』というVtuberを追いかける日々を過ごしている。
金髪ショートボブカットに、実際の学生という中の人の設定を活かした、制服姿のキャラクターの女の子。
彼女の無垢で明るく、何事にも健気に挑戦する姿が好きでたまらなく、配信はほぼ全てチェックしている。
そんな子供っぽく純粋無垢さ溢れる姿が評価されており、登録者数がまもなく100万人を迎える程の人気を持っている。
妹や娘を見ているような感じで、どこか放っておけないような雰囲気を纏う彼女を応援したくなる立場として見続けたくなる……そんな魅力を持っているのだから、人気が出るのも頷ける。
にしても、髪型や顔立ちといった部分が妹の有紗に似ていたり、声もどことなく似てるような……うーん、考え過ぎかな?
そんなひかりちゃんの配信を、ベッドの上でスマホ越しに見守るのが僕の日課。
『今日は雑談枠だからー、ひかりうむのみなさんに話題を決めてもらいます! 早速、何の話をするかチャットに書いてほしいなー☆』
ひかりうむとは、僕らリスナー及びファンの呼称。ファンネームと呼ばれているもの。
舌っ足らずな甘い声でひかりうむ達にそう呼びかけると、チャット欄がとんでもない速度で流れていく。
《今日のご飯は?》《今後どんな配信するの?》《裏金問題についてどう思いますか》
いつも思うんだけど……これ、ひかりちゃんは目で追えているのかな?
余談だけど、僕はほとんどコメントはしない。いわゆるROM専というものだ。
『推しの中に自分を存在させない』……自分にそう言い聞かせて生きているからね。
推しは輝く存在であり、掴める存在ではない……この精神、アイドルやVtuberの追っかける人として大事だと思う。
『ご飯のお話にしよっか! あのね〜、今日の晩御飯はお兄ちゃんが作ってくれたトンカツだったの! それでね、私はトンカツソースをかける派なんだけど、お兄ちゃんは塩胡椒をかけたり〜』
すごい。今日僕が作ったのもトンカツだったし、ひかりちゃんのお兄ちゃんと同様で塩胡椒をかけて食うのが好きなのも同じだ。
このように、前々からひかりちゃんのお兄ちゃん話を聞いていると、なぜか自分と似たり寄ったりな部分のお話が多い。
そのような部分にシンパシーを感じるのが、彼女を推しているもう一つの理由となっているのかもしれない。
一方で、実の妹の有紗はひかりちゃんと対照的に、引きこもりで人との会話が苦手。
小さい頃から人見知りな部分があったから、ある程度はこうなるんじゃないかとは思っていたけど……家族である僕には少しくらいお話してくれてもいいのにな、と思うことも多い。
もし、有紗がこのようにハキハキと喋ってくれたら。
もし、人前でひかりちゃんのように明るく振る舞える有紗がいたら。
もし、有紗の事をもっと知ることが出来たら。
そう考え続け、いつの間にかひかりちゃんの兄であるという幻想的な感情が芽生えてきたのは言うまでもない……のかな?
有紗に愛想を尽かし、まともに家に帰ってくることも無くなった母親、離婚後は何をやってるのか分からない父親……そんな家庭環境だからか、妹に対して親心というものも湧いてくる。
そんな親心というのは、ひかりちゃんに対しても何故か湧くわけなのだが……これは、僕がおかしいのだろうか。多分おかしいとは思うんだけども。
「さて、兄なんだから今月もお小遣いを送らなきゃね」
バイトの給料が入った日に、必ずひかりちゃんに赤スパ、つまり1万円以上のスーパーチャットを送っている。
スパチャはシステム上どうしても目立ってしまう為、極力目立たないように『.』というアカウント名でチャットは何も書かず、お金だけを送るようにしている。
……だけど、何故か僕がスパチャを送るとチャット欄が盛り上がってしまうんだよね。『点ニキきた!」とか『恒 例 行 事』とか。
なるべく目立ちたくないんだよなぁ……とは思いつつ、システムには敵わない部分はもう諦めてはいる。目立たないスパチャが欲しいよ。
……話が逸れてしまった。今日は念願の給料日なんだ、さぁ投げ銭しようじゃないか。
早速、チャット欄に小さく存在するお金マークのボタンを押し、【10000円】を彼女へと送り込んだ。
《.:¥10000》
『あっ、てんさんっ! いつも赤スパありがとー☆』
うーん、感謝されるのは嬉しいけど、認知されてしまっているのはなぁ……まあ目立つから仕方ないか。
さて、ひかりちゃんはいつも通り『このお金で〇〇させていただきます☆』と意気揚々に語ってくれるはず。
早速、ひかりちゃんの感謝を聞こうじゃないか…!!
『あ、あのね…? いつもスパチャ投げてくれるのは嬉しいんだけど、何で毎回無言なんだろう…?』
あるぇー。普段の反応とは違うものが返ってきてしまったぞー?
