二百年寝てました
古龍の魔法の卵の殻から出てきた女性二人をベッドに運んでから、二日経った。どうやら最初に目覚めたのは、メイドの方だった。
カールにその知らせが届くと、彼は急いで部屋に向かった。この部屋は、城内でも一部の者しか知らない。もし本当に『バッハシュタイン王国の王女』であるなら、皇国内で大騒ぎになってしまうからだ。
ノックを二回すると、「どうぞ」と声が返って来た。少し緊張したカールは、ゆっくりドアを開き室内に入る。部屋の中には、銀色の髪をした古風なメイド服の女性。そうして、見慣れた城内のメイド服の女性が向かい合って、何かを話していたようだ。
「お目覚めを待っていました。お体に、異常はありませんか?」
遠慮がちにカールが銀髪の女性に声をかけると、彼女は困った顔をしているが頷いた。そうして「体に異常はありません」と、小さく呟くように返事をしてくれた。目が開かれた事により、彼女は青い瞳だった事に気付いて、眠っていた時よりも人間らしく見えてカールはほっとした。
「俺は、バルシュミーデ皇国フォーゲル侯爵家の長男であり、黄薔薇騎士団の団長のカール・エッカルト・フォーゲルと申します」
カールは相手がメイドでもそう丁寧に挨拶をして、頭を下げた。カールらしい、誠実な行動だった。銀髪のメイドはまだベッドで上体を起こした姿のままだったが、名乗ったカールに向かい深々と頭を下げた。
「私は、ビルギット・バルチュと申します。バッハシュタイン王国の、ヴェンデルガルト第三王女様付きのメイドです――あの、本当にバッハシュタイン王国は滅んでしまったのでしょうか? 今は、二百年も経っているというのは本当ですか?」
彼女の不安は、その事だったようだ。時折、自分の横でまだ眠り続けている王女を心配げに見ていた。
「記録上――約二百年ほど前に滅びました。失礼を承知で尋ねます。ビルギットさんとヴェンデルガルト王女は、記録にあるように古龍の最後の生贄で間違いないのでしょうか?」
「生贄なんて! そのようなお言葉は、お止めください。ヴェンデルガルト様が悲しまれます!」
話していて感じたが、同じ言語なのだが発音が自分たちと少し違う。それとカールはビルギットの言葉に違和感を抱いた。『生贄ではない』というビルギットの言葉の意味が、分からなかったからだ。
「……ん、ぅ……」
ビルギットが少し声を荒げたためか、隣で寝ていた金髪の姫が吐息を零した。
「目覚められました? ――ヴェンデルガルト様」
「んー、……おはよう……寝すぎたのかしら……外が明るいわね……」
可愛らしい、少女らしい少し高い寝ぼけた声音だ。カールはずっと寝ていたままだった謎の王女が起きたことに、再び緊張した。寝顔だけでもあれほど可愛らしいと見惚れていた。瞳が開くと、どんな感じになるのだろう?
「私たちは少し寝過ぎた様ですよ、ヴェンデルガルト様。どうやら、今は二百年経っているようです」
ビルギットが優しい声音でそう声をかけると、「二百年……大変……」とまだ寝ぼけていた姫が、一瞬固まってからがばっと布団をめくり上体を起こした。
「ビルギット、それは何の冗談? コンスタン……え?」
濃い金色の瞳の王女は、ビルギットともう一人の見知らぬメイド、そしてカールを見てからポカンとした表情になった。その顔が本当に可愛らしくて、自然とカールは小さく微笑んで頭を下げて礼をした。
「俺は、バルシュミーデ皇国フォーゲル侯爵家の長男であり、黄薔薇騎士団の団長のカール・エッカルト・フォーゲルと申します。貴女様が眠りから覚められるのを、お待ちしておりました」
ビルギットに同じように挨拶をしたが、彼女にはもう少し丁寧に同じ言葉を繰り返した。カールのその言葉を聞くと、ヴェンデルガルトはとても驚いた顔をして慌ててビルギットに視線を向けた。ビルギットは、沈痛な面持ちで黙ってヴェンデルガルトを見返していた。
「バルシュミーデ皇国という国は、知らないわ! バッハシュタイン王国より、遠い国なの? それより、コンスタンティンはどこ!? 私達、一体どうしてここに? コンスタンティン!」
混乱しているのか、ヴェンデルガルトは頭を抱えて不安そうな顔を浮かべている。ビルギットが起き上がり、混乱している王女を落ち着かせようとした。しかし、ヴェンデルガルトは「コンスタンティン」と繰り返し誰かの名を呼んでいる。
「大丈夫です、大丈夫です――今は俺が貴女を護りますから!」
無意識に、カールは腕を伸ばすと混乱しているヴェンデルガルトを強く抱き締めた。ヴェンデルガルトは驚いたように身を固くして、瞳を閉じた。しかし自分を抱き締めるカールの心音で落ち着いたのか、しばらくして一度深い吐息を零してカールに身を任せた。敵ではない、本当に心配してくれている――そう、理解したようだ。
「あの――えっと、君は?」
カールはヴェンデルガルトを抱き締めたまま、静かに控えていたもう一人のメイドに声をかけた。
「ジークハルト様より命を受けて、お二人のお世話を任されたカリーナ・クッツァーと申します」
長いこげ茶色の髪をまとめた、淡い青の瞳のメイドだ。ジークハルトからの命となると、皇族付きのメイドだろう。カールは彼女に続けて話しかけた。
「二人にお茶を淹れてくれないか? 今は、とりあえず二人に落ち着いてもらいたい」
「承知いたしました」
窓のそばで静かに立ったままだった彼女は、礼儀正しく頭を下げた。だがその時、小さな音だが間違いなくお腹の鳴る音がした。その音の主であるヴェンデルガルトが、顔を赤くする。
「それと、何か軽食を」
「はい、急いでお持ちします」
くすくすと笑うカールとビルギットに、恥ずかしそうにヴェンデルガルトはカールの胸元に顔を隠した。同じく小さく笑っているカリーナは、急いで部屋を出て行った。
――可愛い。
自分に縋りつく、か細くて小さな甘い花の香りがするヴェンデルガルトを抱き締めたまま、カールは頭の中で彼女の濃い金の瞳が忘れられそうになかった。