二人の道
「ふぅ……」
カレンは馬車の中でほっと一息をついた。
ようやくするべきことが終わった。ライルとの婚約は破棄され、孤児院へ無事お金を渡すこともできた。もう思い残すことは何もない。
あとは彼女に依頼料を渡すだけ。それが終われば、自分はこの国から離れる。
その後はどこか知らない場所にでも行って、残りの余生を送るのだろう。そして、数年後には静かに息を引き取る。そこに最愛の人はいないけれど、自分が決めたことだ。後悔はない。
それに自分はまだいい方だろう。人によっては病とわかってすぐに亡くなる場合もあるという。何かしたくてもできない人がいるのだ。それと比べれば十分幸せだろう。
「そうだ。これも渡さないと……」
懐から一枚の封筒を取り出す。中には一枚の紙が入っている。そこには今回の事を起こすにあたり、自分にすり寄ってきた貴族子息たちの名前が書かれている。
平民を退学させようと積極的にこちらの計画に関与しようとしてきた者たち。貴族主義に染まり切っていて、どうあがいても考えを変えることができない要注意人物。子供がそんな考えを持っているのは、親からの影響だろう。
彼が目的を達成するための妨げになる可能性がある。だから、学園で今後注意しなければならない人物を探すことを目的の中に入れていた。その結果がこの封筒の中身。
彼女へ依頼料一緒にこれも渡す。その際、彼に渡してもらうようお願いするつもりだ。
それにしても、パーティの途中で抜けてくると言ってたのに、なかなか来ないわね……。
追放を告げられ、会場を出てから長らく待たされている。普段なら怒りなども湧いて来ようと思うが、この国にいられるのが最後だと思うと不思議と穏やかだった。
見納めと思うと悪くない……か。
そんなことを思いながら、彼女が来るのを待っていた。
「カレン!」
そんな時だった。自分の名を呼ぶ声を聞いたのは。
誰だろうか。そんな疑問は浮かばない。何度も何度も聞いた声だ。聞き間違えるはずもない。
窓から外を見れば、想像通りの人物がいた。急いで走ってきたのだろう。彼は息を整えながら馬車の中を見ていた。
ライル……。何でここに……。
パーティの最中にわざわざ会場の外にまで来ることはほとんどない。だからこそ、こうして外で彼女を待っていた。パーティが終わるまでに去れば気付かれないだろうと思って。
どうするべきか悩んだ。名前を呼んだ以上、ここに自分がいるとわかって来たのだろう。何か用があるのは間違いない。けれど、追放した自分に対する用件など見当もつかない。
少し待っても彼が立ち去らない様子を見て、カレンは馬車を降りることを決めた。何の用件かわからなかったため、聞く必要があるとも思ったからだ。
扉を開きゆっくりと馬車を降りる。しかしライルには近づかない。手は届かないが声だけは届く。そんな距離を保つ。
「よく私がここにいるとわかりましたね、ライル様。……それで、わざわざこんな罪人のところまで、一体何の御用でしょうか?」
正直なところ少し嬉しく思っていた。もう少しで去るであろうところ、最後に彼の姿を見ることができて。本当は彼を抱きしめたいとも思っていた。しかし、この身は既に追放された身。許されるはずもない。
自分の気持ちは当然表に出さず、淡々と彼から用件だけを聞く。
「……全て聞いたよ」
たった一言。ただそれだけで、彼が何を言いたいのかがわかった。
「……何をでしょう?」
しかし認めることはできない。それを認めてしまえば、彼のためにしてきた今までのことが全て無駄になってしまうから。
「君が病に罹っていることも。それが治すことのできないものだということも。そのせいで、僕と婚約を破棄しようとしていたことも。孤児院のためにお金を渡そうとしていたことも全てだ」
「……」
何も言うことができなかった。それは本当に全てを知られていたから。
少しぐらいなら誤魔化そうと考えていた。だけど、全部となるとどうしようもない。
「……彼女からですか?」
「あぁ……」
ここまで詳細にとなると彼女くらいだとは思ったが間違いないようだ。
はぁ、と諦めを込めてため息をつく。
「……それで、ライル様は全てを知った上で何の用件でしょう?」
全てを知っているならわかるだろう。どうして自分がこんなことをしたのか。そして、この先自分がどうなるかまで。