『最推しです!とか、好きです!でいいから、何か書いてくれたほうが、私は嬉しいよ…? でも、ありがとね?』
いつもなら軽快に感謝を述べてくれるはずなのに、今回はあからさまに違う反応が返ってきてしまった。
チャット欄も《無言点ニキ、遂に指導が入る》だの、《金投げるなら目立っていいんだぞ》など、ちょっとざわついている。
更に、ひかりちゃんは元気が無くなると下を向く癖があるのだが、今現在その癖が見られている。
「まずい、僕のせいかな……」
ひかりちゃんに元気を出してもらいたい。だが、僕に出来ることはスパチャしかない。
そのスパチャも、もう一度同じ額を打ってしまえば生活がキツくなってしまう………が。
推しが困っているんだ、ここは推しの為に金を使わねばオタクが廃るというもの。
生活を犠牲にしてでも、彼女の心を守らねば。
その思いを行動に移し、再びお金マークの部分を押して【10000円】を選択し、赤色のチャットを投げる。
《.:¥10000 最推しです》
『あっ!? て、てんさんが、初めて喋ってくれた…!! でも、赤スパ2回も送ってくれて……お金、大丈夫?無理してない?』
心配してくれるひかりちゃん、超優しすぎる……
『私を気遣って投げてくれたのかな、だとしたら申し訳ないけど……最推しっていってくれた♪ ふふっ、嬉しいなぁ…♪』
《点ニキめっちゃ好かれてて草》《月一の札束の暴力》《こんなへにゃへにゃなひかりちゃん初めて見た、栄養素抜群過ぎる》
そう、推しが元気を無くしていれば札束で殴り、元気を取り戻させればいいんだ。
『えへへ、それで何の話してたっけ? お兄ちゃんの話だっけ〜♪ お兄ちゃんは何も出来ない私に凄く優しくて〜♪………』
はぁ〜よかった。これで心置きなくひかりちゃんの配信を見れそうだ。
しかし、この出費は生活的には痛いぞ……今後の生活を考えておこう。
2万も失ったのは高校生の僕にとってデカすぎたが、何故か喪失感や危機感というものは全く湧かなかった。
むしろ、オタクとして誇らしいような気持ちが湧いてきており、胸を張ってもいいような気がしていた。
〜〜〜〜〜〜〜
「腹減ったな……」
昼休み前の授業、頭にろくに入らない古典の授業を受けながら、我が腹の虫はぐぅぅと鳴り響く。
更に、腹の虫が鳴るたびに隣の女の子がめっちゃ見てくるし。超恥ずかしいんですけど。
腹が減ったのもそのはず、今月はスパチャに加えて推しのひかりちゃんグッズが発売された時期でもあった。
それらを全て買い揃えた結果、普段購買で買う朝食の菓子パンとお茶を抜きにする羽目になってしまった。
だけど、身体が辛いだけで心には満足感がしっかりと残っている。これが推し活というものか。
「今日の授業はここまで」
先生がそう告げると同時に、授業の終了を告げるチャイムもほぼ同時に鳴り始める。
「よし、ひるめし……」
もう我慢出来ないと言わんばかりに弁当をすぐ取り出し、蓋を開けて中に入っている箸を取り出そうとしたところ…………
パシャーン!!!…………箸が床へ落ちる音が、虚しく響き渡った。
「はぁ……」
さて、床に落とした箸でご飯は食べたくないし、だからと言って割り箸を持っているわけでもないし……どうしたらいいのやら。
「宝城くん、大丈夫?」
箸を落とした事に気づいた隣の席の女子が、箸を拾ってくれたと共に話しかけてきた。
「あっ、はい……ありがとうございます。美風さん、でしたっけ?」
「春花でいいよっ。お腹空いて焦ってたんでしょ?」
「あ、あは、あはは……」
先程からお腹を鳴らしていて恥ずかしかったのに、僕の方を見つめていた美風さんにそう言われると、尚更恥ずかしいんですけど。
「あと……はいっ、これあげる」
「あ、ありがとう、ございます……」
なんと、美風さんは僕に割り箸を差し出してくれた。
ほぼ話したこともない僕に、ここまで優しさを振りまいてくれるなんて……彼女が段々と女神のように見えてくる。
「いいえ〜。あと、ずっと前から気になってたんだけど……」
「宝城くんって、ひかりちゃん推しなの?」
「ほ、ほげ…?」
えっ? この黒髪ロングでセーラー服のバリバリ清楚って感じのクラスメイトさん、今なんておっしゃいました????????
宝野ひかりをご存知なんですかね???なぜなに??どうして????
「えっ?」
「だから、宝野ひかりちゃんのファンなんだよね? 筆箱やカバンにアクセサリーつけてるでしょ?」
「ほ、ほげぇ……」
なんということでしょう。
隣の席の女の子、まさか僕のオタクアクセサリーが何かをご存知な人間でしたとは。
「それに、れいちゃんやえりちゃんのバッジもカバンにつけてるし……『だいたいごじ』の箱推しなのかな?」
「ひょええぇ………」
もう、言い逃れは出来ない。
だいたいごじと言うのは、僕が推しているひかりちゃんの所属事務所だ。
他の子に関しては、缶バッジ入りお菓子を買ったら出てきたという理由で何となくつけていたんだけど……その子たちの名前も知ってるなんて。
もしかして、美風さんはこっち側の人間なのか???
「ふふっ、図星を突かれたような顔してるね〜」
「うぐぅ……」
「大丈夫、安心して。わたしも『だいたいごじ』の推し活やってるから☆」
「え、えええええっ!?」
絵に描いたような驚きを見せてしまう僕。結構な大声を出してしまったが、周りのうるささにかき消されたのが幸いか。
「でも、わたしの最推しでもあるそよぎちゃんのグッズはないんだね〜。ちょっとショックだなぁ」
「え、えっ、と……」
やべぇ、まともに会話できねえ。コミュ障万歳。
美風さんの言っているそよぎちゃんこと『春風 そよぎ』のグッズは、何故かウエ〇ースや缶バッジ入りのお菓子を買っても出て来なかったんだよなぁ。嫌われてるのかも。
実際ひかりちゃんとそよぎちゃんは不仲説出てるし……って、今それ関係ないか。
「そ、そよ、ぎ、さんは、は、配信、見たこと、ないんです、はは、は……」
「えぇ〜っ!? そよぎちゃんこそ推すべきVtuberだよ、神だよ!!!」
先程よりも大きな声でそう告げる美風さん。
これもクラスのうるささに溶け込んでいたので、周りから目を向けられることはなかった。ラッキー。
にしても、推しの押しが強えですよ。グイグイ来られるの、そんなに嫌じゃない感じはするけども。
「そ、そうなん、です、か…?」
「そうだよ!! オススメの切り抜き動画教えてあげるから、レイン交換しよっ☆」
「は、え…?」
レインという会話アプリのQRコードが表示されたスマホを差し出してくる美風さん。めっちゃ押しが強え……
少したじろぎながらもQRコードをカメラで読み取ると、『はるか』という名前の、そよぎちゃんをアイコンに設定しているアカウントが出てきた。
それにしても、家族以外の人をレインに追加したのは初めてだな…………って、もしかして僕悲しいこと言っちゃってます?
