依頼内容を聞く
夜の帳が下りた王都。その街中をローブ姿でエリーゼは移動していた。与えられた情報は場所と時間のみ。依頼者からもたらされたその情報の場所へと向かっていた。
問題なく時間通りに書かれていた場所へと到着する。見たところ普通の屋敷だ。罠である気配もないし、何らいつもと変わらないように思える。
エリーゼは屋敷内の人物に到着を知らせると、ほどなくして門が開かれる。彼女は警戒を怠らないようにしながらも、屋敷へと足を踏み入れることにした。
屋敷の玄関で待ち構えていたのは、長い金の髪を縦ロールにした女性だった。珍しい髪型だなと思いつつも、口には出さない。しばらく静かにしていると、フードを取ったこちらの姿をまじまじと見ていた目の前の女性が口を開く。
「あなたが噂の婚約破棄を代行してくれる者かしら?」
「うん、合ってるよ」
どこの噂かは問いただしたいところではあるが……。
「このような娘だったとは。私より若いんじゃないですの?」
「……ご想像にお任せするよ」
「あなたに任せて大丈夫なのかしら……」
「ご不満なら帰らせてもらうけど……」
女性は口元に手を当てて少し考える。
「まぁいいわ。あなた、お名前はなんと?」
「……エリーゼ」
「エリーゼさんね。こちらへ来て頂戴」
彼女に屋敷内のとある部屋へ案内され、椅子へと着席する。
「それで、場所と時間しか書かれてなかったからわかってないんだけど、あなたが今回依頼した人物で合ってる?」
「えぇ、その通り。私が今回依頼した、ヒルダ・レンベルクと申しますわ」
「そう……。じゃあ早速だけど、依頼の内容を教えてもらえる?」
エリーゼとしては訳も分からずここに来たも同然だ。早く詳細を把握したいのは自然だろう。
ヒルダは懐から一枚の写真を取り出し、こちらへと渡してくる。
「……こちらは?」
「彼はイクス・クウォーツ。私の婚約者ですわ」
そこには茶色い髪をした、さわやかそうな好青年が写っていた。
「彼が今回のターゲットで?」
「そうですわ」
話を聞くと、彼は伯爵家の長男でお互いの家同士の関係が良好だったため、婚約の話が上がったそうだ。分類としては政略結婚になるのだろうが、強制されたわけではなく、二人の意思を汲んで合意のもとだった。そのため険悪な中ではなく、むしろ関係は良好だった。
彼は武芸にも秀でていて、能力も優秀。おまけに彼の領地も豊かでいて、間違いなく優良物件と言える。
だからこそ疑問に思う。こんな人物に何の問題があるのか。あるいは、何に不満を持ったのか。婚約破棄を依頼する場合、大抵相手に何か問題ないし不満点が存在する。話を聞いただけでは文句のつけようもない人物だが、ならば依頼は行われない。見ただけではわからない何かが彼には存在するのだろう。
「それで、彼との婚約破棄を望むみたいだけど、彼に一体どんな不満が?」
依頼者の目的を問いただす。
「彼が私のことをどう思ってるのか知りたいのですわ」
「はぁ……」
意味がわからない。
「彼は私に優しくしてくれるし、身分、地位などに不満もないわ」
「……なら、なんで呼ばれたの?」
いまいち要領を掴めない。
「けれど、彼のその優しさは私だけではなく、他の人に対しても同じなのですわ。どんな人にも優しく婚約者としては鼻が高いですけれど、それは私を特別に扱ってくれた上でですのよ」
「彼はあなたを周りと同じように扱い、婚約者としての扱いをされてない、と?」
「私が聞くと彼は愛してると言ってくれますが、いつも同じ言葉ばかりで彼の真意が見えませんの」
つまり、あなたは彼が自分の婚約者であるにも関わらず、自分を含め平等に扱われているのが気に食わないと。そこで、彼が本当に婚約者として自分を愛しているのか確かめたい……と。
「それで、実際私にどうしてほしいの?」
問題点は理解できた。けれど、エリーゼにできるのは相手との婚約を破棄することだけ。一体彼女は自分を使ってどうしたいのだろうか……。
「あなたにできるのは婚約を破棄することだけなのでしょう?」
「……そうだね」
「でしたら、あなたには彼との婚約の破棄をお願いしますわ」
「? 彼の考えを確かめるために婚約を破棄するの?」
また話がわからなくなった。
「いえ、絶対にそんなことにはならないですわ。彼が私のことを想ってくれているなら、私の言葉を信用してくれるはずですのよ」
「……要するに、私が彼に近づいて婚約破棄を言い出すようにする。それに対し、あなたが反論し信じてもらうことで、彼の愛が本物か確かめたいと」
「さすが婚約破棄の代行者と言われるだけありますわね。その通りですわ」
「……どうも」
別にそこを褒められても嬉しくはない。
「でも、私は依頼された以上、婚約は必ず破棄させるけど本当に大丈夫?」
「問題ありませんわ。彼は私のことを必ず信じてくださりますから」
「はぁ……」
本当に大丈夫なんだろうか……。不安しかないけど、依頼者がいいって言うなら別にいいか。
「まぁ、あなたがそれでいいなら、その通りにするけどね」
「ふふん。よろしくお願いするわ」
エリーゼは曇りのない笑みをした彼女から前金を受け取り、この奇妙な依頼を果たすため屋敷を後にした。
エリーゼはいつものように学園へ入学するための準備をする。今回入学するのはロンダール貴族学園。そこが依頼者たちが通う学園だ。
今回はこれでいいか。
選んだ写真はどこにでもいそうな普通の女性。名前はソフィア。メジエール伯爵家の令嬢だ。ウェーブがかったブロンズの髪に、顔の造形は可もなく不可もなく。明るい性格をしていて、気になった男性には積極的に仲良くなろうと近づいていく。人当たりのよさそうに見える一方、内心では男性にどのようにみられているかを常に考えている、計算高い人物。
まぁ、これなら依頼者の要望を一番叶えやすそうだし。
今回は婚約破棄自体が目的ではなくて、それを取り消すことを目的としている。ならば、計算高い女性に惑わされたというシナリオの方が、彼女たちの今後のことを考えるといいだろう。
変装する人物を決めると、エリーゼは手際よく準備を進めていった。




