東のレーヴェニヒ王国
「水を! それと、軽く食べれるものを用意して!」
城に着くと、ツェーザルは声を上げた。その言葉に、一気に城の中が忙しくなる。二万もの軍の為に、料理人たちは城内の肉を焼いてパテに巻いた。水はヴェンデルガルトが手伝い、井戸水で足りない分は川の水を汲み浄化して、すぐに綺麗な水を用意した。
「感謝いたします。兵も疲れていましたのでこのような歓待、心より感謝いたします」
大将軍であるコンラートは深々と頭を下げた。隣で、補佐のバルタザールもそれに倣った。ツェーザルは「気にしないでください」と、頭を上げるように促した。
「まさか国境に罠を用意しているとは思わなかったわ。それを見抜けなくて、申し訳ありませんでした。しかし、この騒ぎに乗じてアンゲラー王国はヘンライン王国に攻め込んでいるかもしれません」
ヴェンデルガルトと共に危惧していた事態を口にする。コンラートもそれを理解していたようで、頷いた。
「当初の予定を変更して、一万五千の兵を連れてヘンライン王国に向かいます。五千は、念の為バーチュ王国に留まらせます。こちらの支援と、万が一の場合ヘンライン王国に向かう予備兵です。ツェーザル王子の指揮に従うように、兵には伝えてあります」
「どんなに急いでも、一日はかかります。普通なら、一日半です――ヘンライン王国は耐えられるでしょうか?」
ツェーザルは不安そうな顔をしているが、コンラートは「大丈夫です」と続けた。
「我が国に住む龍が、バルシュミーデ皇国の兵と共に空を飛んで先回りをしています。バルシュミーデ皇国の薔薇騎士ならば、頼もしいでしょう」
「バルシュミーデ皇国の薔薇騎士団が来ているの!?」
ツェーザルの言葉を、ヴェンデルガルトは気が付いた。水を振舞っていた彼女が、慌てて駆け寄って来る。
「半日ほど後で、別の薔薇騎士団と我が国の兵も追加で参ります。こちらも予定を変えて、バーチュ王国を通らずアンゲラー王国にそのまま攻め込んで頂きましょう」
「どの薔薇騎士団が来られるのですか!?」
慌てたように、ヴェンデルガルトが横から訊ねた。
「龍と共に一人、後は二人来られるそうですがいずれの薔薇かはお聞きしておりません。申し訳ございません、ヴェンデルガルト様」
コンラートは、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「それと、あなたを見つける事が出来ず申し訳ございません。古龍のコンスタンティンから、あなた達を保護する様に頼まれていたのですが、遅くなりました」
「コンスタンティンから!? 彼は、生きてるの? 生まれ変わったの!?」
龍の名を聞いてから、ヴェンデルガルトの様子が変わった。泣きそうな顔で、コンラートに縋る。その様子を見て、ツェーザルは『コンスタンティン』がヴェンデルガルトの『伴侶』だと気付いた。
「いえ、コンスタンティンの遺言でした。『時が来ればヴェンデルガルトとビルギットの封印が現れる。それを探し出し、私が現れるまで預かっていて欲しい』と。それがいつの時かは分かりませんでした。ですがバルシュミーデ皇国が見つけたと報告を受け、どうしたものかと我が国の王が思案していたところでした」
「そう……なんです、ね」
力が抜けたヴェンデルガルトは、ふらりと崩れ落ちそうになる。それを、ツェーザルが抱き留めた。コンスタンティンの名を聞いただけで、彼女の甘い香りが強くなった気がする。
「ヴェンデルガルト王女の事で、バーチュ王国も話したい事があるの。でもそれは後にして、今はヘンライン王国を救いに行きましょう。あたしの弟も、今ヘンライン王国にいます。失う事は出来ないわ」
「承知しました――一陣、用意を!」
コンラートが、休憩していた兵に大きな声で指示した。すると彼らは再び馬に乗り、または馬車に乗り手早く支度をする。
「二陣はこれより、ツェーザル王子の指示に従うように!」
座ったまま姿勢を正して、二陣の五千の兵は頭を下げた。コンラートとバルタザールも馬に跨る。
「それでは、これよりヘンライン王国に向かいます」
「ご武運を」
一緒に連れて行ってと言いだそうとしたヴェンデルガルトを、ツェーザルは身体を押さえて止めた。いくら回復が使えても、戦えぬ者を戦火に向かわせる訳にはいかない。初めて見せるツェーザルの顔に、ヴェンデルガルトは黙り込んだ。
コンラートが馬を走らせると、次々に兵がそれに続いた。ヴェンデルガルトは、無事を祈るしか出来なかった。一万五千の兵が姿を消すと、バーチュ王国の門前が静かになった。