「ありがとっ! それじゃあ早速送るね!」
「あ、はい……」
美風さんはそう言った途端、凄まじい速度の手の動きでスマホを操作し、僕にURLを送ってきてくれた。
「割り箸のお礼だと思って絶対見てね? 明日感想聞くから!」
「え、あ、はい……」
僕自身もオタクだからか、人に好きを共有してもらいたい気持ちは物凄くわかる。
だからこそ、美風さんの気持ちがわからなくもないわけで……
「よしっ」
彼女の言う通り、今夜は送られてきた動画を見て過ごすとしようか。
〜〜〜〜〜〜〜
・春風 そよぎ
Vtuber所属事務所『だいたいごじ』のバーチャルようtuber。
【プロフィール】
誕生日:4月15日
年齢:17歳
身長:158cm
ファンネーム:はるかぜ隊
ファンアートタグ:そよぎアート
好きな食べ物:鯛めし、かつおのたたき
苦手な食べ物:熱すぎるもの
好きなもの:金曜日の夜、土曜日、日曜日
苦手なもの:月曜日
【概要】
Vtuber事務所『だいたいごじ』所属メンバー。1期生にあたる。
長いピンク髪に白を基調とした服が特徴で、見た目性格ともに『春』と『清楚』を作り出している。
とても聞き上手な一面があるが、自分の好きなものになると別人が憑依したかの如く饒舌になる。普段はお淑やかな振る舞いを見せているが………
【人物、エピソード】
・清楚?
本人は清楚を自称しており、実際に透き通った声で聞き役となる面では非常にそれらしさを感じ取れる。
しかし、コラボ配信で自分の好きなコンテンツの話になると急激に押しが強くなったり、感情が爆発しやすかったりと、清楚とは程遠い一面を見せることが多い。
普段は口数少なめで落ち着きを見せているタイプなので、話が変わる度に彼女が暴走しないかを見守るリスナーも多く、『地雷はどこにあるかわからない』とも言われている。
・NTR性癖
ふらっと訪れた他の推しがいるリスナーや、コラボ先のリスナーを誘惑してそよかぜ隊に誘惑する場面が非常に多く見られる。
また、他のごじメンが配信で否定していたセンシティブネタを「私だったら受け止めてあげるのになぁ」とわざわざ取り上げて話すことも。
それ故にそよかぜ隊や他のごじメンからは『NTRが性癖の女』と呼ばれている。
「へぇ……」
美風さんに春風そよぎちゃんをお勧めされて以来、ガッツリ興味が湧いてしまい、『百科事典』なるものをじっくりと読んでいた。
ただ、美風さんが送ってくれた切り抜き動画は清楚な一面を見せるシーンがほとんどで、今読んだような内容のシーンは見受けられなかったのだが。
「自分で調べてみてみるか……」
『春風そよぎ 切り抜き』と検索欄に入れると………
『【清楚なんてなかった】春風そよぎ 清楚崩壊まとめ』
『ブチギレ台パン発狂女帝 春風そよぎ』
『「私だったら受け入れてあげるのになぁ」とNTR性癖全開で他人推しを歪める春風そよぎ』
「うわぁ……」
結果として、これら全ての切り抜き動画を視聴してしまっていた。
なんというか、ひかりちゃんにはない要素を吸収しているような感覚に陥り……
「そよぎちゃん……最高かも……」
これらの切り抜きに加え、アーカイブを見てみたりコラボ動画を見てみたりと、そよぎちゃんの清楚崩壊やNTR要素をたっぷり摂取してしまった僕。
その結果、はるかぜ隊に入隊したいとまで思えていた。
しかし、僕にはひかりちゃんという最推しが……しかし、しかし……!!!
「そよぎちゃん!!!! 最高!!!!」
あーあ、僕もそよぎちゃんの毒牙に引っかかっちゃったよ。
でも後悔はない。そよぎちゃんにありったけの魅力が詰まってるのが悪いんだ。
「そよぎちゃああああああん!!!!」
バン!!! バンバンバンバンバン!!!!!
