罰ゲーム三個目⑬
「んなっ!?」
やっぱり、マリアは、ギンちゃんが、このターンでも「0」をコールしてくる、と完全に期待しちゃっていたみたいで、まさかの「1」コール、そして、成功に対し、表情を歪めた。
アタシほどじゃないにしろ、可愛いんだから、そんな顔をするのはもったいないな、と思いながら、アタシは審判としての仕事をする。
「ギンちゃん、コールに成功」
アタシの言葉に小さく頷いたギンちゃんは無言のままで、左手を下ろす。
「じゃあ、マリアのターンだよ」
「・・・・・・」
「マリア?」
「は、はいっ」
「マリアのターンだってば」
「りょ、了解ですわ。
ただ、ちょっと、水分補給をしても構いませんか?」
他のクラスメイトならともかく、よりにもよって、ギンちゃんと、何気に真剣な雰囲気でゲームをしているんだから、喉がカラカラに渇いちゃうのも仕方がない。
マリアが緊張する気持ちも、大いに共感できるアタシだけど、いくら、審判とは言え、勝手にOKを出す訳にもいかなかった。
「ギンちゃん、構わない?」
「もちろん」
余裕のある動作で首を縦に振るギンちゃんだけど、一切、ニコリともしない。
生半可な覚悟しかない人間なら、「もしかして、コイツも余裕がないんじゃ」と勘違いするような真顔だけど、アタシとマリアには、そうじゃない、と察せた。
ギンちゃんが、いつもの微笑みを引っ込めているのは、マリアにプレッシャーをかける為だ。
この時点で、相当に追い込まれている相手、しかも、巨乳の美少女に、そこまでやるか、手心を加えないなんて男の風上にも置けない奴だ、と罵る奴もいるかもしれない。
でも、アタシは、ギンちゃんへの「大大大大大好き」って気持ちを前提にはしてるけど、ギンちゃんがプレッシャーを、マリアに与える事を責める気にはならなかった。
ギンちゃんが、そこまでやるのは、自分とアタシの友達であるマリアを、そこまでするべき相手、と心から認めているからに他ならない。
正確に言えば、マリア以外でも、ギンちゃんは、誰が相手でも、一瞬すら慢心しない。
相手が刹那でも優位にならぬよう、自分を律して、勝つ為の手を堅実に打って、相手の勝ち筋を冷酷に潰していき、しっかりと勝つ。
例え、子供がやるような、容易く、勝敗が決まるお遊びであっても、ギンちゃんは手を抜かない。
アタシが惚れた宇津路白銀は、そういうカッコいい男なんだぞ。
つまり、そんなギンちゃんに、LOVEなアタシは、めっちゃイケてるギャルって訳だね。
ギンちゃんの凄さを、言葉じゃなく、心で理解しているのは、アタシだけじゃなく、マリアも同じ。
自分が手を抜くべき相手じゃない、とギンちゃんに思われている事を察して、マリアは焦りや怯えが吹っ飛んだみたいで、ペットボトルを開ける手もまるで震えず、飲んだミネラルウォーターに咽るなんて醜態も晒さなかった。
「お待たせしました。
チッチッチッチッバリチッチ、1ですわっ」
まぁ、気持ちが落ち着いたくらいで、コールが成功すれば苦労はない。
「うぐぐぐ」と、マリアが変な声を出して睨むのは、ギンちゃんが上げている右親指。
マリア自身も、右親指を上げてしまっているから、その場に出た数字は「2」で、マリアのコールは今ターンも不成立だ。
(このゲーム、マリアに不利って言うよりは、ギンちゃんの方が優勢になっちゃうよね、どうしたって)
高校生にして、絵を描く能力が大人のプロに匹敵するギンちゃんの観察力は、凄い、を光速で通過して、恐怖さすら感じちゃうくらい。もちろん、アタシは、ちっとも、ビビらないよ?
間違いなく、ギンちゃんは、マリアの唇と親指の動きで、完全に、マリアが言おうとしている数字を読み切ってしまっている。
しかも、ギンちゃんは、視覚情報に従って体を動かす反射神経も桁違いだから、マリアのコールを外し、自分のコールを成功させるために、親指も迅速に動かせる。
(マリア、まぢでごめん。
ギンちゃんが負けるトコを見たくないってのは本音だけど、依怙贔屓をしたつもりもないんだよ)
いくら、マリアの耳が良くても、アタシが心の中でした謝罪は届かない。
もっとも、ギンちゃんにターンが回っちゃって、ガチ集中しているマリアは、アタシが小声で謝っても、それは聞こえなかったかも、だけど。
「チッチッチッチッバリチッチ・・・・・・3」
ギンちゃんは、さっきまでとは違い、ほんの少し溜めてから、数字を口にした。
その焦らしが、自分を落ち着かせて、このターンを乗り切って、首の皮一枚を繋ぎ止めようとしていたマリアを揺さぶったみたい。
焦った事で、マリアは両親指を上げてしまい、ギンちゃんは、その動きに合わせるようにして、自分の右親指を上げていた。
冷酷なようだけど、この場に出た数字が「3」である以上、勝ったのはギンちゃんで、負けたのはマリアだった。
愕然、その単語を見事に表現しているマリアへ、ギンちゃんはニコッと笑って、親指を立てたままの右手を下ろした。