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宇津路くん、アソびましょ  作者: 『黒狗』の優樹
罰ゲーム四個目
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罰ゲーム四個目⑥

 (あの()とう校長の目に留まっただけありますわ)


 金多家の生まれであるマリアは、尾々藤の経歴をある程度は知っており、彼女の人を見る目が異様なまでにシビアである事も把握していた。

 ”上”の人間の中では有名だった、尾々藤の芸術に対する熱意は。

 尾々藤に会って貰いたかったら、芸術品か、まだ世には出ていないが実力のある芸術家を連れていけ、と言われているくらいなのだ。

 どうして、尾々藤に大会社の経営者や政治家が、そこまで会う事を望むのか、マリアは理解が及ばなかった。

 なので、素直に、彼女は、その疑問を父親である万太郎にぶつけた。

 娘が不思議に思うのも当然の話なので、少し困ったような苦笑いを浮かべながら、マリアの疑問に答えてやる。

 とは言っても、万太郎も尾々藤と浅くない付き合いがあるので、娘にも、その実情をまるっと明かす訳にはいかなかった。

 下手に、尾々藤の事を、相手が娘でもベラベラと喋ったら、冗談でも何でもなく、全てを失いかねない。

 若い頃なら、例え、命以外の全てを失っても、もう一度、やり直そう、と自分に気合を入れる事も出来ただろう。

 しかし、50歳も近くなり、また、大切な家族、大勢の社員の人生が、自分の双肩に乗っている以上、それらを失う訳にはいかない。

 娘に、嘘を吐く訳じゃないにしろ、正直に話せない事に申し訳なさを覚えながら、万太郎はマリアに尾々藤についての情報を、ちょっとだけ語った。


 (色々な業界に顔が効いて、一時間で億単位のお金を電話一本で動かせてしまう方が、どうして、校長をなさっているんでしょう?)


 父から尾々藤について教えて貰い、ますます、疑問が、マリアのHカップの中で膨らんでしまった。

 ただ、謎が多すぎる尾々藤が、宇津路白銀の才能を見い出してくれたのは事実だ。

 多くの美術品を万太郎を始めとして、金多家の者が蒐集していて、幼い頃から、それらを見て、本物の良さと質の悪い偽物の気持ち悪さを教えられてきたマリアには、白銀の描く絵が本物以上、と直感できるからこそ、彼にチャンスを与えてくれた尾々藤には感謝していた。


 (まぁ、宇津路さんの場合、自力で世に出て来たでしょうけど)


 そんな事を確信しながらも、マリアは、そんな才能が溢れすぎている白銀を、桁違いに視界が広く、優れた鑑定眼を持つ尾々藤が見逃す訳ない、と断言できたが。


 (でも、本当に、美しいですわ)


 見れば見るほど、マリアは白銀が集中して描く薔薇に見惚れてしまう。

 薔薇の醸す優美さと高貴さが、しっかりと伝わってくる。

 白銀は5Bの鉛筆で描いているので、スケッチブックに描かれた薔薇はモノクロなのだけど、マリアの目には、専門の職人が精魂込めて育てた薔薇でなければ有り得ない赤が視えていた。

 これまで、マリアは薔薇の絵をいくつも見てきたが、白銀のそれは格が違った。

 

 (本物の薔薇を見ても、ここまでの美しさは感じられませんわ)


 白銀の描く絵には、本物以上の美しさが宿っている。

 その真なる美を、今、ここで見られた事に、マリアは心から感動し、思わず、両眼をスッと閉じ、両手の指を絡ませ、感謝の念を捧げてしまう。

 ちなみに、目を閉じても、白銀の描いた薔薇はしっかりと焼き付いており、その衝撃に、ますます、マリアの心は打ち震える。


 「あれ、金多さん、どうしたの?」


 薔薇の絵を描き終え、「ふぅ」と安息した白銀は、マリアがスケッチブックを真剣に覗き込み、頬がうっすらと紅潮するほど、精神が高揚しているのに気付いて、珍しく、驚きを露わにした。

 白銀はマリアが最初にスケッチブックを盗み見た時から、15分ほどで、5枚を描いていた。

 そのどれもこれもが美しく、マリアの心は感動で今にも、破裂してしまいそうになっている。


 「素晴らしい絵を見せていただきましたわ、宇津路さん」


 「いや、そんな大袈裟な」


 「大袈裟ではありません。

 金額を付けるのは非常に野暮だ、と解った上で申しますが、この数枚の薔薇の絵、私の父であれば、一括で100、いえ、200万円を支払うでしょう」


 鼻息も荒く語るマリアに、白銀は気圧されそうになる。


 「それは嬉しいな」


 並の者なら、「そんな大金を付けられるほどの絵じゃないよ」と謙遜するだろうが、白銀は違う。

 自分が培ってきた技術を使い、気合をしっかりと籠めて描いた以上、その絵に見合った金を出してくれるのなら、白銀は素直に受け取るのだ。

 高校生であっても、芸術家としてのプライドを本当に持っているからこそ、白銀は自分の描いた絵を、決して安売りはしない。

 描きたいものを描くからこそ、身勝手な自分の絵の良さを理解して、欲しい、と言ってくれる人が、自分に敬意を示す証として、金銭を出してくれるのならば、相手の矜持を傷付けない為に受け取るのだ。

 相手も、そんな白銀の気遣いを察せるからこそ、良い気分で絵を購入できた。

 

 「宇津路さん、その薔薇の絵、写真を撮って、父に送っても構いませんか?」


 「うん、構わないよ」

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