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  作者: ひなたひより
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第3話

 翌日も担任の先生は、何も言ってこなかった。

 二日連続で期待を裏切られてがっかりしつつ、正巳は途中までだが、いつも一緒に帰っている友達と肩を並べて下校していた。

 正巳は女の子のことが気になっていたが、そのまま話したらからかわれそうだと思い、少し話を端折って友人に打ち明けてみた。

 すると興味を持ってくれたみたいで食いついてきた。


「分かる分かる。なかなか顔が見えないこととか、車に乗ってるときなんか良くあるよな」

「そう、電柱の陰に隠れたり、植込みの陰で見えなかったり」

「そうそう、そんな感じだ。俺もそういうのって気になるたちなんだ」

「じゃあ、追いかけてって顔を見たりする?」

「いいや、そこまでしないよ。まあ、ちょっと見たくないっていうか……」

「どうゆう意味?」


 言葉を濁した友人に正巳はその先を訊いてみた。


「まあ、ちょっと田舎のばあちゃんがさ、昔言ってたんだよ。ああいう顔の見えないものは見ない方がいいって」

「なんで?」

「見てはいけないから、神様が見えないようにしてくれているんだって。それを無理に見てしまったら後悔するって」


 それを聞いて背筋に冷たいものが走った。

 自分が見ようとしていたものは、見るべきではない何かだったのではないか。


「まあ、迷信だよ。あんまり人の顔をジロジロ見てはいけないとか、そういった戒めじゃないかな」


 最後にそう言ってくれた友人の言葉を聞いても、正巳の悪寒はそのままだった。


 それから正巳はあの道を通らなくなった。

 出来ればもう忘れてしまいとさえ思っていた頃に、担任教師から電話があったことを告げられた。


「池田南小の先生から電話があって、なんでも直接北川に話したいことがあるそうなんだ。放課後ちょっと残れるか?」

「はい……大丈夫です」


 電話では済ませない内容だったのか、放課後になって一時間ほどしてから、女性教師と少し顔色の悪い年配の男性教師が職員室に現れた。

 革張りのソファがある、別室へと移動した正巳はこんな部屋が学校にあったのかと感心しつつ、出向いて来た二人の教師と向かい合った。

 隣に座る自分のクラスの担任はその物々しさに眉をひそめていた。

 お互いの自己紹介のあと、女性教師は一枚の写真を机に置いて、その一点を指さした。


「北川君の見た女の子って、もしかしてこの子じゃない?」


 女性教師は硬い表情で正巳の顔を窺っている。ただ事では無さそうな雰囲気があった。

 それは何の変哲もないクラスで撮られた集合写真だった。

 そして女性教師が指さしたところに写っていた女の子は、確かにおかっぱだった。

 じっと見てみたものの、集合写真で一人一人が小さいこともあり、少しうつむき加減に写真に写っているその姿だけでは判別しようもなかった。


「分かりません」


 素直にそう答えると、落胆しているというより、安堵しているような表情を、訪ねて来た二人は浮かべた。

 訝し気な顔をしたのは正巳の横に座る担任教師だった。


「お二人ともどうされたんですか? 偉く深刻そうな感じですけど」


 そう言われて、その先をあまり説明したく無さそうな二人だったが、出された湯気の立つほうじ茶を一口飲んでから、女性教師が話し始めた。


「今私が指さした女の子は佐藤真由里さとうまゆりという生徒で、四年生の子だったんです」


 この話口調には、小学四年生の正巳でも違和感を感じた。


「まあ、ありていに申し上げますと、四年生の時に失踪した女の子なんです」

「失踪したって……いつ?」


 担任の問いかけに、女性教師は隣に座る年配の教師に目配せをした。


「ここからは私から話させてもらいます」


 顔色の悪い年配の男性教師はそう言って語り始めた。


「あの子が失踪したのは今から十三年前。長雨の続いた七月でした。当時私はあの子の担任を受け持っていて、普段から少しあの子には目を配る様にしていました」


 特別扱いをしていたようなその口調に、担任教師はすぐに口を挟んだ。


「何故ですか? あの子に何かあるんですか」

「あの子の家は家庭が複雑でしてね。離婚した父親が出て言ったあと、母親はうつ病を発症して、年老いた祖母の年金で生活していた三人家族でした。真由里さんは子供が親を介護する、いわゆるヤングケアラーだったんです。今は少しずつ認知されるようになってきましたが、当時はあまり聞きなれない言葉でした」


