ストーカーなんて許せない
そのクラスには、篠崎紗美さんという名の綺麗な女子生徒がいる。性格も優しくて、ロングの髪型がよく似合っていて、男女問わず人気がある。正統派美少女といった感じだ。
ところが、そんな彼女にはストーカーがいる。別のクラスの里中という男子生徒。彼は彼女と同じ中学で、その頃から彼女に付き纏っていたらしい。彼から逃れる為に彼女は遠く離れたこの高校を選んだのに、彼は追って来てしまったらしいのだ。
それを聞いて、彼女と同じクラスの久留間直美さんは憤っていた。久留間さんは竹を割ったような気持ちの良い性格をしていて、曲がった事が許せないのだ。
それで
「あんなに良い子を苦しめるなんて!」
と、彼女は里中君を注意をする事に決めたのだった。
放課後の図書室に、久留間さんは里中君を呼び出した。約束した時間に行くと、彼は既に待っていて「何の用?」と怯えた様子で尋ねて来た。
里中君は前髪を長めに伸ばしていて、それが陰気な印象を助長していた。多分、その印象通りに性格も陰湿でジメジメとしているのだろう。軽くため息をつくと彼女は言った。
「“何の用?”じゃないわよ。篠崎さんの件に決まっているでしょう?」
決まっているはずもないのに、彼女はそう言った。
「篠崎さんにフラれたなら、すっぱり諦めなさいな。いつまでも付き纏うなんて恥ずかしいと思わないの?」
それを聞くと彼は“なんだ、その話か”とでも言いたげに表情を歪めると、
「僕は一度も篠崎さんにフラれていないよ」
そう淡々と返すのだった。
「はあ?」と、それに久留間さん。戯言だと思ったのだ。
「篠崎さんはあなたに付き纏われて迷惑をしているのよ? それがどうしてフラれていないなんて言えるのよ?」
しかし、それでも里中君は表情を崩さない。
「それを言ったのは誰?」
「誰って…… 皆、言ってるわよ」
「そう。それじゃ聞くけど、僕が彼女に付き纏っているところを見た人はいる?」
そう言われて久留間さんは思い出そうとする。しかし、確かにそう言われれば、実際に見た人は思い付かない。
その時に彼女のスマートフォンにメッセージの着信が入った。が、今は彼と話している最中だ。彼女はメッセージを見るのは後にしようと彼との会話を続けることにした。
「でも、篠崎さん自身がそう証言しているのだから……」
「つまり、彼女が言っているだけなんだよね?」
「そう…… だけど」
そう久留間さんが応えると、彼はおもむろに前髪を上げた。おでこが見えるまで髪を上げると、目が大きくて、意外に彼は可愛い顔をしていた。
「僕はね、わざと前髪を伸ばしているんだ。陰気な顔に見えるように。そうすれば他の女の子はあまり近づいて来ないからね」
「どうしてそんな事をするのよ?」
「僕に近付こうとする女の子は、皆、嫌がらせを受けるからだよ」
そう言った彼の眼は真剣そのものだった。恐怖しているようにも思える。そこに至って彼女は何か得体の知れない嫌な予感を覚えた。
「嫌がらせって…… 誰が?」
「決まっているだろう? 篠崎さんだよ」
そう答えてため息をつくと、彼は再び口を開いた。
「彼女と知り合ったのは、小学校の6年生の頃だった。当時、彼女はいじめられていてさ、断っておくけど、その件に関して言えば彼女は純粋な被害者だった。引っ込み思案な彼女を皆はいじめて楽しんでいたんだ。
それを見かねた僕は、彼女と友達になって他の彼女をいじめていないクラスメイト達と一緒に遊ぶようにした。お陰で彼女は明るくなって、いじめから解放されたんだ。
でも、問題はその後だよ」
大きくため息を漏らすと彼は続けた。
「中学に入って、篠崎さんはメイクをやるようになった。インターネットで調べて、美人に見えるメイク技術を研究するようになったんだね。それで彼女は人気者になった。僕はもう安心だと思った。ところがその辺りから奇妙な事に僕は気付き始めたんだ。僕と仲良くなる女の子が嫌がらせをされるようになってしまったんだよ。まさかと思って、篠崎さんに訊いてみたら彼女はこう言ったんだ。
“わたしがこんなに綺麗になったのに、どうして他の女の子と仲良くなる必要があるの?”」
それを聞いた瞬間、久留間さんはゾッとしたものを感じた。さっきのメッセージの着信ってもしかして…… そう思って確認してみると『今すぐに、里中君と二人きりで話すのは止めろ』という内容が。
「彼女からだろう?」と、それを見て里中君は言う。久留間さんが何も答えないでいると「もっと来るよ」と彼は続けた。するとそのタイミングで、またメッセージが届く。それを見て彼女は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。里中君は続ける。
「彼女が僕と仲良くなろうとする女の子に嫌がらせをしているのだと確信を持った僕は、前髪を伸ばしてできる限りモテないようにした。そして、彼女から逃げる為に遠く離れた高校に進学したんだ。
綺麗になった彼女は男子生徒からも人気があったからね。僕に拒絶されていると分かれば、他の誰かとくっつくと思っていた。けど、駄目だったんだよ。こういうのも“刷り込み”って言うのかな? 彼女には僕以外の男子が目に入っていないみたいで……
高校に上がると、彼女は僕がストーカーだっていう噂を流すようになった。遠くの高校を選んだから、中学以前の僕らを知っている人はいない。その嘘を皆はあっさりと信じた。お陰でますます女の子が寄り付かなくなったよ……」
そう彼が語る間にも久留間さんのスマートフォンにメッセージは送られ続けていた。彼は言う。
「送信元は、きっと誰だか分からないように工夫してあると思うよ。ただ、それでも、詳しく調べれば分かるだろうけど。早く、この図書室から出た方が良い」
そう言われて、彼女は名状し難い恐怖に駆られた。慌てて外に出る。そして、外に出るなり話しかけられた。
「久留間さん」
思わず「ヒャッ」と悲鳴を漏らしてしまう。見ると、そこには篠崎さんがいた。図書室のドアの前でずっと待っていたようだ。彼女は言った。
「里中君が変な事を言ったかもしれないけど、信じちゃ駄目だからね。きっと私の方が彼を追って来たとかそういう事を言ったと思うのだけど。
そんなはずないじゃない」
久留間さんはうんうんと頷く。
「うん。大丈夫。信じていないわ」
でも、彼が嘘だとするとおかしい。あの脅迫メッセージはどうやって送ったんだ? 彼には送れるはずがない。
久留間さんは、彼女が自分を脅しているのだと思った。
「そう。良かったわ」
ニッコリと篠崎さんは笑った。そして、図書室の中にいるはずの彼を見やった。憎んでいるような、愛おしんでいるような、そんな複雑な表情で。
そして、その表情を見て、彼女はもうこの二人に関わるのは止めようと、そう思ったのだった。