「君をこのまま行かせるわけにはいかない」
「……私は既に断罪されて国外追放されています。この国に留まることはできません」
「わかっている。だとしても、僕は君を見捨てるわけにはいかない」
彼の目には強い意志が宿っていた。
「このままだと君は一人になってしまう。ここまで僕を想ってくれている女性を悲しい目にあわせるわけにはいかない」
彼はこちらに近づこうと一歩を踏み出してくる。
「来ないでください!」
だから、彼の意思をくじくために精一杯の虚勢を張った拒絶を返す。こちらの強い言葉を受けて、彼はその進む足を止めた。
彼の傍に行きたいのは自分も同じ。だけど、一度自分を許してしまえばもう我慢することはできなくなる。彼の重荷ににだけはなりたくない。
「わかってるでしょう? 私はどうせすぐに消える。そんな女のことをいつまで構っているつもりですか? あなたはそこまで暇ではないでしょう? あなたには叶えたい願いがあるのですから!」
「ああそうだ。だけど、それは君の願いでもあるはずだ」
その通りだった。彼と一緒に叶えたいと思っていた願い。だけど、すでに叶えることができなくなってしまった願い。
「……そうです、その通りです。私もあなたと一緒に叶えたかった。あなたが進む先を見ていたかった。だけど、どうしようもないじゃないですか。この病は治らないのです。私の時間はもう残ってないのです」
そこには変えることのできない事実がある。
「だから――」
「だったら探そう! 二人で君の病を治す方法を!」
彼は救いの手を差し伸べてくる。それを掴むことができたらどれだけ幸せだろうか。
「無理です。私だって何度も探したのです。だけど、病に倒れた事例ばかりで、治す方法は見つからなかった。方法がないからこそ不治の病と言われているのです」
「それは僕だって知っている。この国では不治の病とされていて、何年も方法が見つかっていないことを」
彼の言葉で改めて落胆する。はっきりと助からないことを告げられた気分だったから。絶望で顔を俯かせていると、彼は続けた。
「けど、それはこの国だけの話だ。他の国なら方法がきっと見つかる。そう簡単には上手くいかないかもしれない。この国に伝わってないなら、近隣国にも伝わってない可能性もある。だけど、僕は諦めない。必ず見つける、見つけ出して見せる」
希望はあると彼は言った。
顔を上げ彼の目を見ると、そこに一切の不安はなかった。まるで必ず見つかると信じているようで、そこに諦めるといった感情はない。
「君は今までずっと僕を手伝ってくれてたよね。何度も何度も助けれくれて、僕は本当に嬉しかったし、とても感謝している。君には数えきれないほどの恩があるんだ」
「それは……」
確かに自分がやりたかったことだった。だけど、その根底には彼を助けたいという思いがあった。
「君には助けられてばかり……。だからこそ、そんな君を助けたい。これだけ助けてくれたんだ、多少助けられても罰は当たらないだろう。――だから、今度は僕に助けさせてくれないか?」
彼の口から優しく告げられる言葉。その言葉に、カレンの内から込み上げてくるものがあった。
昔からずっと好きだった人。自分の身を犠牲にしてでも想い続けた最愛の人。そんな彼が今度は自分が助ける番だと言った。
本当は諦めたくなかった。誰かに助けてほしかった。心の奥底では叫び続けていたが、それが無駄だと知って外から蓋をしていた。
叫び続ける内側の自分とそれを押さえる外側の自分。彼のためを思えば押さえ続けることができた。
だけど、彼は全てを知った。そして、その上で助けると言ってくれた。その言葉は、押さえつけていた外側の自分へひびを入れるのは十分だった。
ひびは少しづつ大きくなっていき、やがて全体に広がる。そして、今まで外側で押さえつけていた偽りの自分が崩れていく。砂のように崩れ去った後には何も残らない。後に残ったのは内にいる本当の自分だけ。
カレンの仮面は剥がれ、目から滲むように出てきた。それは次第に溢れてくると、止まることはなく流れていく。
「うぅっ……」
カレンはその場に泣き崩れた。ライルはそれを見て彼女に近づいていく。それを止める者はもういない。
ライルは崩れ落ちた彼女に近づくと、子供をあやすように優しく抱きしめる。
カレンは愛する人の胸の中で、子供のようにずっと泣き続けていた。