 それから佐藤真由里の元担任教師の話はしばらく続いた。

 佐藤真由里はその家庭環境のせいで陰湿ないじめを受けていた。

 元担任教師はクラスで何度も話し合いの場を作り、家にも足を運んで少女とその家族のケアをしていたといった。

 しかし彼女は突然学校に来なくなった。

 うつ病の母は、知らないと言い、高齢の祖母も分からないと答えたそうだ。

 捜索願が出されたのは少女がいなくなってから二日後だった。

 事件と事故の線で操作は行われたが、結局少女は見つからなかった。

 おかっぱので紅色のランドセルの少女は、いつの間にか忘れ去られ、正巳が尋ねなければ、もう誰もそのことを話題にあげたりしなかっただろうと顔色の悪い元担任教師は言った。


「私も、彼女の行方を自分なりに足を使って色々当たってみたんです。すると通学路が同じ男子生徒が一人だけいましてね。その子は佐藤さんをいつもからかっていた男子生徒の一人だったんです。何か隠していることがありそうだったんで、私は彼と何度も面談をして時間をかけて説得しました。そしてようやく話を聞きだしたんです」


 元担任教師は一度咳ばらいをしてから、続きを話した。


「最初は渋っていたけれど、そのうちに一つだけ話してくれました。帰りに一緒になったときに、悪戯で後ろから帽子を取ったのだと」


 正巳はそれを聞いて、体の内側で何かがゾワリと蠢いたような気がした。

 顔色を変えた少年の様子を、元担任教師は見逃がさなかった。


「帽子のこと。君は何か知っているんじゃないのかい?」


 正巳はその質問に、しばらく何も答えようとはしなかったが、関係の無いことでもいいから話してくれと言われて、つい最近池に帽子が浮かんでいたことを話した。

 元担任教師は正巳の話を聞き終えて、音がする程ゴクリと生唾を呑み込んだ。


「そうか……よく話してくれたね。ありがとう……」


 元担任教師は正巳に深く頭を下げた。

 十三年前に同級生の悪戯で取られた帽子があそこにあったわけはない。

 このとき正巳はある種の恐怖に囚われながら、何かの見間違いだろうと自分に言い聞かせたのだった。


 おかっぱの少女、失踪した佐藤真由里の家は、あの十字路を左に曲がって五分ほどの集合住宅だったらしい。

 もう今は誰も入居しておらず、来年取り壊しが決定しているのだと元担任教師から聞かされた。

 それから正巳は、あの道を一度も通ろうとはしなかった。


 それから一年後。

 正巳は五年生になっていた。

 長雨が続いた蒸し暑い六月にそれは突然起こった。

 あの池の錆びついた水門が決壊し、そこから低い位置にあった住宅地に水が流れ込んだのだった。

 家の中まで浸水するような事態にはならなかったものの、狭い住宅の道路には、水が退いた後も、池から流れ出したゴミや汚泥が溜まったままになっていた。

 そして清掃業者が片付けていた時にそれは見つかった。

 汚泥の中から子供のものらしき頭蓋骨が見つかったのだった。

 他にもいくつか骨が発見され、捜査の結果、失踪した佐藤真由里のものであると判明した。

 寂しい住宅地に起こった事件は、大きくメディアに取り上げられ、あの少女の生い立ちをたくさんの人たちが知ることとなった。

 それでもやがて時が経つにつれ、人々の記憶からあの少女のことは薄らいでいった。

 記憶は必ず鮮明さを失い風化してゆく。

 それはあの少年も例外ではなかった。

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