「あ、有紗、ごめん……」
あまりに発狂しすぎてしまった結果、隣の部屋にいる有紗に台パンで怒られてしまった。反省。
「何はともあれ、明日美風さんに報告しないと」
でも、自分からは話しかけたくないから……美風さんから話しかけてくれるのを祈るとしよう。コミュ障万歳。
〜〜〜〜〜〜〜
「ねぇ有人くん。昨日送った動画、全部見てくれた?」
かなり私語が目立つ英語の授業中に、美風さんがボソボソと呟くように話しかけてきた。
ちょうど感想を述べたいところだったんだ、ありがたい。
「え、あ、はい……楽しませて、いただきました……」
「よかったぁ〜。どの動画が1番良かったかな?」
「あ、えっと……」
やっべ。キャラ崩壊系動画が印象に残りすぎて、美風さんが送ってくれた動画の内容をほとんど覚えてねえ。
こういう時、どうしたらいいんだろうか……笑っておけば良い? そんなことないよね。
「有人くん、本当は見てくれなかったの…?」
「い、いやいやいやいやいやいやそんなことはなくてですねねねねね……」
僕が回答に困っていると、美風さんが悲しそうな表情でこちらを真っ直ぐ見つめてくる。
こんな美人に悲しそうな顔をさせてしまい、途轍もない罪悪感がやってくる。まじでどうしよ。
「え、あの……僕的には『そよえり』コラボ動画が結構好きでした、よ…?」
「えっ、他の動画見てくれたの…?」
「あ、はい……美風さんが送ってくれたものも見たんですけど、ハマりにハマって他の動画も沢山見たんです。それで、美風さんが送ってくれた動画の内容を忘れかけちゃって……」
「え、えへへぇ…♡ そういうことかぁ〜♡」
え、何。可愛すぎるんですけどこの生き物。そんな満面な笑みを僕に見せちゃって良いんですか???
にしても、美風さんの髪色や目の色を変えると、どこかそよぎちゃんの面影があるような……気のせいかな。
声もどことなく似てるし、照れた時の喋り方も……いやいや思い込み過ぎだな。オタクの悪いところが出てるぞ宝城有人。
「もぅ〜♡ そよにハマっちゃったならそれを早く言ってよ〜♡」
「えぇ…?」
頬を両手で支えながら首を横に振る美風さん。まるで自分が褒められたかのように喜んでいますね。
そういえば、そよぎちゃんも照れると物凄く横揺れしていたような………いやいや、気のせいだ気のせい。
自分の近くに、ごじメンという今を生きる輝かしい存在がいるわけないじゃないか。
決して美風さんが輝いていないわけではない。むしろ美風さんも輝かしいくらいだと思ってます。輝いてないのは僕だけ。
「ありがと、ゆーくんっ。これからもそよのこと、沢山話そうね♡」
「ゆ、ゆーくん?」
「今日からゆーくんって呼んじゃうから♡ 名前通りのあだ名だと思うし、文句ないよね?」
「は、はい……」
やっぱり美風さんは押しが強過ぎる。まるでそよぎちゃんみたいだ。
「絶対に、ひかりちゃんの元になんか返さないんだから…♡」
「へっ…? 今なんて?」
何かを小さく囁いていた美風さん。それが何を言っているのかは、僕の耳には届かなかった。
「ううん、なんでもないよ。ちょっとひとりごと♡」
「そ、そうですか……」
「それじゃ、そよのお話でもしましょ♡」
この後授業が終わるまで、美風さんとたっぷりそよぎちゃんの魅力や配信について語り合うのであった……
〜〜〜〜〜〜〜
『おはひかり〜☆ 今日も朝雑談やっていくよー☆』
気付けば、ひかりちゃん三昧だった僕の生活は、そよぎちゃん一色に段々と変化し始めていた……のだが。
そよぎちゃんは朝に弱いらしく、朝配信が出来ない体質とのこと。
そこで、彼女が配信していない朝はかつての推しであるひかりちゃんの配信を閲覧し、時間を潰すのが日課となっていた。
「ひかりちゃん……」
金髪ショートボブの小柄な女の子……本当に、髪色を変えたら有紗そっくりに見える。
妹に見立てて彼女のことを見ていたからか、ガチ恋したくなるそよぎちゃんという存在が出来て以来、ひかりちゃんを見て元気を貰える感覚が薄れてつつあった。
純粋無垢で、センシティブな発言に耐性がなくて、胸もない……そりゃ、全てがあるそよぎちゃんに靡いてしまうのも仕方ないよね。
もちろん、ひかりちゃんの純粋さが好きという人の気持ちもわかっているのだが……今の僕には、ひかりちゃんでは刺激が足りな過ぎる。
「それでも、小遣いはひかりちゃんにあげたくなるんだよなぁ……不思議だ」
妹のように思えるのが理由なのか、スパチャを送りたいという面に関しては今現在もひかりちゃんに軍配が上がっている。我ながら謎めいたオタクだ。
「さて、送るか……」
『そうだ、最近お兄ちゃんがちょっと冷たくて寂しいんだ〜』
《兄貴不敬罪だろ》《裁判起こせ》《極刑》
不穏なチャットがずらずらと流れているが、その流れを食い止めるが如く、いつもの『赤スパ』を送っていく。
《.:¥10000 最推しです》
《点ニキきた!!》《ひかりちゃんへの光》《ちょっと上手くて草》
これで、ちょっとでもひかりちゃんの機嫌が紛れてくれたら嬉しいな。
しかし、ひかりちゃんの兄はこんなにも可愛い妹に冷たくするなんてねぇ。もっと可愛がってやりなさいよ。
『あっ、てんさ………………………』
僕の送ったスパチャに気づいたタイミングだろうか。ひかりちゃんは突如俯き、しばらく何も喋らなくなってしまった。
《ひかりちゃん大丈夫?》《点ニキやらかしたか?》《放送事故か?》
