不審な植物
「何かの中毒ですな――皮膚に炎症のようなものも見られる」
医者の言葉に、ランドルフとギルベルトは顔を強張らせた。南の国から帰ってきて、しばらくは普通に過ごしていた。ヴェンデルガルトが体調を崩し始めたのは、最近だ。
「食事は、ビルギットかカリーナが運ぶ。コックは疑っても、メイドの彼女たちの事は疑うべきではないだろう。食事、お茶、……どこで混入したんだ?」
ランドルフが眉を寄せると、ギルベルトは少し目を細めた。
「確か、ビルギットは夜中に異臭がすると言っていたそうですね」
「ああ、毎日ではないそうだ。夜中に異臭があった時は、朝に残り香を嗅ぐと言っていた」
ランドルフとギルベルトの視線の先には、白い肌が青く見えるほど体調が悪そうなヴェンデルガルトだ。回復魔法は、本来自分にはかけられないのだという。『人々を救う為』という、治癒女神である豊穣と処女と癒しの女神アレクシアの教えだからだ。ビルギットも龍から教わったのは『盾』である魔法だけだ。
「……」
薄く目を開けたヴェンデルガルトは、ランドルフとギルベルトを見ると何か言いたそうに口を開いた。
「何か言いたいのですか?」
二人が顔を寄せると、ヴェンデルガルトは荒い呼吸で二人に謝った。
「ごめんなさい、ご心配おかけしまして……」
「心配するな、俺達が傍にいる。絶対に元に戻してやる」
「可哀想に……あなたが苦しむのなら、私が代わりたいです。ヴェンデル、気を強く持ってください。絶対に付き止めます」
「口に入れるものが毒とは限らん」
不意に、医者が口を挟んだ。その言葉に、ギルベルトが顔を上げた。
「儂もあまり覚えていませんが、炙って効果が出る毒草があったような……何かの本で読んだ気がしますな」
ランドルフは何かを思い出したように、ヴェンデルガルトの部屋のテラスの窓を開けた。そうして、よく観察をする。
「ギルベルトーーこの植物はなんだ? 枯れそうだし、何カ所か切られている」
呼ばれたギルベルトがテラスに向かうと、よく知らない植物が植えられた鉢があった。薄い桃色の花が咲いていたようだが、枯れそうに茶色に変色しかかっていた。確かに、その枝は所々切られている。
「なんだ、この枯れそうな花は。俺は、ヴェンデルの部屋には綺麗な花だけ置くようにしている。何時からあったんだ?」
「それにこれは――本当に枯れそうですね。もう夏も終わりに近づいていますが、植物が枯れるには早い……先ずは、この植物を調べてみましょう」
それから二人はヴェンデルガルトの部屋を調べてみたが、他には気になる事はなかった。その植物の鉢を持って、ギルベルトは図書室に向かった。
「時々……幻が見えます」
心配そうにヴェンデルガルトの頬を撫でていたランドルフは、怪訝そうな顔をした。
「あの変な焦げ臭い匂いがすると……妖精が舞っていたり、もういない家族が私に話しかけてくるのです……南の恐ろしい戦いの風景の中に立っていたり……私は、おかしくなったのでしょうか……?」
不安そうな声のヴェンデルガルトの目は、虚ろだった。何も出来ないランドルフは、彼女の身を案じるしかなかった。
「秘密裏に、ヴェンデルガルト嬢の部屋を変えようと思う」
ジークハルトの言葉に、四人の薔薇騎士団長は頷いた。
「何が原因か分からないから、匿った方がいい。城の中にも、フロレンツィアの一族がどこかに紛れている。あまり護衛を付けても、目立つだけだ。彼女の護衛にしたロルフは、東の出身だが剣の腕前は良い。今の所、彼だけを傍に置いておく」
「東なら、ヴェンデルには危害を加えないんじゃないかな――何となくだけど」
カールは、ぼんやりとした感想を言う。東での龍の存在が、どうなのかがはっきり分からないからだ。
「もし彼が何か加担しているなら、すぐに処分する――それでは、城に戻ろう。俺達がまた不在だと、怪しまれるからな」
騎士団員の中にすら、ラムブレヒト公爵家に関わっている者がいるかもしれない。城下町の食堂、教会、町はずれの森などで彼らは話すことが増えていた。自分たち以外に話が聞けないようにするためだ。
そうして、五人が揃って城に帰ってくるとあの聞き慣れたヒステリックなフロレンツィアの怒鳴り声が響いていた。
「会わせないって、どういう事よ!? 私は、わざわざお見舞いに来たのよ!?」
どうやら、ヴェンデルガルトに会いに来たらしい。彼女がヴェンデルガルトを嫌っているのは、城の誰もが知っている。ロルフを先頭に、ビルギットとカリーナが必死に部屋の前を護っていた。
「残念ながら、ジークハルト様の命です。お会いに来て下さった事は、ヴェンデルガルト様にお伝えします」
毅然としてフロレンツィアにそう答えているロルフの姿を見て、五人は少し安堵したそして彼女が抱えている花束――それを見て、カールとイザークは何処かで見た花だと記憶を探った。
「あら、金の悪魔の奴隷たちが揃ってお出ましなのね」
五人の姿を見たフロレンツィアは、ふんと鼻を鳴らした。
 




