罰ゲーム四個目③
「お邪魔いたします」
「いらっしゃい」
帰るに帰れないマリアは、白銀の言葉に甘える事にし、彼の部屋に招かれた。
「金多さんの家に比べたら狭いと思うけどね」
白銀のかましてきた、軽めの自虐に、マリアは反応に詰まってしまう。
確かに、白銀の部屋は、金多家の小さめの物置と同程度の広さではあるが、ここで認めてしまうと、白銀にあまりにも失礼すぎる。
マリアが戸惑っている姿に、白銀は申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、ちょっと意地悪だったね」
「い、いえ、そんな事は」
マリアが彼のジョークに良い返しが出来なかったのは、白銀に恥をかかせたくないのもあったが、それは理由としては二番目であった。
マリアはひどく、緊張していたのである。
どうして、彼女は白銀のジョークに反応が出来ないくらい、緊張しているのか。
それは、マリアが男子の部屋に上がるのが初めてだったからだ。
部室で、白銀と二人きりになる事も稀なので、余計に、この初めての状況に緊張してしまっているようだった。
マリアが緊張しているのに気付かぬ白銀ではない。
キララが見たら、ウットリするであろう、優しさに満ちた微笑みを浮かべた白銀。
「何もしないから大丈夫だよ、金多さん」
きっと、友人の一人である翡翠がこの台詞を聞けば、「それは、何かする気満々の奴が言う台詞でござる」と指摘していたに違いない。
しかし、その翡翠は今、ここにいないので、マリアの不安を増幅させる心配はなかった。
ただ、女心と言うものは、実に複雑で、そんなことを言われると、自分には魅力が無いのだろうか、と悔しくなるらしい。
自分でも説明できない悔しさが胸に湧き上がってきたマリアは、プクッと両頬を膨らませてしまう。
巨乳を含め、大人びた見た目であるマリアが、そんな子供っぽい仕草をすると、ギャップが生む可愛らしさの破壊力が凄かった。
今、彼女の目の前にいるのが、白銀でなく、他の男だったなら、一発でマリアに恋愛感情を抱いてしまっていただろう。
「・・・・・・最初から、宇津路さんの事は信用していますわ」
自分でも半ば、負け惜しみじみていると、マリア自身も感じてはいるようで、そんな情けない自分から目を逸らす意味合いで、つい、白銀をキッと睨んでしまう。
もちろん、マリアに睨まれたくらいじゃ、白銀は動じない。
Hカップの女子高校生に睨まれた程度で狼狽していたら、生き馬の目を抜き、切磋琢磨し、足も引っ張り合い、全力をぶつけ合う業界で、妬み嫉みを向けられながら、遥かなる高みに迫る事など出来はしない。
(私を、こんなにもムカムカさせるなんて、宇津路さんは、本当に罪作りな御方ですわ)
白銀をわずかも動揺させられない自分に、マリアはますます、落ち込みそうになる。
そんなマリアの前に、白銀は熱いコーヒーを注いだマグカップを置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「金多さんは、ミルクだけで良かったよね」
白銀が、自分のコーヒーの好みを知ってくれている、そんな小さい事が、マリアにとっては、実に嬉しかった。
「美味しいですわ」
マリアの言葉に「ありがとう」と、白銀は礼を言いながらも、ゆったりと首を横に振った。
その表情には、どこか悔しさのようなものが滲んでいた。
「けど、錫島さんの淹れるコーヒーには遠く及ばないよ」
錫島は金多家の執事で、彼の淹れるコーヒーは絶品で、白銀は錫島のコーヒーを飲んで、一発でファンになり、彼を心から尊敬していた。
当然、白銀は、錫島の淹れるコーヒーに近付こうと、日々の努力を欠かしていない。
「錫島は五十年の経験がありますもの、それは仕方ありませんわ。
高校生である事を考えれば、宇津路さんの淹れるコーヒーは、十分に美味しいですわよ」
マリアのフォローに、白銀はわずかに口角を吊り上げてコーヒーを飲む。
「金多さん、小腹空いてる?
昨日、『フェアリー』のシュークリームを貰ったんだ。
キララちゃんが3個、残してるから、1個出すね」
「それ、私がキララさんに怒られますわよね!?」
「大丈夫だよ、1個くらい」
「宇津路さんは、長い付き合いなのに、キララさんの食い意地の酷さを知らないんですの!?」
「キララちゃんが怒ったら、俺が金多さんを庇うから安心して」
穏やかに笑っているが、嘘を吐いていない、と本能で感じ取れる白銀の頼もしい言葉で、マリアのHカップは多幸感で更に膨らんでしまいそうだった。
「・・・・・・では、お言葉に甘えて、いただきますわ。
けど、キララさんの額から、角がニョキッと生えたら、しっかり守ってくださいませ!!」
マリアが両手の人差し指を立て、自分の頭から伸ばしたのを見て、白銀は肩を小刻みに揺らしながら、冷蔵庫に向かう。
「チョコとカスタード、金多さん、どちらが良い?」
「キララさんはカスタードの方がお好きですから、少しでも怒らせないために、チョコの方にしておきますわ」
「シュークリーム一つくらいじゃ、キララちゃん、怒らないと思うけどなぁ」