『てんさん………これ、言おうと思ってたんだけど……』
『最近、そよぎちゃんの配信ばかり見に行って私のところに来てくれなかったよね? それで最推しなんて言えるの?ねぇ? 浮気だよ?ねぇ』
《ひぇっ》《点ニキの浮気バレてて草》《あんたって人は……》
「えっ……」
なんということでしょう。
ひかりちゃんに、そよぎちゃんの配信ばかり見に行っていたのがバレていたなんて。
純粋無垢なキャラクターであった彼女がそのような表情を見せたことに、驚きを隠せない。
「ネタ……だよね?」
きっと、配信を見ていない間に『圧をかける芸』を覚えたんだろう。多分そうだ。
焦ったな…………てっきり僕が雰囲気を悪くしたのかと思ったよ。
『でも、久しぶりにちゃんと私のところに来てくれたもんね、許してあげる』
『次はないからね、てんお兄ちゃん』
……やべえ。
目のハイライトが消えたひかりちゃんに圧をかけられるの、ちょっとゾクゾクする。良い。
しかし、いつから僕はひかりちゃんの兄になったんですかね。妹のような目で見ている僕が言うのも何だけどさ。
『……あはははっ! いつもスパチャありがとうね、てんお兄ちゃん♡』
《これ、もしかして実の兄妹じゃねーの?》《そんなまさか》《だとしたらマジモンの放送事故で草》
笑顔になった彼女は、いつもの明るい雰囲気を取り戻しつつあった。
『さて、何の話してたっけー? あっ、お兄ちゃんが冷たいって話だったねー。でもー、なんだかんだお兄ちゃんは私に優しくてー……』
それからは、流れるチャットを上手く拾いながら、朝活らしい雑談を繰り広げてくれた彼女なのであった。
〜〜〜〜〜〜〜
『あ゛あ゛〜〜もう!!! マジでここだけ抜けれないんだけど!!!!』
《相変わらずそよちゃんゲーム下手くそで草》《アドバイス活かせてない》
『うっせぇ!!! そよに命令するテメェらが悪いんだろうが!!!』
《怖過ぎて泣いた》《清楚とは》《おまわりさんこの人です》
相変わらずゲームが苦手なそよぎちゃん、そしてブチギレる様は本当に見ていて面白い。
プレイヤーの内心を言葉に出してくれる様は、健気にゲームを頑張るひかりちゃんにはなかったもの。
本当に、そよぎちゃんは今まで僕に足りなかったものを全て満たしてくれる。
「にしても、改めて考えるとなぁ……」
何故、ひかりちゃんは僕がそよぎちゃんの配信に行っているのを知っていたんだろう?
そよぎちゃんの配信を見ているとは言っても、チャットは一度も送ったこともないし、なんならスパチャも投げたことがない。
本当に、どうしてなんだ?????
「わかんねぇ……」
謎が深まるばかりだ………が。
……もう一度、圧をかけられて身体中がゾクゾクするような感覚を味わいたい。
「そよぎちゃんにも、スパチャを送ってみるか」
ひかりちゃんが彼女の配信を見ているのならば、ここで目立てば再び圧をかけてもらえるはず。
そんな野暮な考えを持ちながら、紙幣が描かれたマークを押し、金額を設定しチャットを投げた。
《.:¥8000》
ああ、推しの中に自分を存在させない、なんて言っていた僕はどこへ行ってしまったんだ。おそらく死んだのだろう。
一応、ひかりちゃんよりは少ない額を投げてみた。金欠だからしょうがないよね。
さて、そよぎちゃんがどんな反応をするのか見てみましょうか……
『えっ? てんさん、であってるかな…? スパチャありがとう……だけど、文章ないよ? お礼に何かしてあげるから、何でも書いてほしいな…?』
ああ、そよぎちゃんの透き通るような声が心地よい。
僕はこの声を聞くために生まれてきたのかもしれな…………
ドドンドドン!!! ドドンドドン!!! ドドンガドンドンドン!!!!
「キェェェェェェ!!!!!」
えっ、隣の有紗の部屋からドラミング台パンが聞こえてきたんですけど???
さらに、今まで聞いたことのないような奇声まで聞こえてきたんですけど??? 壁越しでもめっちゃうるせえんですが。
何があったのかと心配になった僕は、『ありさ』と名前が書かれている部屋の扉をノックする。
「おーいありさー、大丈夫か…?」
「………………」
返事がない。いつものことだ。
有紗とは自分から部屋を出た時にしか僕と会話しないため、このように自分から話しかけにいく行為はなるべく避けている。
ただ、本当に何かあったのか心配でたまらなかったので、もう一度有紗を呼んでみることにした。
「ありさー、凄い音聞こえたけど大丈夫かー?? 返事してくれー」
ドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!
扉越しから凄まじい勢いの台パンが聞こえた。おそらく僕に対し返してくれたのだろう。
生きていることはわかったので安心して自室に戻り、そよぎちゃんの配信を再び覗いたところ……
《点ニキめっちゃ浮気してて草》《点ニキ、お前って奴は……》
まあ………浮気になるよねぇ。
でも、仕方ないんだ。そよぎちゃんに魅力がありすぎるのが悪いんだ!!
それに、これをやったらひかりちゃんに圧をかけてもらえるかもしれないんだ!! 許してくれ!!
『みんな浮気浮気って言ってる…♪ でもね、これだけは教えてあげるね』
『誰のとこから来たからかはわからないけど、そよなら他の女なんて必要なくなるくらい、心を満足させてあげられる自信があるよ?』
「うおおおおおおお!!!」
ギュイイイイン!!!ドガガガガガガガガッ!!!!!!
