罰ゲーム四個目④
最大限の警戒を一切、怠らないマリアに、白銀は苦笑いを浮かべながらも、そこに呆れたり、バカにしたりはせず、冷蔵庫からチョコレートのシュークリームを取り出す。
「はい、召し上がれ」
「ありがとうございます」
ペコリと、白銀に頭を小さく下げてから、マリアはシュークリームを手掴みし、齧り付いた。
「美味しいですわ。
さすが、『フェアリー』さんのシュークリームですわねぇ」
「お嬢様の金多さんの舌を満足させるとは、天晴だね」
「お嬢様は関係ないと思いますわよ」
「美味しいものを食べ慣れてるんじゃないの?」
「まぁ、そこは否定しませんわね」
「否定しないんだ」
マリアとの会話が楽しいのか、白銀は穏やかに微笑んでいた。
そんな白銀の笑顔に、マリアの心は温かさで満ちていく。
(えぇ、否定できませんわね。
宇津路さん、私は、どうやら、貴方に恋愛感情を抱いていたようですわ)
きっと、いや、確実に、自分が恋に落ちたのは、昨日今日の話じゃない。
(一目惚れだったのでしょうか・・・
でも、私は、自分が貴方を好きになった事を自覚していなかった)
その理由も、マリアには判っていた。
決して、責める気など微塵もないが、自分が白銀を好きである、その事実から目を逸らしていたのは、キララがいたからだ。
キララが、白銀の事が、大大大大大好きなのは明らかで、白銀に自分の事を好きになって貰うために、自分に出来る最大限の努力を常にしているのを、皆が知っていた。
マリアもまた、すぐに、キララが白銀を好きなのに気付き、白銀の方も、キララを他の女生徒よりも特別扱いしている事を察していた。
だからって言い方は卑怯だ、とマリア自身も情けなくなるが、無自覚の内に、自分の恋愛感情を心の奥底に封じ込めてしまっていたんだろう。
(けれど、昨日の衝撃が、あまりにも大き過ぎて、私の心のダムは呆気なく、決壊してしまいましたのね)
白銀の尻に顔を埋めた事で、自分の恋愛感情を自覚するなんて、あまりにも変態度が過ぎる。
(ま、まぁ、キッカケは何であれ、私が宇津路さんを好きなのは事実ですわ)
自分の気持ちに嘘は吐けないし、吐きたくない。
何より、この「好き」を偽るのは、自分よりも先に、白銀を好きになった、そして、自分と友達になってくれたキララへの裏切りになる、とマリアは考えた。
本当に裏切りになるのか、そこは問題じゃない。
マリアがキララを裏切りたくない、そこが大事だった。
悶々と悩んだ彼女は、キララに、自分が白銀を好きになった、好きである事に気付いた、それを正直に告げよう、と決断して、今日、このマンションを訪れた。
キララが白銀の事を好きなのを知っているのに、白銀を好きになってごめんなさい、と謝罪するつもりは一片たりとも無かった、マリアの中に。
気まずさはあった。
しかし、ここで謝るのは違う、とマリアは気付けていた。
だからこそ、ハッキリと言いに来たのだ。
キララに、これからも私と友達でいてください、そして、今日からは友達でもあり、恋のライバルになります、と。
この宣戦布告に、キララがどんな反応をするのか、マリアには予想できなかった。
キララとの友情が壊れてしまうかも、と怯えていた。
だけど、自分と親友に嘘を吐いたままでもいられないし、いたくなかった。
むしろ、そんな事をした方が、キララの怒りを買いかねない。
キララとの友情を壊したくないマリアは覚悟を決め、このマンションに来た訳だが、結果、それを知らぬキララは朝からモデルのバイトに行ってしまい、マリアの宣戦布告は空振りに終わってしまった。
(いえ、一時間ほど待っていれば帰っていらっしゃるようですから、先送りになったのですわ)
この決意を揺らがせてはいけない、とマリアは自分に言い聞かせながら、シュークリームを頬張っていく。
キララに、自分の胸の内を告げるとなれば、しっかりと栄養補給をしておかねばならない。
(欲を言えば、もう一つくらい、食べたいですわ)
ただ、もう一個、シュークリームを食べてしまうと、キララが自分の話に全く耳を貸してくれないレベルで激怒する可能性があった。
(いえ、100%、キララさんは激怒りますわね)
以前、白銀が作って来たカステラを、マリア、翡翠、瑠美衣の三人で、あまりの美味しさで歯止めが利かず、うっかり完食してしまった際、キララはすっかり、ぶぅたれてしまった。
あの瑠美衣が、キララに許してもらうために、何かしよう、と自分から言い出したくらいだ。
この時は、白銀に指導してもらい、三人でカステラを作り、並び土下座をした事で、何とか、キララの怒りを鎮める事が出来た。
(どうしたらいいんでしょうねぇ、私は)
キララの怒りを買わずに、シュークリームをもう一個、食べるにはどうしたらいいだろうか。
自分でも、情けない悩みを解決するために頭を使っていますわね、と自嘲の笑みが浮かんでしまうマリア。
そんな情けなさを感じるからこそ、時に人は妙案を思いつく。