罰ゲーム二個目⑥
でも、残り時間も少ない。
今回も、バックヘアーを引っ張られながら、アタシは、まだ、ホカホカと美味しい湯気が立ち昇っているパンケーキのお皿をテーブルに戻す。
もう一嗅ぎしちゃおうかなって気持ちを、頭を激しく振って追い出したアタシは、ナイフとフォークを手に取った。
視覚、嗅覚で、ギンちゃんがアタシの為だけに作ってくれたパンケーキを楽しんだのなら、次は、聴覚と触覚だ。
え、耳と肌でパンケーキを、どう楽しむのか?
フフフフ、よくぞ聞いてくれました。
ハッキリ言うと、耳と肌でも楽しめないパンケーキは、アタシからすれば、まだまだだね。
本当に、凄く美味しいパンケーキは、耳と肌でも楽しめちゃうのだぞ。
アタシは、逸る気持ちを落ち着かせるべく、一回、「ふぅ」と息を大きく吐く。
「いざ、入刀」
気合を入れたアタシはフォークで軽く押さえているパンケーキへ、慎重にナイフの刃を入れた。
最高にふかふかだからこそ、ギンちゃんがアタシの為だけに作ってくれたパンケーキは、ほんの一瞬だけ、ナイフの刃が入らず、押し返してくる。
この押し返される反応が、何とも言えない気持ち良さなのだ。
人をダメにするシリーズのクッションの心地良さに、このパンケーキの弾力あるふわふわは負けてない。
ナイフの刃が押し返されるのは、ほんの一瞬で、すぐに、サクッと切れる。
この瞬間、私は決して、聞き逃さない。
「あぁ、今日も好い音だなぁ」
ギンちゃんが服を脱ぐ時の衣擦れを盗み聞く時と同じくらい、真剣に集中していないと、ナイフがパンケーキを切る瞬間の音は聞き逃してしまう。
常に、アタシは、ギンちゃんがアタシの為だけに作ってくれたパンケーキと、マヂに向き合っているけど、アタシも人間だから、時には、集中力が足りなくて、この音を聞き逃してしまう。
そんな時は、もうメチャメチャ、テンションがガタ落ちになっちゃって、その後、何も手に付かなくなっちゃうくらい。
決して、宿題をしたくない言い訳にしている訳じゃないよ。
みんなにだってあるよね、朝のルーティーンが、何か、判んないけど上手く行かなくて、その日ずっと、ウダウダしちゃう事が。
でも、アタシにはギンちゃんがいる。
そんな時、ギンちゃんは、アタシのテンションをアゲアゲにしてくれるんだ。
新しく、パンケーキを焼いてくれたり、アタシが食べたいモノを作ってくれたり、アタシの「可愛い?」に根気よく答え続けてくれたりする。
ホント、ちょっとした事で気持ちが下がっちゃう、ギャルっぽくないアタシは嫌いだけど、そんなアタシを見捨てないで、優しくしてくれるギンちゃん、だいしゅき。
「ッッッ」
うっかり、その音でトリップしちゃっていたアタシは我に返る。
ぼけぇとしてたら、最高のタイミングを逃しちゃうところだった。
目、鼻、耳、肌で楽しんだんだから、そりゃ、最後は、ベロでしょう。
アタシは、一回、ナイフとフォークを置くと、キッチンで、今度は、自分の朝ご飯を作っているギンちゃんの大きくて、逞しくて、温かい背中を見つめて、パンケーキに対する興奮を鎮める。
ここで、一回、気持ちを落ち着かせてからの一口目が、最高に美味しいって、アタシは経験で知っちゃっているのだよ。
ギンちゃんの背中のおかげで平常心を取り戻したアタシは、ナイフで切ったパンケーキにフォークをそっと刺す。
スタイルは人それぞれだろうけど、アタシは、ギンちゃんがアタシの為だけに作ってくれたパンケーキの一口目は、そのままで食べる、と固く決めているの。
アタシは、口の中に意識を収束させるために目を閉じた状態で、一口大のパンケーキを、大きく開いた口に入れ、閉じる。
「!?」
口の中に入れてから、ほんの一瞬だけ間を開けてから、それは爆ぜる。
「美味しいッッッ」
「ありがと、キララちゃん」
思わず、本当の事を叫んでしまったアタシに、微笑むギンちゃんは、ほんのちょっと、こっちを振り向いて、お礼を言ってくれた。
ずっと、この美味しさを口の中に閉じ込めていたいのに、あっという間に口の中でほぐれ、儚く融け、静かに薄まっていくパンケーキ。
だから、アタシは二口目を口に入れる。
二口目でも美味しさは決して変わらない。三口目でも美味しさは絶対に変わらない。四口目でも美味しさは一切、変わらない。五口目でも美味しさは全然、変わらない。
「最高・・・」
アタシは、完全には閉じなくなってしまった口の端から、涎をすぅと垂れ流しながら、呟いちゃう。
「あぁ・・・もう一枚目が半分になっちゃったよぉ」
たった五口で、ギンちゃんがアタシの為だけに作ってくれたパンケーキの一枚目が半分になってしまった事が悲しくなっちゃうアタシ。