騎士団の役割
カリーナに連れられて向かったのは、来客用の広い湯殿だった。ヴェンデルガルトの時代の湯殿と言えば、一人用の浴槽に湯が入れられただけのものだった。しかし、この時代は違った。五人ほどが横たわっても余裕があるほどの広さで、お湯には花が浮かび良い匂いの香油と思われるものが混ぜられているようだ。肌がべとべとする量ではなく、しっとりと潤ってくれる感じがした。
ヴェンデルガルトは喜んで、気慣れた豪華なドレスを脱ぐ。このドレスは重く、一人では着替えをするには適していない。ビルギットが慣れた手つきで、彼女の着替えを手伝った。そのドレスの構造が分からないカリーナは、着替えをビルギットに任せてバスタオルや髪を洗うための用意をしていた。
「わぁ……気持ちいい。本当に、癒されるわ……」
ビルギットと手を繋いで共にその湯に体を沈めると、思わずヴェンデルガルトは深く息を吐きながら気持ちよさそうに瞳を閉じた。ビルギットも同じらしい。小さく息を吐いた。
春でも、北にあるこの地は少し肌寒い。高い山に登れば、雪もまだ残っているだろう。昔から体を温めるのに風呂は一番早いが、お湯から出ればすぐに寒さで難儀する。その為、ヴェンデルガルトの時代のドレスは刺繍で豪華に飾り、肌の露出を控えていた。
「久しぶりにヴェンデルガルト様のお体を拝見しましたが……ずいぶん女性らしくなりましたね」
ヴェンデルガルトは華奢で可憐な容姿だが、十六歳の女性らしく胸は大きく張り腰から臀部は美しく滑らかなカーブを描いた魅力的な身体だった。ビルギットは随分長く彼女を見てきたが、古龍と暮らしていた時は入浴を手伝っていなかった。十四歳の彼女の体を見たのが最後だったので、成長に嬉しそうに笑顔を向けた。
「ええ、本当に。ヴェンデルガルト様は、お美しいお体ですね。これからたくさんの殿方を虜にする、素敵な姫様です」
ビルギットの言葉に続いて、カリーナがうっとりとした吐息でそう褒めた。彼女は、湯に浸かっているヴェンデルガルトの髪を優しく洗っていた。
「本当に、ヴェンデルガルト様は素敵に成長されました。私の大切な姫様です」
ビルギットも、大きな胸の女性らしい体だ。ヴェンデルガルトより、少し大人の色香がある。そんなビルギットとカリーナに褒められて、ヴェンデルガルトは恥ずかしそうに湯の中に深く浸かる。
「……あの、カール様は黄薔薇騎士団と申されていましたが……まさか、他にも違う色の薔薇騎士団があるのですか?」
しばらく躊躇ってから、ふと思い出したようにヴェンデルガルトはカリーナに尋ねた。その問いに、カリーナはいずれ皇帝とヴェンデルガルトが対面した時の為に困らないように、現在の皇国の説明を始めた。
「今は、この皇国をアンドレアス皇帝が治められております。そして、我が皇国には五薔薇騎士団がございます。赤薔薇騎士団は、全ての薔薇騎士団の頂点であり皇族の護衛を任せられています。団長であり総帥はアンドレアス皇帝の第一皇子の、ジークハルト様です」
ヴェンデルガルトとビルギットが頷く。ヴェンデルガルトの髪を洗った泡を流しながら、カリーナは続けた。
「白薔薇騎士団は、外交や災害地の救援支援を行います。白薔薇団長は、アダルベルト宰相の次男のギルベルト様です。お可哀そうな話ですが、幼い時に高熱で目がご不自由になられました。けれど、大抵の事は不自由なく執務をこなされています」
「まぁ、目が……」
ビルギットが驚いたように呟くが、ヴェンデルガルトは何故か次第に瞳をキラキラとさせていた。
「黄薔薇騎士団は、魔獣が現れた時の最前線で戦われます。団長はご存知のように、ジークハルト様の従兄弟で、フォーゲル侯爵家の長男のカール様です」
「カール様は、王位継承権もお持ちになるのですね」
