仲良くしましょ
「バルドゥルが、ヴェンデルガルトちゃんを知って、手を出してくるかもしれないのよ。あの子のハーレムに入れられたら、ちょっと面倒な事になるのよねぇ」
「は、ハーレム!?」
ヴェンデルガルトは、驚いたように隣のアロイスにしがみついた。安心させるように、アロイスはヴェンデルガルトの頭を反対側の手で撫でた。
「醜い女の争いばかりの所にあなたを巻き込みたくないし、バルドゥルに汚されるのも困るし。アロイスが安心して使者として国を出ていけるように、あたしが護っちゃうわ」
「よろしくお願いします、兄上。必ず同盟を結び、早く帰ってきます」
「ツェーザル様は、内政やら国が攻撃されるときの対応でお忙しいのではないのでしょうか? 私の護衛なんて、申し訳ないです」
ヴェンデルガルトは、ジークハルトを思い出した。彼も忙しい身でありながら、自分を守っていてくれた。
「いいのよ、むしろそうさせて欲しいの。いずれ愚弟は処分をすると決めているから、先に処分した方が早いんだけど……アンゲラー王国に寝返って情報を漏らされたら怖いから、この戦いが終わるまで延期しているのよ。だから、あなたを護らせて頂戴?」
ウィンクされて、ヴェンデルガルトは頷くしかなかった。
「あなたは何も悪くないんだから、気にしないでね。それより、早く食べないと冷めちゃうわ」
「そうですね、頂きましょう」
それから三人は食事を始めた。食事の間にもツェーザルは楽しませる話を沢山して、ヴェンデルガルトは沢山笑った。アロイスが信頼している人物だから、警戒していないようだった。
「旅の準備と、仮眠をしてヘンライン王国まで南下する。帰ってきたら、また傍にいるから――寂しい思いをさせてすまない」
食事が終わると、使用人が片付けに来た。ツェーザルと共に立ち上がったアロイスは、ヴェンデルガルトに申し訳なさそうな顔をした。ヴェンデルガルトも、慌てて立ち上がる。
「いいえ……旅の無事をお祈りしています」
「そうよ、さっさと行って帰ってきなさい。でないと、ヴェンデルガルトちゃんはあたしが貰うわよ?」
ツェーザルが、ヴェンデルガルトの肩を抱いて楽しそうに笑った。アロイスは、そんな兄を軽く睨んだ。
「兄上には、許嫁がいるではないですか。兄貴みたいな事をしないでください」
「いやぁね、冗談じゃない。これぐらいの冗談で、カリカリしないでよ」
ねぇ? と、ツェーザルはヴェンデルガルトに笑いかけた。
「それぐらい、彼女が大事なんです」
「あら、アロイスったら可愛らしい事言うのね」
言ったアロイスも、ヴェンデルガルトも赤くなる。ツェーザルは、くすくすと笑ってヴェンデルガルトから手を離すと、先に歩き出した。
「おやすみ、ヴェンデルガルトちゃん。明日から、仲良くしましょ。念の為、部屋の前にあたしの兵を置いて、見張らせておくから安心してね」
ひらひらと手を振って、ツェーザルは行ってしまった。
「私、何処にいても守られてばかりで……ごめんなさい、迷惑をおかけして」
ヴェンデルガルトは、アロイスに申し訳なさそうに頭を下げた。バルシュミーデ皇国でも、五人の薔薇騎士団に守られてばかりで――眠る前には、コンスタンティンにもずっと護られていた。そんなに守られる程、自分は特別な存在なのか彼女自身には分からなかった。
「謝るな――俺が望んだ事だ」
アロイスの言葉に、ヴェンデルガルトは顔を上げた。アロイスは真面目な顔で、ヴェンデルガルトを見つめていた。龍族の名残の、赤い瞳で。
「出逢った時に――分かったんだ。俺は、お前に恋をすると。お前に会う為に、俺は生きてきたんだと。だから、お前を護る事は俺の喜びだ」
アロイスは腕を伸ばして、ヴェンデルガルトの頬を撫でた。柔らかくて滑らかで、甘い香りがする。
「急いで帰って来る。それまで、待っていてくれ。戦争を早く終わらせるために、俺は行ってくる」
「分かりました、お気をつけ――」
ヴェンデルガルトの言葉は、そこで途切れた。アロイスが身を屈めて、ヴェンデルガルトの唇に自分の唇を重ねたのだ。そっと、掠める様に。
「行ってくる――愛している、ヴェンデル」
名残惜し気にヴェンデルガルトの顔を見つめて、アロイスは踵を返すと部屋を出て行った。赤い顔のヴェンデルガルトは、へなへなと床に腰を落としてしまった。




