カレン・キャンベリー2
カレンは考えた。彼に自分と別れたいと思わせるにはどうしたらいいか。
嫌な気持ちになった時。お互いの考えが合わなくなった時。他には、相手と疎遠になりすぎて興味がなくなった時もあるだろうか。ただ、最後のに関しては時間がかかりすぎるため考えなくていいと思う。
残るは二つ。この二つに関しては同時に達成することができる。今通っている学園では貴族主義が浸透している。この考えを変えようと二人で今まで頑張ってきた。
その行動を否定すること。要は今まで取ってきた行動と反対の行動をとればいい。実は自分も貴族主義の考えを持っていた。そのため平民が存在することが気に食わない。これを彼に見せつけることで自然と悟らせることができる。お互いの気持ちが離れているということ。そして、そのことで彼は落ち込むだろう。
それを実現するにはどうしたらいいか思案した。そして、以前自分たちのミスで起きてしまった平民の子の退学。二度と起こすまいと頑張ってきたこの出来事を再度起こせばいいと気付く。自分だってもし起きてしまったら心が痛む。きっと彼だって同じ気持ちに違いないだろうと。
けれど問題もある。この計画を実行するには、被害者となる平民の子が必要になる。自分の都合のために傷ついてくれとはさすがに言えない。その上、誰にも話さないよう口が堅い人物を選ぶ必要もある。そんな都合のいい人物などいるわけもない。
――そんな時だった。他国に婚約破棄をさせることを仕事にする人物がいると知ったのは。
その人物は依頼されれば相手との婚約を破棄させている。仕事であるため依頼者の事情には立ち入らず、依頼を淡々と進めてくれるそうだ。
協力者を求めていた自分にとって、まさに求めていた人物そのものだった。
早速手紙を書いて依頼を出した。返事は承諾され、数日後にはその人物がやってきた。
ショートの黒髪であどけない顔の少女。噂のように淡々と依頼を実行する無機質な人物ではなく、温かな人間味も持っていた。想像していた人物とは少し違ったけれど、さすがに表情には出さない。
彼女に事情を説明し、何とか依頼を受けてもらうことになった。いつもは彼女が計画を立てて進めてくれるそうだが、今回はこちらで考えたものがあったのでそれを使ってもらう。
彼女は平民として学園に入り、彼に接触。そして、彼の信頼を徐々に得ていった。彼と簡単に仲良くなれたことに少し嫉妬を覚えるものの、こちらの要望通りであるため文句はない。
そして彼女が彼の中にしっかり認識させた後、自分が彼へと手をあげる。今まで信頼していた婚約者の予想外の行動に、彼も驚きを隠せていなかった。
『昔、僕が貴族・平民関係なく皆が幸せになれるような国にしたいと言った時。君は素晴らしいと言って、僕の考えに賛同してくれた。そして、自分もそれを手伝いたいと言って、今まで一緒に頑張ってきたじゃないか。それは嘘だったのか?』
そんなことはない。私だってあなたと気持ちは同じ。今だって変わっていない。
心の中で答えるも、口に出すわけにはいかない。
『あれは嘘です。王子であるあなたの婚約者となるため、同じ気持ちだと言った方が共感されると思ったので。今となっては婚約者として周囲に認知されましたし、政務も任されるようになりましたので偽る必要はなくなりました』
口に出すのは偽りの気持ち。溢れそうな心に蓋をして、すでに作ってあった別の気持ちをただ流す。
『……君は貧しい子供たちに食事を振舞ったり、貴族に虐げられた民たちを手助けしたりしていたが、あれも嘘だったのか?』
懐かしい話。元気のなかった子供たちが笑っているのを見て、こちらも嬉しくなったのを覚えている。
『その方があなたからの、そして民衆からの信頼を得れると思いましたから』
彼はこちらを呆然と見ていたが、気にしないよう背を向けて歩く。彼から見えなくなる建物の陰に入り、周りに誰もいないことを確認する。
『うっ……うっ……』
力が抜けて足から崩れ落ちてしまう。