あーやべぇ。隣の部屋からドリルみたいな音聞こえてきた。この家に風穴が開くのも時間の問題か。
じゃなくて、僕が騒ぐのと同時に何かを伝えようとしてくる有紗。一体何があったのやら。
「ありさー? どうしたんだー?」
「……………」
壁越しに話しかけてみるものの、うんともすんとも言わない。一体何してんだ。
まあいいや。引き続きそよぎちゃんの配信を見守るとしようか。
『ふふふ…♪ そよの元へいらっしゃい、てんくんっ♡』
〜〜〜〜〜〜〜
ある土曜日の朝のこと。
相変わらずそよぎちゃんは朝に配信が出来ないため、いつも通りこの時間はひかりちゃんの配信を覗いていた。
『……最近ね、とっても辛いことがあったからちょっとしんどくて……』
《どうしたの》《あんなに元気なひかりちゃんが……》《元気出して》
どうやら、ひかりちゃんはリアルで何かがあったらしく、心を痛めているみたい。
妹のような存在が元気を無くしている姿は見ていて辛いな……どうにかして励ましたい。
まあ、どうにかと言っても僕にやれることなんてスパチャしかないんだけどね。
それを果たすべく、いつも通り紙幣のボタンを押して金額を設定する。
《.:¥10000 ずっと推しです》
このお金で元気が出てくれるといいな……ひかりちゃん、元気出して。
『あっ、てん、さ…………………』
「あれ…?」
僕のスパチャに気付いたと思いきや、突如下を向いて黙り込んでしまったひかりちゃん。
何があったんだろう。なんか変なこと言っちゃったかな……
『………………』
「えっ?」
しばらくの沈黙が続くと、彼女の配信はぶつ切りで配信が終わってしまった。
「もしかして、僕のせいで……」
そよぎちゃんの事を考えると、心当たりがないこともない。
しかし、僕なんて何の力もないたった1人のリスナーなんだ。彼女の精神を左右させる程の力なんて、持っているわけがない。
きっと間違えて配信を切ってしまったんだろう。すぐにまた配信が始まるさ。
「でも、なぁ……」
最推しはそよぎちゃんに変わったとはいえど、ひかりちゃんのことを推し続けているのには変わりない。
だからこそ、元気のないひかりちゃんを見るのは辛いもので……元気付けてあげられなかったのが悔しい。
「なかなか配信始まらないな……」
間違って切れてしまったのなら、すぐ配信し直してもおかしくないのだが……5分、10分と経過しても再配信の気配は出てこなかった。
「ふ、ふわぁぁああ………ねむいな」
ひかりちゃんに対する考え事から解放され、配信も始まらないとなると、早起きしたからか眠気が段々と襲ってくる。
まだ朝の8時だし、そのまま眠気に従ってしまおう…………それじゃあ、おやすみ……
「……………ん」
「…………ちゃん」
「……お兄ちゃん」
ん…? ありさの、こえ…??
「てんお兄ちゃん♡」
「ん、んぅ……?」
あれ、ひかりちゃんの声…??
おかしいな、配信でもないのにひかりちゃんの声が聞こえている、ような……
「ひ、ひかり、ちゃん…?」
「そうだよー? お兄ちゃんの最推しじゃなくなった、宝野ひかりだよー☆」
ずっと聞いてきたこの声を聞き間違えるはずなど、あり得るはずがない。
この子供っぽく、どこか舌足らずな声の持ち主は……かつて最推しだった、ひかりちゃんじゃないか。
「えへへー、お兄ちゃん♪」
配信でもないのに彼女の声が聞こえているってことは、もしかして……
「ゆめ…? ひかりちゃんが、夢に…?」
間違いなく夢だろう、そう思い目を開けてみると……
そこには、金髪のショートボブヘアーにパジャマ姿の小柄な少女が、僕の上に跨っていた。
にしても、何故ひかりちゃんはパジャマ姿なんだ?? 3D衣装でもそんな姿はなかったはずなんだけど。
「ふふっ♡ 前まで最推しだった女の子が夢に出てきて、嬉しい?」
「は、はい…?」
「よかった♡ ただの推しに成り下がっちゃったとしても、喜んでくれるんだね♡」
……さっきから皮肉っぽい事を仰っているように聞こえるんですが、気のせいかな。
でも、ここは夢なのだから、ひかりちゃんが浮気を知っているという設定が生まれるのも、別の服を着ている姿を見る事が出来ても不思議ではない。
「ひかりちゃんが、僕の夢の中にいる……幸せ、だよ」
「でしょー? かつての最推しだったひかりが、夢の世界に訪れちゃいました♡」
よく見慣れた、自室のベッドの上から見ることの出来る背景に現れた1人の少女。
僕の推しであるひかりちゃんと、夢の中とはいえど面と向かって会話出来ているという事実は、オタクの僕にとってどれほど嬉しいことか。
しかし、皮肉のような台詞を続けてくる彼女に対し、ちょっとばかり苛立ちが出てくるのは否めない。
