If I were a bird ,
「I wish I were a bird.」
通話先の彼女がポトリと呟いた言葉に僕は、はて、と首を傾げる。
「どうしたの、急に」
「いや、最近よくこのフレーズを見るな、と思ってさ」
なるほど仮定法過去。ちょうど学校の英語の授業でその辺りを勉強しているから、僕も教科書や参考書でよく見かけるフレーズだ。それにしても出版社も著者も違うはずなのに、何故みんな揃いも揃って自分が鳥だったらなんて言うのだろうか。つまらない授業の中でそんなことをぼんやりと考えていたような気もする。
「それにしても、どうしてみんな自分が鳥だったら、なんて思うんだろうね」
頭に思い浮かんだ疑問をそのまま口に出す。『I wish I were a bird』直訳すると『私が鳥だったらいいのにな』。少なくとも自分は日常を暮らしている中で自分が鳥だったら、なんて思ったことはない。
「…鳥だったら人にはできないことができるからじゃないかなぁ。ほら、『If I were a bird , I could fly to you』、『もしも私が鳥ならばあなたの所へ飛んでいけるのに』。もし私が鳥だったら電話で話すんじゃなくて直接あなたの所へ飛んで会いに行けるのになぁ」
僕の感じた些細な疑問の答えが、そのまま今の感情であるかのように彼女は言った。彼女の言葉に納得できないことはないけれど、僕はその言葉に是と答えることはできなかった。
「でも、やっぱり僕は鳥じゃなくてよかった。だってほら、もしも鳥だったら飛んでいくことはできるけど、君と話すことはできなくなっちゃうからさ。ね、今どこにいるの?家?」
「え?うん、家にいるけど…」
脈絡のない質問の意図が分からなかったのだろう。彼女は不思議そうな声で答えた。今僕がいる自宅から彼女の家までは歩いて大体1時間、自転車を飛ばしたら20分ほどで着くかもしれない。
「今から家に行ってもいい?電話じゃなくて、君と直接会って話したい。鳥みたいに飛んで行くよりは少し時間がかかるけどさ、鳥じゃなくたって、人間のままでだって君の所へは行けるから」
そう伝えた僕に、電話の先の彼女はしばらく黙ったままだった。しばらくの沈黙のあと彼女は照れたように、ふへへ、と笑った。
「うん、待ってるね。私もあなたに会いたい」
その彼女の言葉に、僕は自転車の鍵を握りしめて家を飛び出した。