心に蓋をしていたつもりだったが、止めきれずに嗚咽が溢れてきた。もう後には戻れないことを自覚し、思った以上に堪えていた。
けれどやめるわけにはいかない。最後までやり遂げると決めたのだから。
涙を拭き、ゆっくりと立ち上がる。計画はまだ終わっていない。
それからも虐めは続く。いくら依頼だからとはいえ、あまりに良心が痛むため彼女には何度か謝った。けれど、彼女は全然大したことないと軽い口調で返す。
そんな彼女のおかげで、道具の弁償、彼女を励ますためという理由で彼を街中に連れ出すことに成功する。適当に時間をつぶしてもらい、約束の時間になったら彼を目的の場所に誘導してきてもらう。普段とは異なる自分の姿を見せれば、彼ならば違和感に気付くだろう。
その目論見通り、彼は学園で自分を問い詰めてきた。国のお金を横領したとあれば、いくら彼とて庇い立てするのは難しいだろう。
彼はやめるように言うが拒否の言葉を返す。このままだと婚約を解消されると脅すように言うが、こちらには響かない。元よりそれが目的だ。
彼の口からその言葉を引き出せたことに安心した。
まだ自分のことを想ってくれているのは彼の表情から分かっていた。だからこそその言葉で、未練を断ち切ろうとする意思があることが確認できたからだ。
これならば大丈夫……。きっと彼はパーティで自分を断罪してくれ、婚約の破棄を言い渡す。罪状は虐め並びに横領。婚約の解消は当然として場合によっては極刑もありうるだろうが、妥当なところで国外追放だろう。
極刑になったところで、死期が少し早まるくらいだ。大したことじゃない。すでに覚悟が決まっている自分にとってどれも同じ。
ここまで彼に酷いことをしてきた自分には当然の報いだろう。どんな結末になろうとも関係ない。
残すは舞台に上がって最後に華々しく散るのみ。自分の果たすべき役目を全うするだけだ。
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彼女は自分の身を犠牲に国を、そして彼を救おうとしている。自分という存在が彼の中に残ってしまうことで、彼の願いの妨げになると考えたためだ。
彼の未練を断ち切る。そんな想いから彼女は私に依頼した。私の協力により、彼女は悪役令嬢として振る舞う。そうすれば、彼なら自分を断罪してくれるだろうと思って。
そこには私が想像できないような葛藤があったのだろう。計画に利用したのは学園に渦巻く思想。二人で変えようと頑張っていたものだ。だからこそ、彼だけでなく彼女自身の願いも踏みにじるような行為。今まで自分が頑張ってきたことを全てなかったことにしようとしているのだ。
どれだけ自分が傷ついても構わない。そんな覚悟があった。それに、彼ならば願いを叶えてくれるという信頼もあってこそだろう。
自分さえいなくなれば全て上手くいく。彼の心の中から自分を消し去れば解決すると思っているのだろう。
最悪は極刑の可能性もあるが、状況を考えても恐らく国外追放に落ち着くだろう。助けたいと思った大好きな相手と離れ、彼女は一人ひっそりと最後を迎える。彼女のレールが行きつく先は奈落の底だ。
断頭台に登る覚悟までしている彼女にとって、一切光の届かない暗い奥底に飛び込むことなど何のことはない。その先にいくら地獄が待っていようとも、彼が幸せになるなら自分の身を犠牲にしても喜んで飛び込んでいくだろう。彼女にとって、それが自分の幸せだと思っているからだ。
けれど、それは間違っている。間違っていなければならない。自分の身を犠牲にしてまで相手のことを思う人間に、不幸な終わりを迎えさせるわけにはいかない。たとえ、どうしようもないことがあったとしても、彼女にだって救われる権利はあるはずだ。
だから、彼女のその結末は許されない。他でもない私が許さない。それは幸せでもなんでもなく、ただの諦めだ。そんなありふれた悲劇を起こさせるわけにはいかない。何としてでも彼女のレールの先を変えてやる。なぜなら、私は――
――婚約破棄代行者。いつでも可哀そうな女性の味方だからだ。