「さっきから、かつてかつてってなんなんだよ……」
「だってさー………」
「お兄ちゃん、私が大、だい、だいっきらいな春風そよぎに浮気したよね?」
「な、っ………」
夢の中だとわかっている。
それでも、ひかりちゃんの口から『浮気』という言葉を直接告げられると、胸の奥が締めつけられるような苦しい感覚と共に、ゾクゾクと快感のようなものが身体に走る。
まるで、僕の身体がその快楽を求めていたかのように……
「お兄ちゃんってば、今までずっと私にだけスパチャくれてたよね?それも無言の。それで、『何か書いてほしい』って言ったら『最推しです』って書いてくれたよね。あれ、すっごく嬉しかったんだよ?」
「大好きで大好きで仕方ない、お兄ちゃんの1番になれたんだ〜って♡」
「あ、ああ……」
そうか、これは僕のことを愛し過ぎている妹のひかりちゃんという設定なのか。
さて、ここで『実妹がいるので、妹という設定に興奮など覚えない』などと言う輩に物申したい。
めっちゃ興奮します、これ。夢の中なのに身体の熱りがはっきりわかるほど興奮しちゃっております。
「でも、春風そよぎに浮気してからは……朝配信以外、来てくれなくなったよね」
「相変わらずスパチャをくれたのはすごく嬉しかった。けど、アイツの配信にスパチャを送るお兄ちゃんを見ちゃった時は……すっごく悲しかった」
「『お兄ちゃんの最推しにはもうなれない』ってわかった時の、絶望感しかなかったあの気持ち……わかってくれるの?」
「ひかり、ちゃん…?」
やべぇ。夢だけどリアル圧マジ凄い。めちゃくちゃ興奮するんですがこれ。
「私はお兄ちゃんのことが好き。大好き。すぐ結婚したいくらい好き。子供だって今すぐ欲しいくらいだよ」
「お兄ちゃんは.さんとして私を見続けてくれた。それに、.って名前もスパチャで目立つからなるべく目立たないようにって考えから付けたんだよね。あと、スパチャをくれた日はお兄ちゃんの給料日と被っていたし、無言なのもきっと『推しに認知されないように』って思ってるんだろうなって。あってる?」
やべぇ〜、僕のことめっちゃ知ってくれてるじゃないですかこのひかりちゃん〜〜〜。
そんなセリフを聞いていると、鳥肌が立つ快感が身体中に染み渡り、心が洗われていくような感触が走る。
「私はね、最初から.さんがお兄ちゃんだってわかってたんだよ。だから、そよぎなんかに顔向けさせたくないって思って……夢の中に、私は現れたの」
「もう我慢出来ない。今すぐお兄ちゃんと繋がりたい。お願い、お互い初めてを交換し合って、永遠の愛を誓ってほしいの」
さすがに夢の中とはいえ飛躍しすぎじゃないですかね。
でも、ひかりちゃんの生まれたままの姿を見たいという欲求もなくはない。むしろある。
たとえ僕が夢で作ったものだとしても、ひかりちゃんと繋がれるのなら……
「ひかり、ちゃん……」
ひかりちゃんと目を合わせ、可愛らしい瞳をまっすぐ見つめる。
すると、彼女は恍惚とした表情をこちらに向け、真っ直ぐ僕の方を見つめ返してきた。
「あはっ♡ 私の愛を受け入れてくれるんだね♡」
「こんな僕なんかでいいのなら、ね」
「ううん、お兄ちゃんじゃなきゃダメ。私に沢山のファンがいるのもわかってるけど、その中でもお兄ちゃんは特別なの」
こんなに嬉しい事を言ってくれるけど、現実に戻った時の落差が怖いな。
現実のひかりちゃんは、僕のことを1人のファンとしか認知していないだろうから。
「大丈夫だよっ。現実の私も、お兄ちゃんの事が大好きだから……んっ♡」
ひかりちゃんは姿勢を落とすと、僕の唇目掛けて一直線に飛んでくる。
そのまま、唇同士を重ね合わせ続ける僕ら。ひかりちゃんはなかなか離れようとしてくれない。
「もう、二度と浮気なんてさせないんだから……」
「う、浮気って……そう、なるのか」
「そうだよ。このキスだって私だけに夢中になるための魔法だもん。だから、しゅーちゅーしてね♡」
「しゅー、ちゅー……」
「んっ♡」
一度少しだけ離れたかと思うと、再びすぐに唇を貪られてしまう。
「んっ、んぅ…♡ ねぇお兄ちゃん。このまま、私と…………んぅ♡」
僕が彼女へ言葉を送る前に、すぐひかりちゃんは唇を塞いでくる。
まるで、自分の思った通り以外にはさせないと言わんばかりに……
「な、なにを……する、の……?」
「そりゃあ、男女2人でいたらすることなんて一つでしょ?」
「………………」
男女2人……ひかりちゃんが何を求めているのかは、はっきりと理解していた。
しかし、何故か脳の奥深くが警鐘を鳴らしているような……夢の世界だから何をしてもいいはずなのに、何で『禁忌を犯す』だなんて言葉が、脳に浮かんでいるんだ??
