罰ゲーム二個目⑫
「え?」
「あれ、キララちゃん、耳が遠くなっちゃったのかな?
課題の残りを片付けようかって、俺、言ったんだけど」
「えぇ~~ もうちょっと、ゆっくりさせてよ、ギンちゃん!!」
アタシがゴネると、ギンちゃんはほんの少しだけ、目を見開く。
怒ってもないし、苛立ってもいない、けど、ちょっと、アタシに向ける優しさが減っている、と本能的に理解できる鋭くて、冷たすぎる光が、ギンちゃんの両目には宿っていた。
思わず、体が竦み、その場に正座してしまったアタシは、傍目からしたら、情けない臆病者に見えるだろうけど、誰だって、ギンちゃんに、こんな睨み方をされたら、守りの体勢に入っちゃう、絶対に。
アタシを自分が怯えさせた事に気付いて、気まずさを覚えたのか、ギンちゃんはスッと目の細さを、いつもの感じに戻してくれた。
ただ、脱いだらメッチャ鍛えこまれている肉躰から発せられている雰囲気は、厳しいもののままで、アタシとしては気を緩められなかった。
ここで、下手に安堵しちゃったら、余計な事を口走って、ギンちゃんに嫌われかねない。
アタシが、この世で最も怖いのは、大型犬でもなく、ストーカーや痴漢でもなく、学期末テストでもなくて、ギンちゃんに嫌われる事なんだ。
「俺もね、別に、キララちゃんに嫌がらせをしたくて、課題を片付けようって言った訳じゃないよ」
「・・・・・・はい」
「美味しそうに、朝ご飯を食べてくれて、片付けまで手伝ってくれたキララちゃんに、俺は感謝している」
「・・・はい」
「だから、ゆっくりしたいって気持ちは理解るし、ゆっくりもさせてあげたい。
けど、キララちゃん、ここで、ゆっくり休んだら、そのまま、課題を片付けようって気持ちを出せないでしょ」
「ッッッ」
やはり、長い付き合いだけあって、ギンちゃんは、アタシの中にいる「怠惰の悪魔」を警戒していた。
確かに、幸せな気分のまま、だらだらする時間を選択したら、アタシは、そのままm、「怠惰の悪魔」の誘いに乗って、課題を片付けるのを後回しにしていた。
ギンちゃんが、追い詰められたアタシが後で泣かないように、このタイミングで、心を鬼にしてくれた事を察したアタシは、素直に頭を深々と下げた。
「ご、ごめんなさい。ちゃんと、今から、課題をやります」
「俺も怯えさせちゃって、ごめんね。
大丈夫だよ、俺も手伝うから」
やっと、剣呑な雰囲気を霧散させてくれたギンちゃんに、下げた頭を優しく撫でられたアタシの中の「怠惰の悪魔」は舌打ちをしながら、すごすごと逃げ帰っていったけど、代わりに、「色欲の悪魔」がエロい舌なめずりをし始めたものだから、アタシはギンちゃんに襲い掛かって、押し倒すのを必死に堪えた。
まぁ、ギンちゃんに色ボケした状態で飛び掛かった所で、簡単にいなされて、動けなくされちゃうのは目に見えてるけど。
ギンちゃん、体重と体型を維持するために通ってるジムの人から、ちょっと過激気味な護身術を習ってるんだけど、合法な地下リングに選手として出場しないか、って誘われるくらい、上達してるらしい。
ギンちゃんは、教えられた事をすんなりと理解した上で、自分の感覚に合わせて、教えられた以上に最適な動きを出来ちゃうから、指導する側からしたら、ギンちゃんを鍛えるのが楽しくてしょうがないんだろうね。
相手の選手に大怪我はさせたくないし、応援に来たアタシに怖い自分を見せたくないって理由で、ギンちゃんは、トレーナーさんのお誘いを、その都度、断ってる。
アタシとしては、カッコよく戦って勝つギンちゃんを観たいんだけど、ギンちゃん自身が乗り気じゃないから、無理強いは出来ないよね。
Gカップの中で荒ぶる抱き着きたい衝動を、どうにかこうにか宥めたアタシは、課題に立ち向かう気持ちが萎えてしまう前に立ち上がって、課題を取りに向かう。
「終わった~・・・ありがと、ギンちゃん、手伝ってくれてぇ」
「はい、どういたしまして。
でも、キララちゃんが頑張ったから終わったんだよ。俺の手伝いなんて、微々たるものだね」
そう言いながら、口の両端をほんのちょっとだけ吊り上げたギンちゃんは、空になったアタシのカップに程よい温度の緑茶を注いでくれた。
好みの味に舌鼓を打ちながら、アタシは、「ギンちゃんが付きっきりで教えてくれなかったら、一日が完全に潰されてたなぁ」と心の中でボヤいた。
(マリアに同意するのは癪だけど、ホントだよねぇ)
アタシに負けないくらいの巨乳に、頭へ行くべき栄養を吸われているマリア曰く、本当に頭の良い人は、頭の悪い人に理解できる教え方が出来るらしい。
難しかった課題がギンちゃんが教えてくれたおかげで片付くと、真実だって素直に同意できる。