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状況の悪化

 カレンの真意を知った後も、ライルはより一層イリーナのことを注意していた。彼女と関わる時間も増やし、人のいない時間をなるべく作らないようにする。そのお陰で、彼女に手を出す者はいない。その点でライルの考えは間違っていなかった。


 しかし、それもほとんど意味をなしていない。何故なら、平民をよく思わない者たちの中に自分の婚約者が含まれているのだから。


 王族が接する人物に手を出すのはと思い彼らは控えていたが、そのことはカレンには関係ない。彼女は自分の婚約者なため、相手が王族だからという理由で止まることはない。むしろ、より攻撃する理由になるのだろう。


 自分が頑張れば何とかなるという考えは、早くも崩れ去った。カレンのイリーナに対する仕打ちが、日に日に増していたからだ。


 中庭での出来事があったため暫くは大人しくしているだろうと考えていた。けれど、カレンはあの平手打ちだけでは飽き足らず、自分が見ていない時間を見つけては陰湿な嫌がらせを続けていた。


 人目のつくところでは直接危害を加えることはしていないようだが、罵倒するのは当たり前。果てには彼女の所持物を捨てたり傷をつけたりして、自然と退学へ向かうように誘導している。


 何度もやめるように言いはしたが、カレンがそれを聞くことはなかった。本心を自分に告げたからか、彼女はやりたい放題だ。



 そして今、目の前では壊れた筆記用具や破れた教科書が地面に散乱している。それらはどれもイリーナの物だ。廊下に捨てられたそれらをイリーナは座り込み、一つ一つ拾っていた。


 それを実行したと思われる自分の婚約者は、教室の席に座ってその様子を眺めていた。


「いいかげんにしないか!」


 カレンの席に向かい、その行動を咎める。


「はて、何のことでしょうか?」


 しかし、最近何度となく繰り返した流れであり、その度に飄々として躱そうとする。


「目撃者がいるから無駄だ。君がやったことはわかっている」


「あら、そうでしたか」


「彼女が気に食わないにしてもやりすぎだろう」


「そう言われましても……。彼女が理解できないのでしたら続けるしかないですから……」


 あくまでもやめるつもりはないということか。


「このまま続けるなら、君との婚約は破棄することになる。それだと君も困るのだろう。だから、これ以上はやめてくれ」


「婚約の破棄ですか? 国のことを考えると、そう簡単に私との婚約は破棄できないでしょう。何せ政務も手伝っておりますし、国の利益には貢献しておりますから。国の利益とたかが一平民程度。どちらを取るかなど、簡単にわかるというものでしょう」


 確かに彼女の言う通りでもある。国の利益を考えると、一人平民をどうしたとしても婚約は破棄されないだろう。たまたま彼女とは幼い頃から知っているが、政略結婚とは普通利益を優先する繋がりだ。王子である自分が主張したところで却下されるに違いない。


「さて、彼女の様子も見れましたし、私は帰らせていただきます」


「……君は、人の心がないのか」


「私だって人間です。人の心は持っています。……彼女を人と思えないだけで」


「なっ……」


 自分が驚愕しているのを他所に、彼女は教室から去っていく。心からそう思っているかように顔の笑みは絶やさずに。


 何度言っても変わらない彼女のことは一旦おいておく。それよりもまずはイリーナのことだ。

 一人で拾う彼女を放っておけないので、自分も協力して拾う。


「本当にすまない。僕の婚約者がこんなことをして……」


「……いえ、大丈夫……です」


 口ではそう言っていたが、その口調は弱々しい。涙は見せまいと、必死に堪えているように感じられた。


 暫くお互い無言で拾っていたが、ふと彼女が口を開いた。


「自分がバカでした……。少しでも学びになればとここに来ましたが、学ぶどころか周りの迷惑になって。私が入学しなければ誰にも迷惑かけず、平和な日常だったのに……」


 自分のせいでこうなってしまったことを、彼女は後悔していた。


「何度も言っているじゃないか。君のせいじゃない」


「だとしても、私がいるせいで変わってしまったのは事実です……」


 彼女は今にも泣きそうな顔で、自信を責め続けている。


 このまま放っておけば壊れてしまいそうに思える。それぐらいに彼女は思いつめていた。自分が何を言ったところで、聞き入れてはくれないだろう。


「もしよければ、今度国を見て回らないか?」


 彼女の気持ちを切り替えさせるためにも、何かした方がいいだろう。楽しい気持ちにさせる方法を考えると、自分には国を案内するぐらいしか思いつかなかった。


「ライル王子とですか?」


「ああ。僕が案内する。この国は初めてであまり良く知らないだろう? この国を嫌な思い出だけで終わってほしくないからね。それに、僕の婚約者が傷つけた君の道具も、償いとして弁償させてほしい」


 彼女は暫く無言で下を向いていた。また自分が迷惑をかけるかもしれない。そんな考えをしているのだろうか。


 やがて顔をあげた彼女は、こちらの顔を見た。少し時間が経って落ち着いたのか、今にも泣きそうだった表情は鳴りを潜めている。代わりに、彼女の表情はどこか憂いを帯びていた。


「……はい」


 彼女のことを思い真摯な態度で接したことが功を奏したのか、やがて小さい声ながらも彼女は頷いた。


 ひとまずは安心か。


 これで彼女が立ち直ってくれることを祈りつつ、同時に自分の婚約者のこともどうにかしなければならない。



 ライルは婚約者をどう対処すべきか思案している。深く考え込んでいるせいか、周囲の様子は見えていない。そんな彼を目の前の少女は見続けていた。


 ――とても寂しそうな目をしながら。

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