ビルギットが頭の中で整理しながら、カリーナに尋ねた。カリーナは「はい」と返事をして続けた。
「青薔薇騎士団は、魔獣討伐の際の黄薔薇騎士団と行動を共にされます。後衛を担当されるそうで、黄薔薇騎士が豪快で最前線に立つのと対照的に、青薔薇騎士には頭を使った戦いをされます。状況を把握して、黄薔薇騎士のサポートを去れと聞きました。あと噂ですが――我が皇国に脅威になる国や蛮族の調査や討伐に向かう任務も、極秘に任されていると聞きます。青薔薇団長は、ジークハルト様やカール様とは遠縁の親族と聞きました。皇国が出来た時に、東から来た貴族の末裔とのことです。クラインベック公爵家の長男で、勿論順位は下の方になりますが王位継承権をお持ちです」
「まぁ……それは、物騒ですね」
ビルギットは、少し声を潜めた。イザークとヴェンデルガルトを、なるべく会わせないように考えているようだ。
「最後に紫薔薇騎士団です。城の護衛と来賓の護衛を任されていらっしゃいます。紫薔薇団長は、ランドルフ様。ジークハルト様の弟君で、第二皇子です」
「まさか、イケメン五薔薇騎士団!?」
突然ヴェンデルガルトが大きな声を上げたので、カリーナとビルギットが驚いたようにヴェンデルガルトに視線を向ける。
「イケメン? とは、何でしょう……?」
「あ、ああ、えっと……何でもないの、大丈夫よ! カリーナ、教えてくださって感謝するわ」
不思議そうなビルギットに慌てて手を振り誤魔化して、ヴェンデルガルトは説明をしてくれたカリーナに礼を言った。
「いいえ、ヴェンデルガルト様が知っていると、これから役に立つかと思いましたので。ヴェンデルガルト様、お体を洗いたいのですが――そのネックレスは?」
ヴェンデルガルトの体を洗おうと促したカリーナは、ヴェンデルガルトが豪華なドレスとは対照的な、簡単な装飾の真珠のような石が付いたネックレスをしたままである事に気が付いた。そうしてそれを外そうと、ゆっくり手を伸ばした。
「これは駄目!」
ヴェンデルガルトが、慌てて身を引いてその手から逃げた。その行動にカリーナは驚くが、その彼女にビルギットが申し訳なさそうに説明をする。
「あのネックレスは、ヴェンデルガルト様の宝物なんです。古龍がヴェンデルガルト様に送ってくれた、大切なもの。古龍から、決して身から離さぬように。と、注意されています」
「そうだったのですね、大変失礼しました。ネックレスが傷つかないよう、気を付けます。さ、ヴェンデルガルト様こちらに」
カリーナは興味深く聞く事なく、また丁寧にヴェンデルガルトに接してくれる――優秀な子だわ、とビルギットは心の中で安堵した。カリーナなら、自分と共にヴェンデルガルトに仕えられる。もしこの城に残ることが許されるなら、彼女がそばにいて欲しい。そう思った。
そうして身体と髪を洗い湯殿を出ると、他のメイドも数人手伝いに来てくれて長いヴェンデルガルトの髪を乾かしてくれ、ブラシで整えてくれた。用意してくれた新しい下着を身に着けると、ビルギットにはカリーナたちと同じようなメイド服が渡された。ビルギットはカリーナに教えられながら、手早くそのメイド服に身を包んだ。
そうして、ヴェンデルガルトにはリボンで飾られた大きな箱が三つ用意されていた。
「ヴェンデルガルト様。それは、カール様よりドレスのプレゼントです。よければ、お召しになられませんか?」
微笑むカリーナに、ヴェンデルガルトはぱっと笑顔になった。
「まあ、なんて優しい方なのかしら! ビルギット、どれにしようかしら?」
嬉しそうに箱を空けて、ヴェンデルガルトと二人のメイドは楽しそうにドレスを広げた。
下着にローブを羽織った姿のヴェンデルガルトがくしゃみをしそうな頃には、ようやくカールが最初に選んだ薄桃色のドレスを選んだ。