罰ゲーム四個目⑤
シュークリームをもう一個、食べても、食い意地の張っている親友・キララを怒らせない方法を思いついたマリア。
彼女は、その方法を実行すべく、白銀の方に顔を向けた。
「・・・・・・」
(美しいですわ)
マリアの視線の先にいる白銀は、彼女の方を見もせずに、スケッチブックとしっかり向き合い、鉛筆を走らせていた。
彼の整った顔から、理想的なリラックス状態にありながらも、極細の糸を極小の穴に一発で通せるほど、極限まで絞りに絞った集中力を発揮しているのが、一目瞭然だった。
成り行きであったとは言え、家に招いた客をもてなすどころか、完全に放置って、自分のやりたい事に没頭するなど、部屋の主としては失格である。
けれど、今の白銀に、マリアは文句を言う気にならなかった。
文句を言わせないだけの雰囲気、いや、覇気と呼んでも差し支えない気迫を、絵を描いている白銀は発していた。
絵を描いている白銀は、絵になるのだ。
(本当に美しいですわね・・・・・・)
白銀が絵を描いている姿を見るのは、別に、これが初めてって訳じゃない、マリアも。
キララとは違い、部室に顔を出せる日は限られているが、それでも、週に二回は、音楽の練習の都合をどうにか付けて、足を運んでいた。
決して、音楽の練習が苦に感じている訳じゃない。
むしろ、マリアは自分の才能を活かせ、また、より伸ばせる練習は愉しいし、自分に厳しくも温かい、自分の成長を信じてくれている事が感じられる指導をしてくれているプロに感謝もしている。
ただ、やはり、息抜きをしたい、と思う時があるのだ、マリアにだって。
そんな時、第三美術部の部室に赴き、皆と話すと気持ちが楽になるし、練習を頑張ろう、とやる気も再チャージできる。
部室でやる事は、大体が、その日に出された課題を片付けながらのお喋りだ。
話題は、授業の感想や教師へのちょっとした不満、使っているコスメの評価、食べたor食べたいスイーツの論戦、合わせた休日に何をして遊ぶか、と他愛もない、女子高校生らしいものばかりだ。
そのお喋りのボリュームは、一応、この第三美術部の部室の中で唯一、真面目に絵を描いている白銀に気を遣って、抑え気味にしていた。
白銀は普通の声量で喋っても集中力を乱さないと分かってはいるが、キララたちなりに彼へ気を遣ったのである。
(何度、見ても飽きませんわぁ)
お喋りが一段落した時、やる事は決まっていた。
それは、絵を描く白銀を見つめる事だった。
キララ、マリア、翡翠、瑠美衣の四人が、無言で、穏やかに微笑みながら、絵画に向き合っている白銀を見つめる光景は、傍目からすると、中々にシュールだろうが、当人たちは気にすまい。
鉛筆がリズミカルに線を紙上に引く音に耳を楽しませてもらいながら、真剣にデッサンする白銀を見つめる時間は、四人にとって幸せなものだったからだ。
もちろん、四人は見ているだけじゃなく、白銀の写真、動画を撮っていた。
元々、白銀から写真と動画撮影は許可を撮ってはいるが、そこにも気を遣い、なおかつ、四人同士で話し合って、写真は三枚まで、動画は三分以内、と取り決めていた。
お互いに撮った写真や動画を見せ合ったり、アプリで加工するのも、彼女達にとって、有意義な部活動だった。
ちなみに、キララは家に帰ってからも、自分で撮ったモノ、マリアたちから貰ったモノをトイレやお風呂、ベッドの中で有効活用している事を、あえて、ぶっちゃけておこう。
(以前よりも、宇津路さんが魅力的に見えてますわ、私)
どうしてか、それは考えるまでもなかった。
自分は白銀が好きだ、と気付いたのだから、これまで何度も見つめてきた彼の顔が、マリアの両目に、よりイケメンに映るのは当然の話だろう。
真剣に絵を描いている白銀の横顔にウットリとしながら、マリアはそっと、スマートフォンをポーチから取り出し、撮影する。
鉛筆が無数の線を重ねる音しか響いていなかった室内に響いたシャッター音で、白銀は自分がマリアに撮られた事に気付いたようだったが、躊躇いのない手の動きは全く止めなかった。
白銀に睨まれなかったので、マリアはホッとHカップを撫で下ろした。
恋心を自覚するに至った今、彼に嫌われたら、ショックが大きすぎる。
(何を描いていらっしゃるのかしら?)
心の底から湧き上がってくる興味を抑えられなかったマリアは、なるべく、音を立てぬように、白銀の傍に向かった。
「まぁ」
白銀が描いているモノを見て、思わず、マリアは声を上げてしまい、慌てて、口を手で押さえた。
やはり、白銀が自分を睨まないでくれたから、マリアは安堵の息を漏らす。
(素晴らしいですわ)
白銀がスマートフォンの画面に出した写真を見ながら描いていたのは、一輪の赤い薔薇だった。
それを視た瞬間に、マリアは胸の中が、薔薇特有の麗しい香気で満たされた、と錯覚したほどだ。
(薔薇の香りすら再現する、さすが、宇津路さんですわね)
真の美にマリアは感動する。