「沈黙は肯定、だよ? だから……責任とってね、お兄ちゃん♡」
脳が送る警鐘を無視し、ひかりちゃんがしたいことを僕は全て受け入れた。
その感触はあまりにも…………
「きもち、いい……」
〜〜〜〜〜〜〜
あんな夢を見てからというものの、頻繁にひかりちゃんが僕の夢にお邪魔する機会が増えていた。
毎回凄まじいほどの重い愛をぶつけて去っていく彼女だが、昨日だけはちょっと愛の方向性が違っていた。
どのように違ったかと言うと……
『ねぇお兄ちゃん。私ね、夢の中だけじゃ足りないの』
『それって、どういうこと…?』
『いつも、夢の中だけで愛を伝え合っているでしょ? それだけじゃ私の中で足りてないの、配信でもお兄ちゃんから愛をぶつけてほしいの』
『え、でも……』
『配信内で目立っちゃう、そんなの嫌だとか思ってる?』
『うん……』
『大丈夫だよお兄ちゃん。もう目立ち過ぎてるくらい目立ってるから。毎月スパチャを送ってるってだけで目立つのに、メンバーシップの継続バッジが最終段階まで上がってるのも、お兄ちゃんだけだから☆』
『え、ええ……』
確かに、僕はひかりちゃんのことを初期の頃から見守り続けていた。
ビジュアルと設定を見た時から『この子を推そう』と決めていたし、それは今でも変わらない。
にしても、メンバーシップのバッジかぁ……そこに関してはノーマークだった。
なんせ、初期の頃から追ってる人なんて沢山いるだろうと思っていたし……
『だからね、配信内の私に愛を誓って? 画面の奥にいる私も、お兄ちゃんの事を求めてるから…♡』
『でも、ひかりちゃんはいいとしても、スタッフさんが黙っていないかもしれないんじゃ……』
『お兄ちゃんはリスナーでしょ。私からリスナーに恋するのは良くないけど、リスナーが私にガチ恋するのは何も悪いことじゃないから、気にしなくていいよ☆』
ガチ恋するってだけで、厄介オタクと判定を受けてしまう可能性もあるんだけどなぁ……
『そ、そこまで言うなら……』
『待ってるからね? もし約束破ったら……お兄ちゃんのこと、NGユーザーにしちゃうからね☆』
『そ、それは……勘弁してください』
NGユーザーという言葉が嘘か本当かはわからないが、夢の中で彼女が発したセリフは本当の事であることが多い。
この前も、『今日もお兄ちゃんの趣味について話すからね』と言ったら、本当にひかりちゃんは兄の趣味について語っていた。ついでに、それは僕と全く同じ趣味だった。
更に、昨日なんて『今日は昨日のゲーム配信の続きやるから』と言って、本当にそのゲームの続きをプレイしていたし。自分の脳内おそるべし。
だから、今回の『愛を告げてほしい』も、本当である可能性は高いんだ。
『ちゃんと『ひかりちゃん、愛してるよ。もう一生君のことしか見ないよ。引きこもりの妹の世話はするけど、それだけは許してください』って言ってね♡』
『ええ…?』
何故そこで有紗の話が出てくるのかはよくわからないが、異論を挟まず従っておいた方が無難だろう。
『わかった。君の為に頑張るよ』
『えへへ…♡ ありがと、お兄ちゃん♡』
そうして僕の上に跨る黒髪ボブの少女は、部屋から立ち去っていった……
というわけなんだ。
それにしても、何故か夢の終わり間際で毎回ひかりちゃんの髪色が変化しているんだよなぁ。
黒髪ボブだと有紗によく似ていて、妹に愛してると言っちゃう美少女ゲーム御用達のような男に見えてしまうから、ちょっと勘弁してもらいたいんだけど。
「さて、そろそろかな」
そんな夢を見た、休みの日の朝。ひかりちゃんは土日になると、必ずと言っていいほど朝枠配信を行ってくれる。
既にオープニングが回されており、まだかまだかと彼女の配信スタートを見守っている。
そして、画面がチェンジしてひかりちゃんが現れ……
『おはひかりー☆ だいたいごじ3期生の、宝野ひかりだよー☆』
挨拶と共に始まった配信。チャット欄も彼女が出てきたと同時に『おはひかりー☆』で埋め尽くされていく。
『それじゃあ、今日も初めていきましょー☆』
ひかりちゃんはそう言うと、事前に考えていたであろう話のネタを色々と話していた。
そして、配信が始まって40分ほど経ったタイミング……つまり人が1番多くなりやすい時間に、僕は動き出す。
「そろそろ、ちょうどいい頃かな」
今日はバイトの給料日。即ち、スパチャを送る日である。
夢の中でひかりちゃんに『スパチャは1番人が多くて、目立つ時間に送ってね☆』と言われている。
その約束を守るべく、このタイミングでスパチャの用意を行い、夢で彼女に言われた通りの文言を用意し、チャットを投げる。
《.:¥10000 ひかりちゃん、愛してる。もう一生君のことしか見ない。引きこもりの妹の世話はするけど、それだけは許してください》
「はっず……なにこれ」
文章を送るまでは使命感、送った後はとてつもない羞恥心に駆られてしまい、顔から火が出そうなほどの火照りがやってくる。
さ、さて、肝心のひかりちゃんの反応は……
『あっ、てんさん…♡ 約束ちゃんと守れてえらいね、ありがとっ♡♡』
……ん??
なぜ、ひかりちゃんは『僕との約束』を知っているんだ???
夢の中で言われたことを律儀に守る僕も僕だが、それ以上に彼女自身が『夢の中で交わした僕との約束』を覚えているような素振りを見せることに、強烈な違和感を抱く。
「なんで……なん、で…?」
『きっと、なんで覚えているんだろって思っているんだろうなぁ……お兄ちゃんは♡』
はい、実際にそう思っています……って、なんでわかるんだよ。凄いを通り越して恐怖なんですが。
《やっぱり点ニキとひかりちゃんって兄妹なんやろ》《ってことは、兄妹でお楽しみを…!?》《あかん、脳が壊れる》《どけ!! 俺がお兄ちゃんだぞ!!》
チャット欄も、この手の話題になれば当然大荒れ状態になっていく。
その中でも、僕が一際目を引いたチャットが…………
「僕と、ひかりちゃんが、きょう、だい……???」
『ふふっ、やっと気付いたみたいだね、お兄ちゃん♡』
え、ひかりちゃんの正体って、有紗、なの、か…!?
「あ、ああ、あ……」
ぼ、ぼ、ぼく、は……実の妹に愛の告白をネット上で宣言してしまったって、コト…!?!?
『私も後戻り出来ないけど、お兄ちゃんもそれは同じだよ。だから……責任取ってね、お兄ちゃんっ♡』
その後の記憶は、ほとんど何もなかった。
記憶に残っていた事というと、とんでもない程の着信履歴があったことと、数日後に『宝野ひかり』が活動休止してしまったことと、毎朝起きた時に有紗が隣にいる、くらいであった…………
ひかりちゃん、君はなんて子なんだ……
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18歳以上の大人な方々は、ノクターンノベルズ版の「Vtuberを推し変したら、夢の中で元最推しに襲われたんだが」も、是非読んでみてください!!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!!!